7. ボウルにかけたラップの隅っこを
ボウルにかけたラップの隅っこをちょっとだけ開いて、指でちょいちょいとトリュフの種の隅っこを触る。
「あ、いい感じ」
私はにっこりした。
トリュフの種は、ちょうど、お団子サイズに丸くしやすそうな感じだ。でも、とりあえずは、火のかかっているものを終わらせてから。
ちょうど沸騰してきたひじきの煮物に味付けをして、弱火にすると、私はお風呂場へと向かった。お風呂を洗っておこうと思って。
裸足になって浴室に入る。浴槽をシャワーで流し、洗剤をつけたスポンジで洗う。一通り磨いて泡をシャワーで流したら、今度は床磨き。洗剤を撒いてブラシでごしごしと擦り、またシャワーで流した。
さすがに手足が冷たい。足は靴下を履いたらいくらかマシになった。手は未だ冷たい。冷え切ってしまった手を擦り合わせながらキッチンに戻ると、ひじきの煮物がいい具合になっていた。火を止めて、これもタッパーに移し替える。粗熱が取れたら、冷蔵庫に入れよう。そうしてる間に、味も浸みるはずだ。
そうして、ようやく私は冷蔵庫からトリュフの種を取り出した。ラップを外して指で触れる。ちょっと硬いくらいがちょうどいい。体温ですぐに軟らかくなっちゃうから。
私はスプーンを使って、トリュフの種をボウルの中で八等分に分けた。その内の一塊を取り出し、両手の平の間でころころと転がすようにして丸くしていく。いい感じになったら次へ。一つ一つを手早く終わらせないと、チョコレートがどんどん溶けて来ちゃうから結構時間との勝負だったりする。
もう時間帯はとっくに夕方。ちょっと部屋の中が寒くなってきたけど、チョコレートを触ってる間は暖房厳禁だ。冷える指先に息を吹きかけるのも禁止。
寒さに耐えつつ、八つのチョコレート球を作り上げると、私はまたそれを冷蔵庫に入れた。後は、コーティング用のチョコレートを作らなきゃ。
残りの板チョコを冷蔵庫から出して、また湯煎で溶かす。そして、ココアパウダーを小さな平たいお皿に出した。そこまで準備してから、さっき作ったチョコレート球を冷蔵庫から出す。そして、その一つに爪楊枝を浅く刺すと、湯煎で溶かしたチョコレートに潜らせて、すぐにココアパウダーのお皿に移す。スプーンでココアパウダーをまぶして、そっと爪楊枝を抜と、トリュフの完成だ。
同じようにして残りの七つを作り終えると、私ははぁ、とため息をついた。
ようやく、チョコレートの準備が終わった。
後、残ってるのはハンバーグだけ。
今、午後四時半。もともと焼くのは崇が帰ってきてからにするつもりだったから、ハンバーグの種さえ完成すればいい。十分間に合う。
でも、今休んじゃうと疲れが一気に出てくる気がする。朝からずっと動きっぱなしだもんね。
私は冷蔵庫からひき肉を取り出した。それをボウルに入れて塩コショウを振る。パン粉を小さな器に適当な分量出して、牛乳で湿らせる。卵も一つ、冷蔵庫から出しておく。
私は腕まくりして、ボウルに手を突っ込んだ。ハンバーグは捏ねれば捏ねるほど崩れずに上手く焼ける。だけどひき肉が温まっちゃうと旨味が逃げていっちゃうから、やっぱり手早く混ぜないといけない。炒めた玉ねぎのみじん切りを冷やしておいたのにも、こういった理由がある。
ひき肉が適度に混ざったら、卵を割り入れ、さらに混ぜる。次は玉ねぎ、最後にパン粉。玉ねぎの量がひき肉に対して結構多いのが高橋家流。具材も、ひき肉と玉ねぎだけ。すごくシンプル。
一通り捏ね上げたところで、ボウルにラップをして冷蔵庫に入れた。
後は、崇が帰ってくるまで待つだけだ。
手を洗い終わった私の目の隅に、カーテンレールにぶら下がった洗濯物が映る。
「あぁ、忘れてた……」
そういえば、洗濯機も回してたんだっけ。干さなきゃ。
私はカーテンレールから洗濯物を全部取り去り、ハンガーやピンチから衣類やタオルをはずした。そしてそれを持って洗濯機の置かれている脱衣所へと向かう。
数日分はあるだろうけど、やっぱり一人暮らし。洗った洗濯物の量はそんなに多くない。ドアの縁にハンガーを引っ掛けつつ、洗いたての洗濯物を全部ハンガーやピンチに掛けると、またカーテンレールに引っ掛けた。カーテンレールが痛んじゃうから、本当は室内用の物干しがあるといいんだけど、あいにく崇は用意してないみたい。
それにしても。
はぁ。
やっと一息つける。朝からずっと、動きっぱなしだ。
私はコタツの脇に座ると、さっきまで干されていた洗濯物をのんびりと畳み始めた。
時間はもうすぐ五時半になろうかというところ。窓の外は、もう夕方と言うには暗くなっている。崇の仕事は五時半に終わるはずだ。もしかしたらケータイに電話が来るかもしれない。
そんなことを考えながら、畳み終えた洗濯物を箪笥へとしまう。
なんか、家で旦那の帰りを待ってる新妻の気分……。そういえば、昨日、順子先輩にも通い妻って言われたっけ。
私はくすりと笑った。
そのとき、ケータイの着信音が少し曇った音で鳴り始めた。
私は部屋の隅に置かれたハンドバッグに寄り、中からケータイをまさぐり出すと、受話ボタンを押して耳に当てた。
「もしもし?」
「もしもし。あ、オレだけど」
崇の声だ。もうすぐ会えるんだって思うと、嬉しくてたまらなくなる。
「うん」
「明日香、今、どこ?」
「え? あ、えっと」
私は時計を見た。時計の針は、五時五十分を指している。いつもならお仕事が終わって、着替え終わって帰路に着こうかという頃だ。崇には、こっちに来てるってことは未だ内緒だから……。
「今から、駅に向かうトコ」
「そっか。よかった」
崇の安堵した声が受話器の向こうから聞こえてきた。