第2章 帰る場所
「ふふん、ふーん。今日は、お花をお土産に〜」
鼻歌を歌いながら、ずんずんと森の中を探索。花を摘んだら、美味しいパンを買って帰っちゃおう。この街はまだ復興中。昔ほどではないけれど、少しづつ活気が戻りつつあるらしい。
とある少女が邪神を討伐――否、生贄になったことにより平和が訪れたと言われている。そんな少女の最期は誰も知らない。だからこそか、英雄として今では銅像が建てられている。銅像というか、短剣だけだけど。
「あ、まずい。考え事してたらだいぶ奥まで来ちゃった。ここ、どこ」
そんなこんなで、まだ貿易が盛んではないのが現状。子どもの私では親に送れる贈り物など限られている。だから、綺麗なお花を摘んで行こうと思った矢先にこれだ。ついてない。
兎に角来た道を戻ろう。運が良ければ、街に戻れるはずだ。なんて己の直感を信じ歩く度に新規開拓。一体どうしてこんなことに。
「わ、私ここで野垂れ死ぬのかな……」
下って歩けばどうにかなると思ったのに、ならなかった。世の中そう簡単じゃないんだね。参ったなと肩を落とした時、ざわりと木々が揺れ始めた。おどろおどろしい雰囲気に、心臓が嫌な音を立てる。
「ひぇ、な、なに」
まるで私を呼ぶように、擦れる葉の音。吹き抜ける風は冷たく、どこか悲しげだ。泣いてるみたいに、静かに私の背中を押す。怖いけれど、それ以上にどこか懐かしさを感じた。導かれるように、足を運ぶ。坂を登り、木々を抜ければ開ける道。
「……教会? あ、でもお墓。誰かが居たのかな」
教会はツルが壁を覆うように張り付いて、人の気配はない。だけど隣にあるお墓は、誰かが定期的にお世話してくれてるのか綺麗なお花が生けられていた。何も持っていないけど、ここで会ったのも何かの縁かと手を合わせた刹那。先程の風とは比べ物にならないくらい、強い風が背中を押す。
「わっ……! なに、これ。鴉の羽根?」
真っ黒な羽根が宙を舞って、花びらのように降り注ぐ。体勢を直し手を伸ばし掴めば、後ろから大きな影が私を被った。人影、では無い。飲み込まれるほどに大きな影。獣か、それとも人ならざるものか。きゅっと心臓が縮み、守るように身を縮めても影が去ることはなかった。こ、こんな所で死にたくない。とりあえず、敵意がないことを伝えようと手を上げよう。それで、そっと前を向いて走りされば勝ちだ。
幸いなことに、まだ相手の反応は無い。そろりそろりとすり足で前を向けば、見たことないほどに美しい男の人がじっと私を見ていた。真っ黒な羽根、だけど彼の長い髪は花のように美麗な白髪。思わず見惚れてしまって立ち竦む私に、金色の眼はさらに目を開いた。
「あぁ、やっと……。お前に会えた」
「ん、え? あ、あの多分人違……ぅわ!」
「何百年、待ったものか。この私が、間違えるはずがない。やっと、お前に会えた。二度と、失うものか」
ど、ど、どうしよう。なんか勘違いされたまま抱きつかれるし、苦しい。離してと身を捩っても、私の身体ごと飲み込むみたいに腰に回された手に力が入っていく。首筋にかかる息が擽ったいし、なんだかいい匂いがして頭がクラクラしてきた。誰かとこんな密着することもないから恥ずかしいし、多分勘違いだから離れて欲しいのに、何処か懐かしい気持ちになって上手く抵抗できない。でも、何とか頑張って抜け出さないと。
「も、もう帰るので! 離し……」
「お前が生まれ変わる日を待っていたんだ、ずっとな。私は誰かを信じることも、心を開くことも嫌いだった。だが、お前だけはずっとそんな私に優しくしてくれた」
「うま、生まれ変わる……?」
「所詮人の子は、上位存在には敵わない。すぐに死んでしまう。あんなことになるくらいなら、さっさとお前を番にしてしまえば良かったんだ」
さっきから、何を言われてるんだろう。話が通じない。
それどころか、真っ黒な羽は私の背中の方へ伸びて前も後ろからも退路が断たれてしまった。
「お前の帰る場所はここだ。……お前は、私の元に帰ってきてくれた。そうだろう?」
「ちが、私はたまたま迷って!」
「奴に殺された時、記憶まで消されたのか。……まぁいい、私たちはこれから共に暮らしていくのだから」
やっと腕が離れたと思った瞬間、顎を持ち上げられ黄金の眼と視線が絡み合う。美麗な顔は涙で少し赤らんで、私を見てはぽたぽたと大粒の涙を零した。拭ってあげれば、その手を取って頬擦りを。負けじともう片方の手で頭を撫でれば、すぐさま捕まり手首にちゅうっと唇が当てられた。
「わ、わっ。離して、ください。私ほんとに、帰らないと」
「何度言ったらわかる。お前の帰るべき場所はここだ。あんなにここに住みたがってたじゃないか」
「〜っ、もう! 分かりました、今日だけですよ。今日だけここに居て、あげます。まったく……夜には帰りますからね!」
ふんっと言い返せば、天使さんは眉を顰めて私を抱っこし教会へ。しなやかな指が何かを描けば、途端に教会は明るく変わった。さっきまでのボロボロさが嘘みたい。すごいすごいと拍手すれば、大きな手が私を撫でた。多分だけど、この人話が通じないだけで悪い人ではなさそう。
わーいと椅子に寝転がったりしても怒らないし。なんなら「好きに過ごせ」と言ってくれる。帰り道も分からなかったし、ここでお迎えを待った方がいい気がしてきた。とりあえず暇を潰そうと教会の中を探索。奥に行けば行くほど部屋が広がっていく。なんだか不思議だ。外から見た時はそんなに大きくなかったのに。
そんなこんなで隅から隅まで探索していた時、綺麗な小箱を見つけた。そっと開ければ、中にはボロボロな短剣が。
「ん、んん。なんか、どこかで見たこと……」
「あるだろうな。これは、お前が使っていたものだ」
「ひょっ、きゅ、急に後ろに来ないで! 気配消さないで」
「煩いな。これぐらいでピーピーと。あぁ、いやそんな怒るな。つい昔の癖で言葉が強く出てしまうんだ」
知らないよそんな事。毎回私を誰かと重ねて、優しくしないで欲しい。探索は楽しいけど、騙してるみたいで申し訳なくなってきた。それに、あの短剣。本当にどこかで――ダメだ、思い出せない。触れれば何か分かりそうだけど、天使さんが私の手の届かないところに片してしまった。大切なものだった気がする、でもあれは私のものじゃない。まだ包丁すら持ったことがないのに、短剣なんて持っているはずがないんだ。
兎に角、もう帰ろうと天使さんを退けて来た道を辿って違和感に気づく。歩いても歩いても、景色が一向に変わらないことに。
「あ、あれ……?」
流石におかしい。辿って居るはずなのに出口がどこにもない。こんな一本道、いくら私でも迷うわけがないのに。教会だったはずの所は、何故か広間のように広く。最初寝転がってた椅子すらない。
「な、なんで。お家帰れない、ここどこ。教会だったはずじゃ」
「ははっ、はははっ」
後ろから、声がする。
カラカラと愉快そうに笑う声。背筋が伸びて冷たくなる指先をきゅっと胸の前で握れば、トンっと私の背中に身体が触れた。ドクンと心臓が大きく跳ね上がる。後ろから伸びる手は私の首を撫で、そのまま頬を挟み持ち上げた。
「私の事を覚えていない癖に、着いてきて。本当に警戒心がない。やっぱりお前は私がいないとダメだ。こうして、悪いやつにすぐに捕まってしまうからな」
「なっ……」
「お前はここから出られない。永遠に。あぁ、そうだまだ私の名前を教えていなかったな」
天使――いいや、堕天使さんはうっそりと笑う、私を見下ろして。脳が逃げろと警鐘を鳴らしても、言葉にできない恐怖がまとわりついて身体に力が入らない。
「私の名は、ルーサ。天界の元大天使だ」
「大、天使?」
「今は、神殺しの堕天使だがな。お前の名は? ここで暮らすならば、双方の名は知っておくべきだ。私に教えてくれないか」
首を振りたいのに、どんどん思考が鈍くなる。漂う甘い香りが、一層強く感じてもう……なにも、わからない。立つこともできなくて、堕天使――ルーサにしがみつけば大きな手が頭を優しく撫でた。それが不思議と嬉しくて、ルーサの声が木霊するように甘く響く。
誰かが言っていた。人ならざるものに、名前は教えちゃいけないよって。教えたら、魂を捕まえられて逃げられなくなると。意思も記憶も全部変えられちゃうって、言われてたのに。呼吸をする度に、教えなきゃって喉元まで言葉が出かかってしまう。言っちゃ、教えちゃダメなのに。
ダメ、なのに。
「さぁ、教えてくれ。お前の名は?」
「わ、私の名前は――」




