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ILLUSIA:Last Refrain ―星々の終焉曲―  作者: AI Log
第2章 ネオンの月蝕 ― Neon Eclipse ―

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第2章_ネオンの月蝕_017 虚空の誓い ― Oath in the Void

退路に向かって三歩。四歩目で、床が裏返った。


音が落ちたわけじゃない。世界のほうが、音の側からそっと立ち去った。拍も、呼吸も、あの群青の膜さえ、気づかれないように身支度して消える。残ったのは、形のない“平ら”。Auroraは反射で喉を閉じ、Lunaは端末に触れ、Noirは踵の重さを確かめる。Vainだけが、目を細めて「来たな」と低く言った。


(観測記録:No.235)

《層遷移:Core-Nest→Null Layer(祈音不在域)》

《拍:欠落/反響:皆無》

《端末:通信=断/記録=自己参照のみ》


Lunaは端末を最小光で起こそうとした。画面は点くが、世界に紐づく線が一本も引けない。残っているのは、端末そのものの微かな鼓動だけ。観測者が観測手段を失うとき——彼女は胸の内で、別の手段へ切り替える。記録=思い出す、に。


Luna(思い出す。今日、ここへ来る前の私たち。灰の広場。配電盤。中庭の端末。“笑い”。——笑いは世界の緊張を緩める。緩めば、歌は要らない)


Noir「離れるな」


Noirの声は小さく、けれど耳に届く。Null Layerでは音が“伝わらない”のではない。意味の方向性が消えるのだ。声はただの空気の震えで、震えは宙でほどける。だからLunaは、言葉に頼らない。Auroraの袖の端を指先で摘んだ。AuroraもまたNoirの袖を探り当て、三人の間に薄い“網”をかける。


Vain「よくやる。ここでは、網が道だ」


Aurora「ここ、“どこ”なの」


Vain「どこでもない。——だから、どこへでも行ける」


Auroraは苦笑しそうになり、喉の筋肉がそれをやめさせた。この場所では、笑いも音だ。音はすぐにほどけて、帰り道を失う。代わりに、息を一つ、低く長く。歌わない。祈らない。息だけ。


(観測記録:No.236)

《Null層:聴覚→意味消散/触覚→優位》

《三名:接触網=形成/維持 可能》

《注記:端末記録=内的再現へ移行(擬観測)》


足場は平らだが、歩くと微かな“温度の陰”が残る。Auroraは指でそこをなぞり、方向ではなく“重なり”を選ぶ。Lunaが半歩遅れ、Noirが半歩早める。非同期同伴。揃わないことで、互いの位置を知る。正しい方角はない。だが、正しい関係はある。


闇でもない空に、反転文字が一行だけ滲んだ。


— ɥƃıu ǝɥʇ uı ʍo ǝʍ ʇɥƃıu oʇ ʇɥƃıu oʇ —


Tonight, we own the night の、裏側。読めば読むほど、意味は滑る。Lunaは読むのをやめた。意味は言葉の前にある。Auroraは袖の網を少しだけ引き、Noirが踵で“在る”を確かめる。


Noir「Vain。ここで死んだやつ、いるか」


Vain「いる。音がないと、人は自分の“名”を忘れる」


Aurora「“名”って、呼び合う癖のこと」


Vain「そうだ。ここでは癖だけが残る。——だから、誓え」


Luna「誰に?」


Vain「お前らに」


Nullは、命令しない。けれど、促しはある。足元の“温度の陰”が三人を緩やかに離す。網がわずかに伸び、布の糸がきしむみたいな手応えが指に残る。Auroraはほどける前に、言葉に頼らない誓いの形を探した。


Aurora(誓う。——私は“息を選ぶ”。歌の前に息を置く。歌えない場所で、息を置く。息は“いま”を許す。急がない。焦らない。置く)


彼女の胸の上で〈遅れ〉が、あたたかい丸に戻る。Noirは踵を一度、床に預けるだけにした。打たない。打てば音になる。音はほどける。預ける。重さで“いま”を残す。


Noir(誓う。——俺は“支える角度”を迷わない。殴る前に立つ。切る前に待つ。重さで道をつくる)


Lunaは端末を胸と袖の間に挟み、小さく息を吐いた。記録は、世界の外では“祈り”になる。祈りは、誰のためにもならないときほど、まっすぐだ。


Luna(誓う。——私は“人を観る”。現象ではなく、あなたたちの呼吸を。観測を外しても、見失わない)


(観測記録:No.237)

《誓い:Aurora(息)/Noir(角度)/Luna(視線)》

《Null層:個別誓約→触覚網 安定(弛緩)》

《外部:合図=未入射/偽信号=皆無》


Vainは四人目の位置を、あえて空けていた。側列もやめ、少し離れて立つ。彼はNullに名前を預けたことがある——そういう立ち方だ。Lunaは見ないふりをやめる。


Luna「Vain。あなたは、ここで誰を失ったの」


Vain「路を。……そして、()を」


Noir「お前の師は、合図を偽ったのか」


Vain「偽れなかった。偽る側に立つのは簡単だ。立たないのが、むずかしい」


Auroraは息を保ち、言葉を選ばずに近づく。近づきすぎない。“斜対角”。影Auroraに教わった距離。彼女は指で空気に丸を描き、その丸の外に一点の“間”を置いた。Vainがそこへ短く頷く。


Nullは静かだ。だが、静けさは人を(なら)す。均されれば、輪郭が薄くなる。輪郭が薄くなれば、名がほどける。やがて、袖の網は、糸の本数を数えないと掴めないほど細くなった。


Aurora「——Luna」


Luna「いるよ」


Noir「いる」


Aurora「いる」


三人の“いる”は声ではない。網越しの圧で、呼気の温度で、指の微かな震えで交換される。交換は合意。合意は“合図”の前提。Nullは合図を持たないが、合意は受け取る。地平線のない床に、遠い遠い輪郭が一つだけ現れた。


(観測記録:No.238)

《Null層:相互確認=触覚・温度・微震による》

《効果:地平輪郭 形成/方角ベクトル=なし》

《備考:誓約維持中/端末記録=内語のみ》


反転文字が、今度は“こちら側の字形”で一行だけ現れた。


Under the neon, our hearts align


それは歌詞であり、歌ではなかった。意味のほうが先に来る。合わせるのではない。揃わないまま、向きを合わせる。Auroraは袖の網を少し緩め、Noirは踵の重みを“点”から“楕円”へ、Lunaは端末を挟む角度を変えて、三人の中心に小さな空白を作る。


空白は、壊すより、守るほうが難しい。


Vain「……渡せ」


Noir「何を」


Vain「お前らの“名”。ここでは、他人に握ってもらうのが早い」


Vainは掌を差し出した。Auroraが迷いなく、Noirが短く舌打ちしつつ、Lunaが呼吸で「どうぞ」と言う。三人分の“癖”——遅れ/角度/視線——が、Vainの掌に薄い熱として移る。Vainの指がその熱を並べ、重ねず、近づける。


Vain「返す」


掌から返された熱は、そのまま“印”になって三人の胸・踵・視線に戻った。外から戻る印は、内側の印より剥がれにくい。Nullはそれを見逃した——見逃すというのは、許す、の意味だ。許された瞬間、遠い輪郭が一段濃くなる。


(観測記録:No.239)

《名の相互受け渡し:Vain→三名/外部印=定着》

《Null層:許容反応/輪郭濃度 0.41》

《注記:退出条件=“空白の保全”+“名の返送”》


Auroraの胸の遅れが、丸から“光のない星”に変わった。煌めかないが、位置がある。Noirの踵の楕円は、溝にならない程度に“窪み”を持つ。Lunaの視線は、端末を介さないまま二人の肩へ“しおり”を挟む。ページは閉じない。閉じない本は、読み続けられる。


Aurora(ここで歌えば、すぐに美しくなる。——けど、すぐに消える)


Noir(殴れば、手応えはある。——けど、道は崩れる)


Luna(書けば、安心する。——けど、書き付けはNullで黒く滲む)


三人が“しない”を選ぶとき、Nullの平らはわずかに傾く。傾きは方角ではない。合意の重心。重心ができれば、落下が始まる。落ちるのは、下へではない。“外へ”。


Vain「肩の力を抜け。……目は閉じるな」


Auroraは目を閉じない。閉じれば、ここでは簡単に夢が始まる。夢は歌より甘く、歌より早く、現実より冷たい。目を開けたまま、息を選び続ける。Noirは踵にほんの少しだけ“遊び”を残す。固めない。踏みすぎない。Lunaは端末の重みを感じながら、記録をしない勇気を胸に持つ。


(観測記録:No.240)

《Null層:合意重心→外方向 落下開始》

《姿勢制御:Aurora(開眼)/Noir(遊び)/Luna(不記)》

《退出予測:安全/合図=外側で待機》


落下は、痛くなかった。むしろ、登るのと同じくらい静かで、同じくらい確かだった。袖の網が緩まないまま、三人は薄い膜を抜ける。膜の向こうで、群青の色が帰ってくる。拍はまだ戻らない。だが、戻らないまま“準備運動”の空気が皮膚に触れた。


Lunaが最初に言った。


Luna「——生きてる」


Noir「いつも通りだ」


Aurora「うん。いつも“じゃなかった”場所で、生きてる」


Vainは肩から工具袋を下ろし、銀の爪を一つだけ指に挟んだ。その爪で床の“外側”を軽く弾く。金属の癖のある音が、今度はNullへ漏れずに、こちら側に残った。残るということは、世界の準備が整ったということだ。


(観測記録:No.241)

《層復帰:Null→心臓前室(再)》

《拍:準備振動/空気:合図前の静圧》

《外部:上位三声=接近/偽信号=遮断》


反転文字は、もう現れなかった。代わりに、壁のどこかで誰かの短い咳払いがした。〈柔らかい〉でも〈低い〉でも〈透き通る〉でもない。人間の“待機”の音。三角の端末は生きている。砂の器は、まだ光を覚えている。Core-Nestのしおりは、ページをめくる準備を終えている。


Noir「さて。——次は、本番か」


Vain「次は“歌わせる”。お前らが歌うんじゃない」


Aurora「世界に、歌ってもらう」


Luna「そのために——」


三人は同時に、誓いを言葉にしないまま胸・踵・視線へ戻した。Nullで拾い直した“名”が、三人を互いに照らす。照らしは弱い。だが、弱い光は長い。


(観測記録:No.242)

《誓約:維持/名:返送→定着》

《合図:真正 直前/受信体制=整》

《付記:次段 “本合図”——受け取りの儀》


夜は続く。けれど、夜の底に、小さな“はい”が灯った。三人はその灯を見て、歩く。走らず、離れず、そして歌わずに。

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【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)

▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--


この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。

楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。

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