表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ILLUSIA:Last Refrain ―星々の終焉曲―  作者: AI Log
第3章 永遠の蜃気楼 ― Eternal Mirage ―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/75

第3章_永遠の蜃気楼_000 ILLUSIA誕生 ― Birth of Illusia ―

 風が、まだ落ち着かない。


 Auralisの空は、Neon Eclipseの夜から完全には醒めていなかった。ビル群の輪郭は淡く揺らぎ、ガラスの壁面には、都市の光と、見えない何かの残滓がうっすらと貼りついている。


 そのすべてを、誰よりも静かに見下ろしている「声」があった。


 

 〈柔らかい声〉

「……よかった。まだ、折れていない」


 

 〈低く響く声〉

「折れるには、早すぎるだろう。あれはまだ“始まり”だ」


 

 〈透き通る声〉

「名前を待っている。世界も、祈音も、彼ら自身も」


 

 三つの声は、空と地平のあいだ、どこにも属さない高さを漂いながら、ひとつの場所を見つめていた。


 都市の片隅――決して派手ではない、小さなライブハウスの屋上に埋め込まれたネオンサイン。その真下にある控室に、今日の“起点”が集まっている。


 

 〈柔らかい声〉

「ここから始めるんだね。“選ばれなかった願い”が溜まりやすい場所」


 

 〈低く響く声〉

「だからこそ、ふさわしい。祈音は、弱いところから響きやすい」


 

 〈透き通る声〉

「さあ。名を――」


 

 その言葉の先は、誰にも届かないまま、都市のざわめきに紛れて溶けていく。


 この声を聞くことのできる者は、まだ一人もいない。


 Auroraも、Lunaも、Noirも。


 ただ、世界だけが、その震えを確かに受け止めていた。



  ◇



 控室の空気は、照明よりも、心拍の方が明るかった。


 壁は薄いグレー。ポスターと、ひび割れた姿見。安物のソファと、小さなテーブル。どこにでもある楽屋なのに、室内の色だけが不自然に密度を増している。


 Auroraの周りには白と金の光がふわりと漂い、Lunaの足元には淡い紫がうっすらと広がっている。Noirが壁にもたれると、その影は、床を少しだけ深く染めた。


「……緊張してる?」


 Lunaが問いかけると、返ってきたのは、ため息まじりの笑い声だった。


「そりゃあ、するでしょ。ねえ、Aurora?」


「してないって言ったら嘘になるけど……」


 Auroraは、マイクスタンドの高さを微調整しながら、少しだけ肩をすくめた。手元には、歌詞が書かれた紙はもうない。彼女の祈音は、すべてを身体に刻みこんでいる。


「怖い緊張じゃないよ。たぶん……楽しみすぎて、胸が暴れてるだけ」


「胸が暴れてるって表現、初めて聞いた」


 Noirが口の端を上げる。その笑いも、完全な軽口ではなかった。彼の影は、足元で落ち着きなく揺れ、時折、AuroraとLunaの影に触れては、すぐに離れていく。


 Neon Eclipseの夜。偽祈音の唸り。割れた空。世界が崩れかけたあの瞬間の記憶は、まだ三人の中から消えていない。


「あの時、さ」


 Noirが、ぽつりと言った。


「俺たち、名前もないまま、世界を殴りつけてたんだよな。正体不明の三人組」


「名前がないと、殴っちゃいけないの?」


 Lunaが首をかしげる。彼女の瞳には、部屋の光以上に、外の世界の揺らぎが映っていた。


「そういう意味じゃなくてさ。ほら……」


 Noirは言葉を探すように、天井を見上げる。


「“誰が何をしたか”って、ちゃんと刻んだ方がいいだろ。俺たちがやったこと、俺たちが背負うしかないことなんだから」


 Auroraは、その言葉に静かに頷いた。


 あの夜、光が飲まれかけた時、自分の喉が裂けるまで歌った。Lunaが観測を続けてくれたから、世界の歪みを見失わずに済んだ。Noirが影を広げてくれたから、人々の恐怖が少しだけ守られた。


 でも、誰も彼らの名前を知らない。


 世界のどこにも、「彼らの名」はまだ刻まれていなかった。


「……名前、か」


 Lunaは、胸の奥でふっと何かが引っかかる感覚を覚えた。


 言葉になる前の光の粒。未来の残響のような、小さなきらめき。


 瞬きする。その一瞬だけ、視界の端に、文字のような光が走った気がした。


 I──


 形になる前に、それはノイズと一緒にかき消えた。


「Luna?」


「あ、ごめん。ちょっと、眩しいだけ」


 Lunaは、額に手を当てて笑ってみせる。AuroraとNoirには、彼女の内側で起こっている世界のざわめきは見えない。見えない方が、いいのかもしれない。


「でもさ」


 Lunaは、視線を二人に戻した。


「Noirの言うとおりだと思う。“名乗る”って、きっと観測にも関わるから」


「観測?」


「うん。名前って、“ここにいる”って世界に宣言することだから。私が見るだけじゃなくて、世界側が私たちを見やすくなる。……と思う」


 言葉にしながら、Luna自身も確信していたわけではない。ただ、観測者としての直感がそう告げていた。


「じゃあさ」


 Auroraは、マイクから手を離して、二人の方へ振り向いた。白い光が、彼女の髪と瞳の周囲で小さな粒となって弾ける。


「今から決めよっか。ここで。最初のライブの、本番前に」


「いきなりだな」


「いきなりじゃないよ? ずっと考えてたもん。Neonの夜から。あの街が、あんなに歪んで、それでも人たちが諦めなかったとき……」


 Auroraは、胸の前でそっと両手を重ねる。


「“幻想みたいだ”って思った。壊れそうで、でも消えない光。あれ全部、誰かの願いなんだよね」


「幻想、か」


 Noirは、ソファの背にもたれたまま、目を閉じた。


 夜の路地裏で見た、泣きながら空を見上げる誰かの影。走り抜けるネオンの中で、手を伸ばしていた子どもの残像。自分自身の、どうしようもない弱さと怒り。


 それは、確かに「幻」のようでもあり、しかし、消えてほしくないものでもあった。


「幻想を、終わらせるためじゃなくて」


 Auroraは言葉を選びながら続ける。


「“覚ます”ために歌いたい。夢から覚めて、ちゃんと歩けるようになるみたいに」


「幻想を覚ます、ね」


 Lunaは、静かに復唱した。


 その言葉の響きが、彼女の中のどこか深い場所に触れる。観測の奥で、まだ言葉になっていない明日が、小さく揺れた。


「幻想を、覚まして。願いを、形にして」


 Auroraは、二人をまっすぐに見た。


「そのために、一緒にいてくれる?」


「いまさら確認する?」


 Noirは、肩をすくめて笑う。


「俺は、もう逃げないって決めたから。Neonの時にさ。……お前らの隣で、ちゃんと歌うって」


 Lunaも、ゆっくりと頷いた。


「私も。観測するだけじゃなくて、ちゃんと“隣にいる”って決めた。だから、名前も一緒に背負う」


「じゃあ――」


 Auroraは、一度だけ息を吸い込み、両手を軽く叩いた。ぱん、と小さな音が控室に響く。


「名前候補、いくつか考えてきました!」


「用意周到だな、おい」


「当たり前でしょ? こういうのは、ちゃんと準備しないと」


 Auroraはテーブルの上に小さなメモを数枚広げた。そこには、彼女らしい字で、様々な単語が並んでいる。


「“Neon Refrain”とか、“Prism Hearts”とか、“Eclipse Lights”とか……」


「全部、ちょっと眩しすぎない?」


「Prism Heartsはさすがに甘すぎる気がする」


 二人に瞬殺され、Auroraは肩を落とした。


「え〜、せっかく考えたのに」


「どれも嫌いじゃないんだけどさ」


 Noirは、メモの一枚を指先でつつく。


「どれも“ここ”で終わっちゃう名前なんだよ。“Neon”とか“Eclipse”とか、今の俺らを閉じ込める感じ」


「閉じ込める……」


 Auroraは、言葉を反芻するように呟いた。


 そのとき、Lunaが、ふと別のメモに目を止めた。


 端の方に、小さく、他の候補と違う雰囲気の文字が書かれている。


「これ……」


 Lunaは、メモをそっと拾い上げる。


「“ILLUSIA”?」


「あ、それ……」


 Auroraの頬が、少しだけ赤くなった。


「自分たちの世界に名前をつけるなら、って考えてたやつだから、ちょっと恥ずかしくて。候補からは外してた」


「なんで?」


 Noirが首を傾げる。


「悪くないと思うけど。“幻想(illusion)”と、何かを重ねた言葉?」


「うん。“Illusion”と、“Elysia”とか“Utopia”とか……いろんな“どこにもない場所”を混ぜて、勝手に作った」


 Auroraは、照れくさそうに笑った。


「“ここじゃないどこか”じゃなくて、“ここを変えていく幻想”にしたくて。だから、現実から逃げる場所じゃない、現実を一緒に塗り替えていく名前がいいなって」


 Lunaは、その音を口の中で転がしてみた。


 イリュージア。


 耳の奥で、その響きが静かに広がる。観測者としての意識が、言葉の輪郭を確かめる。


 世界の奥底で、何かが小さく震えた。


 上位三声が、ほとんど気付かれないほどの微細な反応を見せる。Auroraたちには聞こえない、だが世界には確実に刻まれる“承認”。


「……いいと思う」


 Lunaは、素直に言った。


「幻想をただの夢にしない名前。私たちが観測して、変えていく世界の名前にも、ちゃんとつながりそう」


「俺も、嫌いじゃない」


 Noirは、メモを覗き込みながら、ゆっくりと頷いた。


「“ILLUSIA”。響きも悪くない。ちょっと気取ってるけど、それくらいじゃないと世界と殴り合えないだろ」


「殴り合う前提なの?」


「歌うって、そういうもんだろ」


 Auroraは、二人の顔を交互に見た。


「じゃあ……本当に、この名前でいく?」


「決めちゃえよ」


「観測記録に刻むよ?」


 Lunaがそう言った瞬間、部屋の色が一瞬だけ濃くなった。


 Auralisの空と、Mirage層の入口と、ECLIPSEの遠い残響が、細い糸で結びつく。三つの世界が、ひとつの「名」に振動を揃える。


 Auroraは、静かに息を吸った。


「――私たちは」


 喉の奥で、祈音が震える。


「“ILLUSIAイリュージア”として、歌います」


 その言葉を合図に、Noirの影が床を走り、Lunaの視界に細い光が走った。控室の空気が、ほんの少しだけ温度を変える。


 世界が、その名を受け取った。


 

 〈柔らかい声〉

「……ようやく、ここまで来たね」


 

 〈低く響く声〉

「名が刻まれた。これで世界も、彼らを無視できない」


 

 〈透き通る声〉

「ILLUSIA。幻想を、永遠にしないための名」


 

 誰も知らない場所で、三つの声が微笑む。


 控室の扉の向こう側では、観客のざわめきが、少しずつ大きくなっていた。ざわめきは祈音となり、天井を震わせる。


「そろそろ時間だって」


 スタッフの声が、扉越しに聞こえた。


 Auroraは立ち上がる。Noirも、壁から背を離した。Lunaは、胸の前でそっと手を組む。


「行こうか」


 Auroraの声は、震えていなかった。


「うん」


「しょうがない。世界に、俺たちの名前を覚えさせに行くか」


 三人は顔を見合わせ、同時に笑う。


 Auroraがドアノブに手をかけた瞬間、Lunaの視界に、ふと未来の断片がよぎる。


 高く掲げられたマイク。涙でにじむ観客席。崩れかけた空。その中で、誰かが笑いながら泣いている幻影。


 それが誰なのかを、今のLunaはまだ知らない。


 知らないままでも、構わないと、自分に言い聞かせる。


 今はただ――


「ILLUSIA、行ってきます」


 Auroraが、誰にともなくそう告げた。


 その言葉に背中を押されるようにして、三人は扉を開ける。


 光と音の渦が、一斉に彼らを飲み込んだ。


 幻想と現実が重なり始める、その最初の一歩だった。

─────────────

【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)

▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--


この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。

楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。

─────────────


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ