第1章 はじめまして
「娘の魂も命も悪魔様に差し上げますので! 私の妻を、蘇らせてくれ!」
暗闇の中、揺らめく蝋燭。足の下には召喚の陣。
美味しい仕事だから受けたって言うのに、どーしてこうもハズレくじばかり引くかなぁ。
「娘はまだ子供ですが、命という対価には釣り合うはずです。お願いします、悪魔様」
「そーですねぇ。でも、奥さんが死んでるのは俺聞いてないんですよ。たしか、病気を治す代わりに若い人間をあげる……というお話でしたよね?」
人間を飼ってみたかったし、ちょうどいいやと思ったのにこれか。最高についてない。まぁ、酒の勢いでろくに確認もせず、この仮契約を結んだ俺のせいでもあるけど。等価交換で死者蘇生なんてしたら、人間飼えないし。最悪だ。
これはもう仕方がない。さっさと、コイツを殺して帰りますか。既に俺は騙された可哀想な悪魔さんですし。仮契約逃げなんていうレッテル、貼られたくないですからね。相手がいきなり持病で死んでしまった事にすれば、俺も恥をかかないし相手も奥さんに会える。うん、天才だ。
「はいはーい。じゃあ、今この場に娘さんいないんで、代わりに貴方の命を頂戴しますね」
「は? 待て、話が違っ……ぐぁ! ぁぁあ!!」
「ははっ、いやぁ俺も話が違ったんでおあいこでしょう? ね、ほら天国で愛しの奥さんに会えますよきっと♡」
まぁ、コイツが行くのは地獄でしょうけど。
どばどばと不味そうな血を流して……掃除が大変そうだ。まったく、ここの使用人さんの事も考えてあげて欲しいですね。
さて、今回の仮契約は美味しかったけど仕方ない。次を期待して帰りますかと窓を開けたとき、部屋に淡い光が差し込んだ。
「ぱ、ぱ?」
光の向こうには、俺の膝下よりも小さな生き物。
とてとてと歩いて、血の池を踏み転んだ。ぷくぷくな白い頬は汚い血が付いて、大きな目には涙が浮かんでいる。
「ぱぱ、ねんねする、はやい。ぱ」
「あはっ。かわいー、子供だぁ。君のパパはねえ、今さっき死んじゃったんですよ? もう君とはお話したくないんですって。捨てられちゃったんですよ、君は」
「しんじゃ、た? ぱぱ、ままとおそらなの?」
おー、知能が低い。こんな弱くてお馬鹿な人間さんを俺は飼うことができたのか。堪らないな、この無知さ。勿体ないことをした。いや、そもそもあの人間が嘘をつかなければお迎えできたのに。
「そーそー、お空なんです。君は、今日から一人で生きてくんですよ」
「ひとり? なんで、ぱぱ……っ、ひっく。うぇえん! ぱぱ、おっきしてぇ……ぱぱぁ……」
「ほー、時差で理解してくんですね。どんなに呼びかけても、お父さん起きませんよー?」
可哀想にと頭を撫でれば、ぐにゃっと曲がる首。あまりの柔らかさにぎょっと手を離せば、ボロボロ泣きながら頭を死体に埋めていく。
「……あ、そーだ。いいこと思いつきました」
俺は人間を飼ってみたい。この子は両親がいない。俺の仮契約は、血を交える本契約を結ぶ前に決裂。けれど、この子は俺を呼んだ人間の血が繋がっている。不安定ではあるけれど、まだ結び直すことはできるはずだ。契約を上書きしてしまおう。
「お嬢さん、申し遅れました。俺は、今日から貴女の召使いとして配属された……」
「っ、やだぁ……ぱぱがいい」
「はぁ、おバカさんですねぇ。貴女はこいつに売られてたっていうのに。ほらほら、俺が大人になるまでお世話してあげるんで契約しましょ」
「ぅ、う。ぱ……んぃ」
ぱぱ、ぱぱと煩いし取り敢えず記憶を弄ろう。
本当は名前が分かれば魂貰えて楽だけど、絶対服従の手札は後ででいいか。兎に角、空っぽな脳みそを弄って……あっ、俺の事大好きってことにもしちゃいますか。やっぱり小動物には愛されたいですし。そーれと、寝かしたら探そうこの子の名前。
「ぅ、う……?」
「あはっ、よーし。お嬢様、これから末永くよろしくお願いしますね♡」




