1.
二十五歳の誕生日。
結婚してから初めて迎える、あなたと私の二人の誕生日。
付き合い始めてから数えれば、五回目のお祝い。
いつもと同じ朝。
いつもと同じ日常。
いつもと同じ幸せ。
....そのはずだった。
一本の電話が鳴る。知らない番号。
「また迷惑電話かな」
そう思って、いつものように無視した。
けれど、なぜか胸がざわついた。番号を検索すると、表示されたのは警察署。
何かあったのだろうか。
折り返すべきか、それとも向こうからまたかかってくるのを待つべきか。
迷っているうちに、再び着信音が鳴った。
嫌な予感がした。
震える手で通話ボタンを押す。
その知らせは、あまりにも短く、残酷だった。
「ご主人が亡くなられました」
その一言で、世界が止まった。意識が遠のく。
泣いたのか、叫んだのかも覚えていない。
気がついた時にはすべてが終わっていた。
葬儀も、手続きも、たくさんの人の言葉も。
全部、夢の中の出来事みたいに。
自分が生きているのか、死んでいるのかも分からない。何をするにも気力が湧かない。
いっそ死んでしまえたら、どれだけ楽なのだろう。
飛び降りれば終われるだろうか。
薬を飲めば楽になれるだろうか。
どうしたら、この苦しみは終わるのだろう。
あなたの匂いが残るこの部屋で。
あなたが「おかえり」と言ってくれそうなこの家で。
私はどうやって息をすればいいのか分からなかった。
数日後、義母が一組の夫婦を家へ連れてきた。
二人は玄関に入るなり、何度も何度も頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
事情を聞いて、私は初めてあなたの最期を知る。
車に轢かれそうになっていた妊婦を、あなたはとっさに庇った。
その代わりに、あなたが命を落とした。
夫婦は葬儀にも来ていたらしい。
けれど義母が、「今日はやめてください」と断ったという。
だから改めて、謝罪と感謝を伝えに来たのだ。
「ありがとうございました」
「あなたのご主人が、私たち母子を助けてくれました」
私は笑った。
「どうか幸せになってください。元気な赤ちゃんを産んでください」
そんな言葉を口にした。
あなたの妻として。
あなたがきっと望む言葉を。
あなたならそう伝えるであろう言葉を。
私は最後まであなたの妻を演じ切れていただろうか。
分かっている。
あなたは立派だった。
困っている人を放っておけない人だった。
優しくて、お人好しで。
誰かを見捨てるくらいなら、自分が傷つくことを選ぶ人だった。
全部、分かっている。
でも
どうしても。
どうしても。
許せなかった。
私にとって、見知らぬ妊婦さんより、その子どもより
あなたの命の方が、何より大切だった
助けなくてよかった
逃げてほしかった
あなた自身を、一番大切にしてほしかった
あなたが生きていなければ、意味なんてない
そんなことを思ってしまう私は、最低だ
あなたが命を懸けて守った命を、心から祝福できない
私はきちんと彼らの前であなたの妻を演じきれていただろうか
醜くて、愚かで
誰にも言えない罪を抱えたまま、生きていた
あなたがいなくなって、数か月
毎日が苦しかった
吐き気
身体のだるさ
眠れない夜
食べられない日々
心配した義母に半ば無理やり病院へ連れて行かれた
診察室で医師は静かに告げた
「おめでとうございます。妊娠しています」
頭の中が真っ白になる
私のお腹には、新しい命が宿っていた
あなたとの、大切な子ども
涙が止まらなかった
嬉しいのか
悲しいのか
自分でも分からない
ただ一つだけ、確かなことがあった
私は、もう死ねない。
あなたが遺してくれた、この子を守らなければならないから
あぁ あなたがいないこの世界で私はあなたの影を探していくのね




