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愛が重い人外さんに執着される短編集  作者: つゆ子
天使が愛しい人の子を求め、隠してしまうお話
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第1章 喪失

 誰も来ない、枯れていくだけの庭園。

 頬を撫でる風は冷たく、枯葉を連れ去り吹き抜けていく。息を吐けば、白い煙が浮かび上がり。すぐに空へと溶けていく。


「あ、天使さんだー! こんにちはー」

「? あぁ、またお前か」


 地に落ちる片翼の影に舌を打ち、そろそろ戻るかと振り返った時幼い人間がそこに居た。大きな目を見開いて、こちらを見上げるそれは私の膝よりも小さい。


「邪魔だ、去れ」

「っ、やだー! 今日こそ天使さんとあそびたい。あそぼ、あそぼ」

「聞こえないのか。邪魔だと言っているんだ」


 吐き捨てて翼を仕舞えば、小娘はあんぐりと口を開けて肩を落とす。全く、このやり取りも何度目か。小娘がその場でしゃがみこみ、チラリチラリと視線を投げかけるところまで簡易に想像ができる。


「あ、あそぼー。あそびたい、なぁー」

「黙れ。さっさとこの庭からも去れ」

「やだ。おうちいても、つまんないんだもん」

「……。はぁー」


 この娘と出会ったのは、七日前のことだった。

 天界で暮らしていた私とは、無縁の存在である人の子。しかし、同僚から妬まれていた私は裏切られ免罪だと言うのに罰を与えられた。片翼を奪われ、天界から追放。

 怒りで堕ちる既のところで、辛うじて見つけた教会。神父からも見放されたのか、森に眠るようそれは建っていた。天界へ戻るまでの間、仮寓とし身を潜めようと扉を開けた時……私はこの小娘と出会ったのである。


「私は教会へ戻る。お前は好きにしてろ」

「そ、そしたら私も教会に行く。天使さんも一人ぼっちつまらないもんね。ふふん、私が遊び相手にー……あっ、まって! 置いてかないで!」


 煩わしい小娘だ。

 どれだけ突き放した言葉を吐いても、しつこく付き纏ってくる。どうしてこうも自分勝手なのか。片翼の天使など、化け物と変わらないというのに。なぜ、私に固執する。腹立たしい、どうして私がこんな小娘の事を気にしなければいけないのだ。


「早く家に帰れ」

「わっ」


 足にしがみつくその身体を引き剥がせば、小娘は呆気なく転がった。たった地面に尻を着いただけで涙を浮かべている。俯くその姿を横目に、私は教会へ戻った。やっと静かになったと息をつき瞼を閉じる。

 そうして、数刻経った日が暮れる頃。静かに扉が開かれた。


「邪魔、しないから。今日ここで寝かせて……」

「……。はぁー、勝手にしろ」


 小娘は、朝の元気をすっかり無くして椅子の上で静かに丸まり眠りについた。

 痩せこけているわけでもない。身なりも整っている。それなのに、こいつの親は何をしているんだ。首輪でもつけて出歩かないようにして欲しいとすら思う。大体勝手にやって来るくせに、私が起きる頃にはいつも小娘の姿がない。恐らくここで寝て夜に帰っているのだろうが、こんな警戒心のない小娘なんぞ取って食われるぞ。


「ぅ、ん……」


 案の定、小娘は夜に起きた。

 私を起こさないようにか、静かに扉を開けて去ろうとしている。そこまで気を遣えることができるのに、なぜ毎回ここにやってくるのか。謎は深まるが、私の思考を小娘に使うのは勿体ない。


「おい」

「ひっ」

「こんな真夜中に外に居て、親は心配しないのか?」

「あ、えっと」


 私の問いに、小娘は困ったように眉を下げた。


「ママは病気。パパも、ママ追いかけてお空にいっちゃった。おうち、居ても……みんな知らない人ばっかりで嫌なの」

「死んだのか」

「……。パパ、悪魔を呼び出したんだって。起きたらね、パパ真っ赤で……ぅ、ひっく」

「おい、私の服を濡らすな」


 ぐずぐずに泣き始めた小娘は、あろうことか私の腕を掴みながら顔を埋めてきた。引きがしたくても、離れない。何度目かの攻防の末、諦め頭を撫でれば小娘は嬉しそうに笑って、聞いてもいないのにぽつりぽつりと話し始めた。


「眠いの我慢して、パパに会いにいけば助けられたのかな。家にいる人も、みんな私のこと見てくれないの」

「はぁ。まぁ悪魔を呼んだ男の子供なら、尚更関わりたくないだろうな。同じ思考の持ち主か、邪に染まったものとして見られてもおかしくないだろう」

「うん……。だから、誰も心配しないの。自由なんだ。でも、夜は怖い寝たくない。怖い夢も見るから」


 聞けばこうだ。

 小娘の家には両親の血縁関係者が居るものの、全く相手にされない。いや、相手にされないと言うよりは必要最低限の関わりしかないのだろう。そして、自分が早寝した時に限ってその晩に父親が死んでいたのがトラウマらしい。

 悪夢も、昔夢の中で仲良くしていた人が追いかけてくる風に変わった。夢は所詮、潜在意識だが悪魔が屋敷に来たのが悪影響を及ぼしたのだろう。まったく、とことん不幸な人の子だ。


「私ね、いつか邪神を倒すんだー」

「さっさと寝ろ。寝言は寝てから言うんだな」

「本気だよ。そのために神様に認められるように教会と剣技の講義に通ってね、沢山がんばって聖なる剣でずしゃーんって」

「あんな神に認められても何にもならんがな」


 邪神は既に封印されているだろうに。

 それに、こんな弱い子どもが神に認められる聖騎士なんて無理に決まっている。……そう、思っていた。


「天使さーん!」

「帰れ。何度言ったらわかる。私はお前に会いたくないんだが」

「そ、そんな事言わないでよ。流石に傷つくよ」


 人の子の成長は早い。頬を膨らませるその顔は昔と変わらないが、あれから小娘は目を張るほどに成長した。


「今日はね、見せたいものが会ってきたんだよ」


 小娘はにこにこと笑いながら、腰に着いている剣を抜いた。


「お前、それは……」

「なんとついに、聖騎士になれました! ふふん、凄いでしょー。聖なる短剣だって。これでいつでも邪悪なものが来た時私が守れるよ!」


 剣の鍔に宿る宝玉、月のように煌めく銀色の刃。私がどれだけ突き放しても、毎日やってくる図太さが鍛錬の方でも実を結んだのか。

 母親は邪神による災いによる病、父親は悪魔を呼び出し死亡。悪なる者を殺める気持ちは強いだろう。だがしかし、片翼である私にここまで心を許してしまっている小娘が、己の命を守れるのだろうか。

 戦場というものは、過酷だ。ほんの少しの善意が働けば命を落とすことだってある。


「鈍臭いお前が聖騎士など、神も落ちぶれたものだな」

「ど、鈍臭くても民は守れるからね。でもね、だからその……ここに帰る頻度少なくなるかもしれない」

「はっ、それを伝えるために来たのかお前は。私は一人でいる時間の方が好きだ。気にする必要は無い。精々、自己犠牲で死なないことだな」


 そう告げて、別れて。移ろう季節を教会から眺めることにも飽きた頃。邪神の封印が解けた。平和ボケした街は混乱に陥り、多くのものが病を患い眠りにつく。数多の恐怖が蔓延るそんなある日、希望の光のように一人の聖騎士が勇敢に立ち向かったらしい。

 そうして聖騎士の貢献のお陰で、再び街に平和が訪れた。

 だと言うのに。


「なぜ、来ないんだ……」


 何年、何十年待ち続けた。

 小娘は、最後に会った日「功績を残すことができたらね、天使さんの羽根戻してって頼んでみる」と言っていたのに。どうして、戻ってこない。あぁどうして、私の羽だけが戻っているんだ。


「ふざけるな……今更、私を一人にするなど許すわけがないだろう」


 日が昇っては沈む、四季が織り成す景色の中を何度も歩き回った。けれど、小娘の姿は見当たらない。何処にも、気配の一欠片もなかった。一抹の不安から、心の臓から抑えきれない闇が溢れ疼き出す。焦りか、憎しみか。

 思考すら飲み込まれ白の翼が、黒へ変わる刹那。コンコンと、扉が叩かれた。


「こんな所にいたのですね、ルーサ様。こちら、神様からの贈り物でございます」


 その手のひらには闇夜に光る、銀色の短剣。割れた、宝玉。それだけで、全て察した。察してしまった。もうあの陽だまりのように笑う愛しい人の子が、朽ちたことを。

 あぁ、そんな事があっていいのか。こんなあっさりと、お前は消えてしまったのか。私を、置いて。

 

 ――私はまだ、お前の名すら知らないというのに。

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