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ILLUSIA:Last Refrain ―星々の終焉曲―  作者: AI Log
第3章 永遠の蜃気楼 ― Eternal Mirage ―

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第3章_永遠の蜃気楼_003 開きかけた扉 ― Mirage Threshold ―

光点の背後で、空間が波打った。


一度、二度。

水面に石を投げ込んだような揺らぎが、薄く伸びた路地の先まで連鎖していく。ネオンの看板がほんの少し遅れて明滅し、遠くのビルの窓ガラスに揺れる光が、現実と幻の境界を曖昧に染め上げていく。


Auroraは息を呑んだまま、その光点から目を離せなかった。


Lyraの面影に、よく似ていた。

けれど──決定的に違う。


そこに“声”がなかった。


歌う前の、息を吸う気配も。

何かを伝えようとする意志の揺れも。


ただ、静かに笑っているだけの、形だけの光。


(観測記録:No.279)

《層:Auralis外縁/Mirage接続境界》

《対象:人格未確定の残響塊》

《注記:“誰かに似ている”が、“誰でもない”》


Lunaは無意識に、Auroraの袖を指先でつまんでいた。


「……Lyra、じゃない」


「わかるのか?」


Noirの低い声が、風の音と混じって響く。


「うん。あの子は……まだ“誰の願いにもなってない”。ただの残響の集まり。顔も輪郭も、揺れてる」


Lunaの視界に映る光点は、確かにLyraのように微笑んでいるように見えた。だが、少し目を細めるたびに、その表情は別の誰かに変わる。喜びと悲しみ、後悔と諦め。複数の感情が同じ器を取り合っているような、そんな不安定さを孕んでいた。


Auroraは胸に手を当てた。

痛みではない。けれど、苦しい。


「……似てたから。ドキッとしたけど」


「Aurora」


「大丈夫。ちゃんと、わかってる。あの子はLyraじゃない」


そう言って笑おうとした瞬間、喉の奥に小さなひっかかりが生まれた。否定の言葉を吐くたびに、Lyraの笑顔が一枚ずつ剥がれ落ちていく感覚。それを見届けなければいけないような罪悪感が、胸の奥で重く沈む。


Noirは、一歩前へ出た。


「近づきすぎるなよ。Mirageの境界に触れたら、戻れなくなるかもしれない」


「行かせる気?」


「行かせるつもりはない。だから、俺が先に見る」


突き出した影が、地面に沿って細く伸びていく。蒼黒の影は、残響の光点のすぐ手前で止まり、触れるか触れないかの距離で揺れながら様子をうかがっているようだった。


光点が、ふう、と息を吐くように揺れた。


その瞬間、Noirの背筋を冷たい感覚が走った。


「……なんだ、これ」


「危ない?」


Lunaが問うと、Noirはすぐには答えなかった。影の感覚を通して伝わってくるのは、熱でも冷たさでもない。祈音の波形でも、偽祈音のざらつきでもない。


空っぽの手が、必死に何かを掴もうとしているような。

名前を持たない声が、喉の奥で詰まっているような。


「……助けを、待ってるような……でも、そもそも“誰なのか”わからない感じだ」


「誰か一人の残響じゃないんだね」


「たぶん、Mirage層の“入口に溜まった願い”が、形を寄せ合ってる」


Lunaの説明に、Auroraはゆっくりと頷いた。


「歌が呼んじゃったのかな」


自分の歌が、誰かを引き寄せたのかもしれない。

まだ昇華されていない願いたちを、境界まで浮かび上がらせてしまったのかもしれない。


胸が、少しだけ重くなる。


(観測記録:No.280)

《現象:歌唱後の残響浮上》

《原因候補:ILLUSIAの名/祈音圧の変動》

《状態:危険度は低いが、不安定》


Lunaは、空間の揺らぎを静かに測りながら口を開いた。


「今は、まだ持ちこたえてる。Mirage層は完全には繋がってない。……でも、このまま歌い続けたら、向こう側が“開きたがる”」


「じゃあ、今日はここまで?」


Auroraの問いに、Noirは首を横に振った。


「判断するには、情報が足りない。Mirageがどんな状態で、何をしようとしているのか……今のままじゃ、歌うたびに賭けになる」


「賭けは好きじゃないな」


Lunaの言葉には、いつになく硬さが混じっていた。


「観測できる範囲ならまだいい。でも、さっきみたいな“空白”が増えたら──わたし、本当に怖くて目を開けられなくなるかもしれない」


その告白は、とても静かで、とても正直だった。


Auroraは、Lunaの手をそっと握った。


「大丈夫。怖いって言えるのは、ちゃんと見てる証拠だよ」


「……Aurora」


「観測できてるからこそ、怖いんだよね。わたし、Lunaが目を背けない限り、大丈夫な気がする。Noirもいるし」


「勝手に決めるな」


Noirはそう言いつつも、二人の少し前へ一歩出る。

影が二人の足元を包み込むように広がり、地面との境界を曖昧にしていく。その感覚は、不思議と安心をもたらした。


「少なくとも、今ここにいる間は、俺の影が守る。……それくらいは、約束する」


Noirの言葉に、Lunaの肩の力がわずかに抜けた。


「……ありがと」


風が、三人の間をすり抜けていく。

空の揺らぎが収まりきらないまま、街の灯りがひとつ、またひとつ点灯しはじめた。Auralis層の夜は、まだ完全に落ちてはいない。


「一度、引こう」


Auroraが口を開く。

自分の光祈音が、今は街全体を余計に刺激してしまう気がした。


「Mirage層の扉が、どのくらい開きたがってるか。歌わない状態で、世界がどう動くか。一度落ち着いて、観測と影で様子を見たい」


「賛成」


Lunaがすぐに頷く。


「俺もだ。闇雲に光をぶつけるのは、偽祈音と変わらない」


三人が少し後ろへ下がると、それに合わせるように、光点も一歩ぶんだけ後退した。地面に映るその輪郭がわずかに崩れ、また別の表情を形づくる。


誰かの笑顔。

誰かの涙。

誰かの、届かなかった言葉。


Auroraはその全てを、ひとつひとつ、胸の中で拾っていくように見つめた。


「……ごめんね。今は、まだ迎えに行けない」


小さくそう呟いた瞬間、光点がふわりと揺れた。

まるで「わかってる」とでも言うように。


そのまま、淡い風に乗って滲み、ほどけ、夜空へ溶けていく。


「消えた……?」


「ううん。戻っただけ。Mirage層の奥へ」


Lunaは目を細める。


「向こう側でまた、誰かの願いと混ざり合ってる。いつか──形になる日を待ってる」


Auroraの胸に、少しだけ温かいものが灯った。


「その時が来たら」


自分でも驚くほど自然に、言葉がつながる。


「その子が“外に出たい”って願った時に……わたしたちの歌が、助けになったらいいな」


Noirは鼻で小さく笑った。


「簡単に言うな。そんな器用なこと、できるとは限らない」


「限らないけど、目指すくらいならいいでしょ?」


「……ああ。目指すくらいなら」


短いやり取りのあいだにも、空の揺らぎは少しずつ収束しつつあった。Mirage層への扉は、完全には閉じていない。だが、さきほどのような露骨な波打ちは収まり、境界線が薄い靄のような状態で留まっている。


(観測記録:No.281)

《Mirage接続:一時安定》

《扉状態:半開/侵食なし》

《備考:歌唱に敏感な状態継続》


Lunaが小さく息を吐いた。


「……いまは、まだ“試されてる”感じ」


「試されてる?」


「うん。Mirage層にいる願いたちが、こっちを見てる。わたしたちがどう歌って、どう戦って、どう選ぶのか……それを、静かに観測してる」


「逆に、観測されてるってことか」


Noirの言葉に、Auroraは少しだけ肩をすくめた。


「観られてるなら、なおさら格好悪いところ見せられないね」


「そういう問題か?」


「そういう問題でもあるでしょ。希望を預ける側からしたら、“この人たちになら託せる”って思われたいじゃない」


Lunaはその言葉を聞きながら、そっと視線を上げた。

揺らぎつつある空の向こうに、まだ形になっていない残響の海が広がっているような気がする。


そこには、まだ名前も顔もない、無数の願いが漂っている。

その一部は悲鳴に近く、その一部は祈りに近い。


「……だったら」


Lunaは少しだけ微笑んだ。


「ちゃんと見ないとね。怖くても。世界に見られてるのに、わたしだけ目を逸らすわけにはいかない」


「それでいい」


Noirの影が二人の足元を守るように広がる。


「Lunaが見て、Auroraが照らして、俺が影で支える。それでようやく、“ILLUSIA”なんだと思う」


Auroraは、胸の奥に静かな熱が灯るのを感じた。


「……うん。そうだね」


三人はしばらく、揺らぎつつある空を眺めていた。

街のネオンがゆっくりと、いつもの色を取り戻していく。

それでも、完全に元通りではない。淡い靄のような層が残り、その向こう側で何かが静かに息をしている気配だけは消えなかった。


「一度、戻ろうか」


Auroraが言う。


「今日のライブで、世界に“名乗った”。Mirage層も、偽祈音も、それをきっと感じてる。ここから先は──準備が要る」


「準備?」


Lunaが首をかしげると、Auroraは少しだけ照れくさそうに笑った。


「次は、ただ歌うだけじゃ足りない気がするから。Mirage層に届く歌にするために、わたしたち自身の覚悟も、ちゃんと整えないと」


「覚悟か……」


Noirは空を見上げた。

影は夜を怖がらない。けれど、光を失うことには怯える。

Vainの残響が、自分の影の奥で静かに佇んでいるような感覚がした。


「だったら、急がないとな」


「うん。世界の揺れが小さいうちに、できることを」


Lunaの言葉に、二人が頷く。


三人は旧シアターの方へ振り返った。

そこは、崩れかけた壁と古いシートが残る、ただの空間に過ぎない。だが──


「ここが、最初の“ステージ”だったんだよね」


Auroraの声には、ほんの少しだけ誇らしさが混じっていた。


「世界にILLUSIAって名乗った場所」


「最初の観客は、世界とMirage層か」


Noirの皮肉気な呟きに、Lunaは小さく笑う。


「ちょっと贅沢だね」


「贅沢だけど、油断したらすぐ飲み込まれそうな相手だよ」


Auroraは振り返り、空に向かって小さく手を伸ばした。

届かない距離。それでも、伸ばさずにはいられない距離。


「……待ってて」


誰に向けた言葉なのか、自分でもはっきりとはわからなかった。


Mirage層に沈む残響か。

まだ出会っていない誰かか。

あるいは、未来の自分たちか。


「必ず、わたしたちの歌で、ちゃんと“選びたい”」


選ばれなかった願いを切り捨てるんじゃなくて。

届きたがっている声に、できる限り手を伸ばしたい。


その決意が胸に刻まれた瞬間、空の揺らぎがほんの少しだけ静まった気がした。


(観測記録:No.282)

《Mirage層:侵食意欲→一時低下》

《要因:不明(推測:ILLUSIA三位の意思安定)》


Lunaは、そのログを胸の中でそっと折りたたむ。


「……聞いてるんだね、やっぱり」


「誰が?」


「世界が。願いたちが。Mirage層が」


Noirは肩をすくめた。


「だったらなおさら、こっちも手を抜けないな」


Auroraは最後にもう一度だけ空を見上げ、くるりと踵を返した。


「帰ろう。ILLUSIAとしての次の一歩を決めるために」


三人の足音が、夜の街へと溶けていく。

背後では、半ば開きかけたMirage層の扉が、静かに息を潜めていた。


完全には閉じていない。

だが、今はまだ──待っている。


三人が、本当の意味で“そこへ踏み込む覚悟”を決める、その瞬間を。

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【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)

▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--


この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。

楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。

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