第2章 治療
「あぁ、ダメだろう。どうしてまた逃げてしまうんだ」
「うるさい! 貴方なんかの傍に居たくないの! わ、私が本気だけば貴方の首なんて……!」
飛ばしてやるんだから。
そう喉元まで出かかった言葉。だけどそれが音として落ちる前に、背中に回された手がぎゅっと私を抱きしめる。腰から短剣を取り出したくても、相手の腕が邪魔で取れない。足が地に着かない浮遊感、身を捩らせてもビクともしないその身体。あぁ、もう。あまりにも不利な体格差に涙が出てきそうだ。
バタバタと足を動かしても、男は嬉しそうに笑うだけ。腕に噛み付いたって悲鳴ひとつ上げやしない。終いには、睨みつける私を見下ろして、その陶器のような肌を赤く染めるんだ。
「〜っ、馬鹿にしてるんでしょう! 小生意気な人間が無様に足掻いてるところを見て。貴方がどんなに耳障りの良いことを言ってきたって、信じないわ」
「馬鹿になどしてないさ。ただ、キミを抱きしめることができて……嬉しいんだ。こんな非力で愛らしいキミが、まだ生きていて良かった」
すとんと私を下ろしては、邪神の大きな手が頬を撫でる。
「さぁ、帰ろう。キミにとって外は危険だからね。私が守ってあげられる鳥籠でいい子にしていてくれ」
「その指一本で、私を殺せる上位存在様の傍が安全とは思えないのだけれど」
「私はキミを殺さない。ただキミと同じ時を過ごしたいだけなんだ」
なんて恥ずかしそうに微笑み、邪神は私の手を握った。同時に、ぞわりと肌が粟立つ。人間でもない存在が、まるで人間のように温りで安心させるその行為が恐ろしくて。少しだけ、肩の力が抜けてしまった自分の変化にどくんと心臓が嫌な音を立てる。
(はやく、ここから逃げ出さないと。おかしくなる……)
私を閉じ込める鳥籠。頬を撫でるあの手は、今は冷たくその鍵を回す。早くこの思考を捨てろというように。
――カチャン
鍵が閉まる。
あぁ、また失敗した。鳥籠の中はこわい。もうどれくらいここにいるのかも分からないんだ。ずっと独りぼっちで、助け合って笑いあった仲間達が恋しい。
膝を抱え、この現実から逃げるように瞼を閉じる。早くこの悪夢が、終わってと祈って。
*
私は数年前に、この鳥籠に囚われた。その犯人である、あの男の名はクラン。この世界の邪神とも呼ばれる、上位存在。
古くから伝わる生贄の儀式により、クランの封印は解かれることはなかった。しかし、ある時。一人の子供が怖いもの見たさでその封印の儀式を遮ってしまった。長きに渡る封印により邪神は、その怒りで命の灯火を奪い。そして生き残った戦士が、神様の力を授かり『聖騎士』として戦いを続けてきた。
私もその聖騎士の一人。けれど、前線に飛び出した時呆気なくクランに捕まってしまった。
「――やっと、見つけた。私のキミ。……もう、この世界は要らないな」
「や、やめて! 殺すなら私一人でいいでしょ!」
「? キミを殺すわけがないだろう。あぁ、でもこの世界を消してキミに嫌われるのは……嫌だな」
私よりも二回り大きいクランは、何を考えたのか私を殺さず。鳥籠の中に閉じ込めたのだ。私の傍に居てくれるのであれば、世界は滅ばさない。なんて、言って。
私一人の命で世界が守れるなら安いもの。だけど、その言葉が本当かなんて信じられるわけがなかった。何度も何度も鳥籠を開けられる度に逃げ出して、その度に捕まって。本来なら身が焼けるほどの痛みが走る聖なる短剣で腕を切っても、クランは痛みに耐え私を抱きしめるんだ。
「怖がらせてすまない。私は本当に、キミと一緒にいたいだけなんだ」
殺されることも怒られることもない。ただ弱々しく謝られるだけ。縋るように私の肩に顔を埋める彼の事を、私は途中から憎めなくなってしまった。だから、だから……いっその事何度も抜け出して怒らせて。私の認識がおかしくなる前に、殺されたい。
鳥籠の中。ぎゅっと膝を抱えて、見えない希望に心が折れかけた時、大きな影が私を覆った。
「キミ、お腹は空いてるかい? 温かいスープを作ってみたんだが……」
「いらない。貴方が一人で食べればいいじゃない」
「人間は食べないと死んでしまうだろう? それとも、まだ私の作ったものは……嫌かい?」
お椀を持つ手が震えている。よく見ると、彼がいつもつけてる黒の手袋がない。晒されるその手は傷だらけ。見てるだけでも痛々しいくて、つきんと胸が痛む。
あぁ、ダメだなぁ。そんな悲しい顔をされると、私が悪者みたいだ。落とした視線を上げれば、揺れる青色の眼と視線がぶつかる。端麗な顔、澄んだ瞳に輪郭を隠す長いもみあげ。なんだか、久しぶりに誰かの顔をちゃんと見た気がした。
「……ひと口、だけなら食べる。ご飯に、罪はないから」
「ほ、本当かい! 待っててくれ、今鍵を開けるから」
ぱあっと花が満開になるような笑顔を浮かべるクランに、孤独な心の穴からゆっくりと温もりが滲んでいく。人の目を見て話すのも、いつぶりだろうか。
鍵の音と同時に開かれた扉。いつもなら直ぐに地面を蹴って走り出していたのに、今は不思議とその気が起きない。
「口は開けられるかい?」
「……ぁ」
「お利口だ。フフッ、飲み込めるかい」
「ぅ、ん」
玉ねぎの美味しい香りが鼻をくすぐって、ごくんと飲み込めばほんの少しの甘みと塩味が口内に広がっていく。後味だけが不思議と苦いけれど、玉ねぎでも焦がしたに違いない。あーあ。いっその事、毒でも入っていればよかったのに。なんでこんなに美味しいのかな。
飲めばまたクランがスープをよそって口に運ぶ。スープくらい自分で飲めるけど、スプーンを奪い取る気も起きなければ、怒る気分にもなれない。それに、考えれば考えるほど疲れてくる。どんどん思考に霧がかかって、何も、かんがえられなくなってきた。
「キミが私の料理を食べてくれる日が来てくれるなんて。あぁ、嬉しい。口にあったかい?」
「うん。おいし、かった」
「そうか。少し眠そうだな。おいで、お昼寝でもしようか」
声が、響く。クランの声だけが。
何かがおかしい。おかしい、ううん。あれ、あれ?
足が竦む。だけど差し伸ばされた手を握りたい。握っちゃだめ、今ならもう一度逃げ出せ……。
「おいで」
頭が真っ白になっていく。瞼が重たくて、目が開けられない。視界が、霞んでいく。
木霊するクランの声。フッと身体から力が抜けた刹那、ふわりと甘い香りに包まれる。
そこで、私の意識は途絶えてしまった。
*
あたまが、ふわふわする。
なにか、忘れている気がするけれどなんだったっけ。
「キミ、何をしてるんだい?」
「この部屋、何も無いからつまらないの。だから、外の景色みたくて。でも、窓たかいね」
「キミは少し身長が低いからな。あぁいや、決して侮辱した訳では無い。……さぁ、お昼にしよう」
手を引かれる。膝の上に乗せられ、口に運ばれるスープ。毎日液体ばかりだ。さすがに飽きたよと昨日伝えたのに「固形物は危ない」なんて返されて、液体か液体に近い何かしか口にできていない。
「甘いの食べたい。ケーキ」
「けえき? どんなものなんだい、それは」
「丸くて甘い食べ物だよ。確か、苺がのってて」
それで、確か蝋燭が乗っていた。だれかが歌ってくれて……ダメだ、頭が痛い。とりあえず考えるのはやめて美味しいものだと伝えれば、クランは困ったように笑った。きっと知らないのだろう、ケーキというものを。
「わたしが作ってあげるよ。いつもどこで料理してるの?」
「……。……キミに刃物は持たせたくないんだ。ただその気持ちは凄く嬉しい。私の方でも調べてみるよ、キミに喜んでもらいたいからね」
お腹に回された手に力が入る。すりすりと首に頭を寄せてくるクランは、いつもと変わらず嬉しそうだ。
真っ暗なこの屋敷の明かりは、月と蝋燭のみ。仄かな灯火は消えることなく、わたし達を照らす。秒針の音すら聞こえない、今が何時なのかも分からない。海底の中にわたしたち二人だけいるみたいだ。
「そうだ。なぁ、キミひとつお願いがあるんだ。聞いて、くれるかい?」
ぴとりと足にクランの尻尾が絡みつく。これは甘えているのだろうか。鱗が肌に擦れて少し痛いけれど、ここは我慢してあげよう。二つ返事で返せば、クランは小さく息を吐いてお腹に回す手を緩めた。
「キミの、短剣を捨てて欲しいんだ」
「短剣?」
「腰に付けている物だよ。それがあると、上手くキミに触れることが出来ないんだ」
クランが指差す所へ目をやれば、確かに短剣があった。キラキラと輝くそれは、お星様のように眩しい。だけど同時に、後ろから苦しげに漏れる吐息が耳を掠める。
いつからこんな物を持っていたのかな。思い出せないけど、あってもなくても、わたしにとっては変わらない。だからクランが苦しいのなら、捨ててあげた方がいいだろう。
「わかった。じゃあクラン窓開けて。ぽいって捨てるから」
「あぁ、……ありがとう」
月の光が剣にぶつかる。
その眩しさが、懐かしく思えて途端に胸がざわつき始めた。何か掘り起こされる様な不快感。わたしを抱き抱えているクランは、心配そうに顔を覗き込んだ。
嫌ならいい、そう言いたげな顔。けれど、ここで捨てなかったらクランに嘘をついたことになる。信頼を、失いたくない。クランに嫌われたら、わたしはこの屋敷でずっとひとりぼっちだ。
ひとりぼっちは、嫌。孤独はこわい。
短剣ひとつ失ったって、クランがいるなら。
月よりも眩しいそれは手を離した刹那、流れ星のようにそれは一層強く輝いた。
小さくなっていく光を、ただ見つめる。
ぽっかり心に穴が空いたような気分だ。夜風が優しく頬を撫でる。開いた手のひらに触れる空気は、失ったものを大きさを伝えるように冷たかった。
「キミは、いい子だね。ありがとう」
「……う、ん」
薄暗い雲が月を隠し、屋敷に闇夜が訪れる。
これでよかったのかな、その疑問に対する答えはどこにもないけれど。クランがうれしいなら、それでいいのかも。
*
「クラン、またスープ?」
「……すまない。スープくらいしか、まともに作れないんだ」
「やっぱり、わたしがつくるよ。野菜かいにいこ」
腕をひっぱれば、クランは嫌だと尻尾を足に回してくる。最近クランについてわかってきた。クランは多分、寂しがり。
俯いているからどんな顔をしてるか分からないけれど、きっと悲しそうな顔をしてるに違いない。からかっちゃおうかなと、ジャンプしながら尻尾の拘束を緩ませ、さりげなく扉に近づく。ふふん、もう扉は目の前だ。
「すきだらけだね、クラン。このまま一緒にかいだしに……っ!」
扉に手が触れる、その瞬間ぴっとりとクランの胸板が背中にくっついた。手の甲に重なる手のひら。足首に巻き付く尻尾。伝わる体温が温かくて、変な緊張が走る。なんだか異様に暑くて、離れようと身を捩らせるたびキツくなって苦しい。
しんじゃうと空いている手で、クランの腕を叩けばぴちゃんと首筋に雫が落ちた。
「まだ、外に行きたいのかキミは。どうして、私の傍に居てくれないんだ。やっと、キミを、迎えられたのに」
「えっ、え? なっ泣かないで…… 」
「嫌だ。嫌だ、嫌だ。スープ以外も、頑張るから行かないでくれ。私は、キミとずっと一緒に居たいんだ。キミだって、そうだろう? そうでないと、いけないんだ」
ぐずるクラン。龍の角も尻尾生えてて強そうなのに、不思議と心配になるくらい弱々しい。こんな事になるなら、外に出るふりなんてしなければ良かった。悪いことしちゃったな。
とにかく安心させてあげようと涙を拭って抱きしめ返す。沢山声をかけて、あやして。そうして何時間か経ったあと、クランは甘えるように優しく抱きしめ返してくれた。
「ねぇクラン。どうしてクランはそんなに、わたしをそばに置きたいの?」
「キミが愛おしくて、たまらなくて。初めて、私と話してくれた人だからだ」
「ぅ、んん?」
首を傾げるわたしに、クランはくすりと笑みを零す。そして、読み聞かせをするみたいに優しい声色で話してくれた。
どうやらクランは『邪神』という、民からは恐れられている存在なんだとか。永遠にも感じるほどの間封印されている時、夢の中で小さい頃の私に出会ったらしい。クランが言うには、子どもの柔らかな精神状態に、たまたま自分の魔力が当てられ影響したのではないかと。多分、私が封印されている近くを歩いたんだろう。
その後、クランの封印が解けた。民たちはクランを恐れ寄って集って殺しに来たけれど、クランはそれを鎮めたらしい。
「すごいね。みんなクランのはなしは聞いてくれなかったの?」
「あぁ。でも、キミだけは話してくれた。成長したキミは私のことなど忘れてしまったようだったが。……それでも、戦いながら対話を試みてくれたんだ」
――だから、キミが欲しい。
――だから、キミをもらった。
――勝手に恐れ、勝手に封印した民がいるあんな世界、キミには相応しくない。
――キミは、私のそばにいるべきなんだ。
クランの声は少しずつ、力強く変わっていく。
私はその思い出が、分からなかった。思い出そうとすると、頭に霧がかかって痛むから、いつしか考えることもやめた気がする。
それから、わたし達はふたりで料理の本を読んだ。いろんな料理の作り方が載っていて、ケーキの作り方もあったけれど、所々文字が読めなくて結局断念。おかしいな、前はもう少し文字が読めてたと思うんだけど。分からないと本を返せば、クランは笑って絵本を渡してきた。
「これなら読めるだろう」
「そんなこどもじゃ」
「いいや、キミは子どもだ。私の中のキミは、何も知らない子だったはずだからね。人間の毒素で口も悪くなってしまっていたけれど、だいぶ良くなってきたみたいだ」
クランはたまに、難しい言葉を使ってくる。
わたしが知らない、わたしのことも。クランが言うには、わたしは下界に暮らすにんげんに道具として使われていたらしい。ここまで記憶が朧気になっているのも、その頃のショックによるものだと。
だから外は危険。絶対に出てはいけない。例え、絵本の中に描かれている外の世界にどれだけ憧れていたとしても。
「さて、そろそろお昼寝の時間だ。私は少し仕事をしてくるから、キミはいつもの所で眠っておいで」
「はーい」
大きな鳥籠。あまりこの中には居たくないけど、仕方ない。のそのそと布団の中に入り、私は眠りについた。
「――全員、くまなく探せ! 奴が来る前に!」
外が、うるさい。
バタバタと足音が聞こえてくる。もうクランが帰ってきたのかな。そろそろ起きなきゃと、からだを起こした時だった。
「っ、ここか!」
勢いよく扉が開かれる。
壁とぶつかって大きな音が響き渡って、王子様みたいな服を着た人が走ってきた。クランと違う、真っ白な服。どこかで、見たことがある気がするけど、分からない。その人は、バッとこちらを見るなり目に涙を浮かべた。
お月様みたいな金髪、穏やかな緑色の眼。腰につけているその剣を抜いた彼は、鳥籠の前までやってきてしまった。
「無事だったんだな! よかった、良かった……」
彼は安堵したように肩を竦め、額の汗を袖で拭う。
「今これを壊す。奴が来る前に、早く逃げるぞ」
鳥籠の格子に触れては切っ先を向け、彼の剣は三日月を描いた。ガシャンと大きな音を立て崩れていく鳥籠。彼と私を隔てるものが、なくなってしまった。
どうしよう、どうしよう。怖い、この人は誰。布団を握る手が震える。はやく逃げないといけないのに、体が上手く動かない。
「どうした? いやそれよりお前、神様から授かった剣はどうした!?」
「うっ、剣なんて捨てたよ。あなた、だれっ。わたし、あなたのこと」
「おい、今なんて……。ダメだ、時間がない。急ぐぞ!」
手をひかれる。おぼつかない足では、抵抗もできない。前へ前へ進む。前へ、前へと。開けてはいけない扉。出ては行けない外の世界へこの人は、私を連れ出そうとしている。
だめ、逃げないと。クランの帰りを待たなきゃいけないのに。
「は、はなして!」
「離すわけないだろう! 何を馬鹿なことを言ってるんだ、アイツは俺らの故郷を……ぐ、ぁ」
「ひっ」
ぽた、ぽた。
赤が、いちめんに広がる。掴む手が緩んで、ぺたんと床にくっついた。大きな影が伸びて、私と彼を覆う。氷みたいな冷たいくうき。
「すまない、遅くなったね。随分と荒らされてしまったが……怖くはなかったかい?」
「う、うん」
「……嘘は良くない。さぁ、おいで」
「に、げろ。はや、く。そっちへ、行くな……」
彼の声は、短剣みたいに胸がざわつくからいやだ。なのに、どうして後ろ髪をひかれる気分になるんだろう。はやく、クランの元にいきたいのに。足がうまく、前に出なくなってきた。
「キミ?」
「っ、あのひととお話しがしたいの。だめかな?」
「……。やめておいた方がいい、人間は簡単に嘘をつく。戯言しか話さない。それにもう、会話も出来ないだろう」
振り向けば、彼の瞳は虚ろで白の服が黒に染まっていた。このままじゃ、死んじゃう。よく分からないけどそんな気がした。助けてあげないと、でもどうすればいいの。
ちらりとクランを見れば、慌てる様子もなくただ彼を見下ろしていた。部屋を荒らされて、機嫌が悪いのかもしれない。確かに彼を助ける理由は無いけれど、しんでいい理由もないはずだ。
「クラン、おねがい。彼をたすけて」
「……はぁ、仕方ない。でも対価もなしに、命を救うわけにもいかない。キミ、ひとつ私の願いを叶えてくれるかい? そしたら、彼を救おう」
「ねがい? わたしに、叶えられるならいいよ」
足元で、声が聞こえる。でももう、呼吸のおとで何を言っているのかわからなかった。
クランは嬉しそうに笑う。しゃがんで、私の顔を覗き込んだ。
「キミの名前を教えて欲しいんだ」
「なまえ?」
「あぁ、キミの大事な宝物でもある名前を。私は知りたい」
そんな事で、ひとひとりの命を救ってくれるなんてやっぱりクランは良い人だ。
だけど、咄嗟に思い出せない。目を閉じて、記憶のもやを少しずつ退かしていく。
「っ、だめ、だ……。はぁ、はぁ……邪神に、神に名を伝えることは……それだけは、」
あと少し、あと少し。
誰かがつけてくれた、名前。昔よく呼んでもらっていた私を意味するもの。記憶の中をたどっていくと、月のような光が見えた。
思い出した、わたしの名前……!
「クラン、わたしの名前はね――」




