6. 崇の家に帰り着くと
崇の家に帰り着くと、すぐに私はマンションの窓という窓を全部開けて、換気扇を入れた。まずは空気を入れ替えなきゃ。
次に、ベッドに乗っていた布団を抱えると、そのままテラスに出て手すりに掛けた。布団バサミは、押入れの隅っこに落ちていたものを使っておこう。今からだと一時間くらいしか干せないけど、それでも十分だ。
本当はシーツも変えたいところだけど、それはまた明日。替えがないみたいだし。
そうやって空気を入れ替えている間に、買ってきた食材を冷蔵庫に入れていく。調味料の類は、とりあえずコンロの脇に置いた。
次は洗濯物。カーテンレールにぶら下がっているものはいいとして、絨毯の上に散らばってるものはもう皺くちゃになってしまっているから、もう一度洗うことにした。洗濯機に放り込んで、洗剤を入れてスイッチをオンにする。同じく床に散らばっていた紙の類を拾い集め、ノートパソコンや郵便物と一緒にマットレスだけになったベッドの上に乗せる。
次は拭き掃除。さっきのスーパーで買ってきた雑巾を一枚水で濡らして、コタツの天板やテレビボード、棚の類の上を拭く。そこまでやって、ようやく、床掃除だ。
コタツ布団をめくり上げて、その上に座椅子を二つとも乗せる。そのままコタツごと部屋の隅にいったん寄せると、私は納屋に入れられていた掃除機を取り出した。
スイッチを入れると、大きな音ともにモーターが回り始め、絨毯に吸い付いた。順番に拭き上げるみたいにして掃除機を前後に動かす。部屋の半分を終えたところで一度スイッチを止め、コタツを移動した。そして部屋のもう半分と、台所、廊下、トイレ、洗面所と続く。
「ふぅ…」
そこまで終えて、私は一息ついた。ようやく、ちょっとは埃っぽさがなくなった気がする。時計の針は二時半を指している。
私は掃除機を片付けて部屋に戻ると、換気扇を止めた。換気もほどほどにしないと、今度は部屋が冷えちゃうしね。
テラスの窓を閉める前に、布団叩きを持って出て、何度も何度も布団を叩く。ちょうど、周りの家からも同じような音がしていた。ぱんぱんという音が住宅地にこだましていく。多分崇はもう長いこと布団なんて干してないだろうから、ちょっと多めに叩いてから取り込んだ。そのままベッドの近くまで運んで「あ」と声を上げた。
「そうだった。忘れてた」
ベッドの上には、ノートパソコンと郵便物、紙類が置かれていた。さっき掃除機を掛ける前に、私が置いたんだった。
私は布団をその場に下ろし、コタツを部屋の真ん中に運ぶ。上に乗っていた座椅子を下ろそうとしたとき、あることに気づいた。
「あれ? この座椅子、新しい……」
二つの座椅子は、明らかに最近買ったものだ。ウレタンのクッションがしっかりしていたし、カバーの色も褪せてない。崇がわざわざ買ってきてくれたんだって事に気づいて、私は微笑んだ。
って、ほっこりもしていられない。
私は座椅子をコタツの周りに置くと、ベッドの上を占領していた物たちをコタツの天板の上に移動させた。そしてようやく、干した布団をベッドに乗せる。最後に枕を置いた私は、とりあえず満足して頷いた。
「これでよし、と」
と言っても、これから本番。今からようやく、チョコレートと夕食を作るんだから。
ガスコンロはさっきまでの部屋の散らかりに反比例するみたいに妙に綺麗だ。きっとほとんど使ってないんだろうなぁ……などと思いつつ、私は電気ケトルに水を入れ、スイッチを入れる。
お湯ができるまでに、と、私は冷蔵庫から買ってきた何枚かの板チョコの内、およそ三分の二の量を取り出した。それを包丁を使って刻み、ボウルに全部入れた。それが完了したところで、電気ケトルで作っておいたお湯を取り出した大きい方の鍋に入れる。そして、その鍋にボウルを突っ込むと、鍋を火に掛けた。湯煎でチョコを溶かしていく。
チョコレートが全部溶け切ったら、鍋からボウルを上げる。そして生クリームとお菓子作り用の洋酒を入れ、勢いよくかき混ぜた。力を入れてがんばって混ぜていくと、やがてチョコレートの色が白っぽく変化する。トリュフの種の出来上がりだ。
私はそれにラップを掛けて、冷蔵庫に入れた。丸くするには、ある程度の硬さが必要だから。チョコレートが冷えるまでの間に、やることがたくさんある。
まずはお米の用意。とりあえず、二合炊いておいたら十分かな? カップで測って、磨いで、七時に炊き上がるようにタイマーで予約した。
次は、玉ねぎのみじん切り。ハンバーグ用だ。玉ねぎ三つ分をみじん切りにして、サラダ油を熱したフライパンに入れる。それを中火で炒めながら、小さい方の鍋をぎりぎりいっぱいの水で満たしていく。そして、その中へ鰹節を放り投げた。これは、ほかのお料理で使うための出汁。
それが終わったら、今度は、ほうれん草の袋を野菜室から取り出す。袋に入っている中から今日使う分だけを取り出すと、水洗いし数センチ幅で切っていく。そして、密閉式のタッパーに入れると、電子レンジにかけた。本当はお湯で茹でた方がいいんだろうけど、時間もないし、お鍋の数も足りない。幸いなことに、タッパーは何故かいっぱいあったから、遠慮なく使わせてもらおう。
電子レンジでほうれん草が茹で上がるのを待っている間に、また玉ねぎの様子を見る。未だ焦げ付いてないね。大丈夫。あと十分は炒めなきゃ。
玉ねぎに気を配りつつ、乾燥ひじきを水で戻す。にんじんとジャガイモの皮を剥く。
その作業の途中で、玉ねぎがいい感じになったから火から下ろした。この熱い玉ねぎを、今度は冷やさなくちゃ。かと言って、狭いキッチンにこのフライパンを置いておくスペースはない。私はコタツの上に置いたものをいったん絨毯の上に下ろさせてもらって、鍋敷きを置き、その上にフライパンを置いた。このまま放っておけば勝手に冷めるはずだ。
にんじんとジャガイモの皮剥きに戻った私は、にんじんの一部を除いて、全部同じくらいの食べやすい大きさに切ると、またタッパーに入れて電子レンジに掛けた。これは、ハンバーグに付け合わせる温野菜だ。
再び電気ケトルでお湯を作りつつ、残しておいたにんじんを薄くいちょう切りにしておく。お湯が出来上がったら、冷蔵庫から油揚げを取り出してザルの中に並べ、上からお湯を回しかけた。簡単な油抜きだ。
茹で上がっていたほうれん草に、砂糖とすりゴマを入れて和える。すり鉢がなかったからすりゴマを買わなきゃいけなくなっちゃったのが残念だ。そして、先ほど作っておいた出汁を少しとお醤油を少し加えてさらに混ぜ、タッパーに蓋をして冷蔵庫に入れた。とりあえず、一品完成。
次はひじきの煮物だ。大きい方の鍋に入ったままになっていたお湯を捨て、サラダ油を熱する。その間に、油揚げを短冊切りにした。鍋が温まったところで、水を切ったひじきを入れる。さっきいちょう切りにしておいたにんじんと、油揚げも一緒に入れて炒める。適度に火が通ったところで、作っておいた出汁をひたひたになる量まで移し入れた。あとは沸騰したら、お酒やお醤油を入れて味を調えて、煮詰めれば完成する。
サラダは、最後でいいや。
トリュフはどんな具合かな? 私は、冷蔵庫を開けてみた。