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ILLUSIA:Last Refrain ―星々の終焉曲―  作者: AI Log
第2章 ネオンの月蝕 ― Neon Eclipse ―

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第2章_ネオンの月蝕_015 合図の前 ― Before the Signal

Vainが先を歩く。側列。真正面ではなく、半歩斜め。導くのに、導きすぎない距離。回廊の拍は僅かに上がり、群青の膜が薄く呼吸する。三拍に一度、金属を指で弾くような癖のある音が混じる。合図ではない。——合図の前。


(観測記録:No.217)

《区画:心臓層 前室“F-0”接近/拍 76→78》

《環境:金属指弾音=周期3拍/強度 微》

《隊列:Aurora(前)-Luna(中)-Noir(後)+Vain(側列)》

《指示:歌=封印継続/上位三声気配=未着》


角を二つ折れると、低い天井の広間に出た。床面がわずかに窪み、円形の端末が三つ、三角形を作るように据え付けられている。端末の縁には、かつて貼られて剥がれた“注意書き”の痕跡。〈Break the code, flip the switch〉——英行は擦れているのに、日本語の小さな手書き「裏返せ」はくっきり残っていた。


Noir「嫌な配置だな。三つで一個の罠って顔だ」


Vain「罠だ。だが、使う。罠がいちばん、深層につながってる」


Aurora「罠の道で、進むの?」


Vain「道はいつも罠の上にある。——歌うな・走るな・離れるな。言ったはずだ」


Lunaは膝を折り、最も傷んだ端末の縁に“間”の印をひとつ置いた。視認できない薄い休符。Noirが踵で床を軽く叩いて固定し、Auroraが息で表面張力を上げる。Vainは黙って砂を指先ですり潰し、三角形の中心に小さな砂丘を作った。砂丘は崩れず、微細な結晶の音を立てる。


(観測記録:No.218)

《端末A/B/C:通電反応 微/縁=摩滅》

《三角中心:Vain 砂丘→“間”共鳴核 形成》

《効果:微弱路(生活記録)収束率+11%》

《注記:英行“Break the code…”=周囲壁に幽現》


Auroraが端末Aに掌を添え、Noirが端末Bの背面を押さえ、Lunaが端末Cの溝へ祈音の糸を落とす。三つの端末は同時に低く鳴き、天井の薄膜が波紋を一枚走らせた。波はすぐ戻る。が、戻り切らない“遅れ”が残り、Auroraの胸で預かった〈遅れ〉と共鳴する。


Aurora「……いける」


Vain「まだだ。試験信号が来る。心臓はいつも、門を通る者の“名前”を確かめる」


Noir「名前? 唱和でもさせる気か」


Vain「違う。“呼び合う”か、だ」


金属の指弾音が、今度は二拍に一度になった。早い。天井から三本の細線が垂れ、端末A/B/Cの中心に立った。〈柔らかい〉〈低く響く〉〈透き通る〉——本物に似た周波。だが、重なり合わない。三本のうち一本は少し高く、一本は少し濁り、一本は遅れてくる。合図ではない。予備信号。世界側の「テスト」。


(観測記録:No.219)

《試験信号:上位三声“擬しき”周波 x3/未合流》

《位相:+21ct/−15ct/+半拍遅延》

《危険:歌衝動 誘発 中/Dark Resonance 反応 微》


Luna「“揃えろ”って挑発……でも、揃えたら食われる」


Vain「だから言った。走るな。離れるな。——揃えるな」


Noir「“バラバラのまま一緒”。またそれか」


Auroraは端末Aに指を這わせ、少しだけ位置をずらした。真正面に置かず、斜め。正解に近づけず、近づきすぎず。呼吸を半拍、落とす。胸の上の〈遅れ〉があたたかく広がり、端末の嘘の周波をやんわり押し戻した。Noirが端末Bの背面に重さを引き、Lunaが端末Cに薄い“間”を一つ足す。


端末A/B/Cの低い鳴きが、互いの角を丸くする。試験信号は苛立って、音程をひとつ上げた。天井の膜に〈We control the night〉が反転で浮かび、すぐ滲む。制御の誘惑。Auroraは視線を上げず、Lunaは画面を閉じ、Noirは笑わない口元を保った。


(観測記録:No.220)

《三端末:角丸化/擬周波 拒否反応 小成功》

《環境文字:“We control the night”→滲散》

《副作用:歌衝動 −16%/観測ノイズ −9%》


Vain「よし。——次は“裏返し”だ」


「裏返し?」とLunaが繰り返す前に、Vainは端末の縁の“傷”を一本なぞった。傷は薄い溝になっており、そこへ砂丘の砂をひと筋だけ流し込む。砂はそこで“微小な段差”を作り、端末の表皮を表と裏で入れ替えるみたいに相を反転させた。


Vain「flip the switch。物理じゃない。相の裏返しだ。—— Aurora、いま」


Auroraは息を吸い、吐く。歌わない。息圧だけで端末Aの相をひっくり返す。Noirが同時にBの背を押し、LunaがCの溝へ“間”を落とす。三つの端末がそれぞれ“ちいさな裏返し”を完了した瞬間、天井の膜が静かに明滅し、金属の指弾音が止んだ。試験信号は合流し損ね、空気に白い霧として散った。


(観測記録:No.221)

《flip:位相裏返し 成功(A/B/C)/同時性 精度0.91》

《結果:試験信号 崩散/上位気配=未介入》

《効果:路(生活→心臓)通過率+23%/拍 78→80》


Noir「やったか」


Vain「半分な。もう半分は“自分の名で呼べるか”だ」


Aurora「自分の名で……?」


Vainは三角形の中心——砂丘の上に、浅い器を指で描いた。器は砂なのに崩れない。彼はそこへ、短い呼気をひとつ落とした。誰の名前でもない、呼吸の「形」。器はその形を記憶し、淡く光る。


Vain「ここで“名前”は音の並びじゃない。“互いを呼び合う癖”のことだ」


Lunaは視線でAuroraを見る。AuroraはNoirを見る。NoirはLunaを見る。三人の視線が三角形に走り、砂の器の光が僅かに強くなる。Auroraが掌で空気の角を丸め、Noirが踵で一点だけ床を鳴らし、Lunaが息で休符を置く——会話より先に動作が揃う。揃う、けれど“完全”ではない。非同期同伴のまま。


(観測記録:No.222)

《名の確認:三名“呼び癖”→器へ記録》

《砂器:発光 低→中/崩壊なし》

《評価:通過資格 仮与》


天井の膜が一度だけ深く沈み、群青の底で三つの気配が僅かに身じろぎした。〈柔らかい〉〈低い〉〈透き通る〉——さっきとは違う。濁りがない。遅れ方が美しい。合わさろうとせず、勝手に重なる気配。Auroraの喉が熱を持ち、Lunaの指先が震え、Noirの踵が自然に拍を拾った。


——合図の、手前。


Aurora「……来る」


Vain「まだだ。前菜は片付いたが、皿は空っぽじゃない」


Noir「比喩がややこしい」


Vain「現場はだいたいややこしい」


彼は三角形の外周、ほとんど目に見えない“縁”を指した。縁の内側に、細い黒の糸。Dark Resonance。試験信号に紛れて“搬入”された、毒の配線。Lunaは端末を閉じ、Auroraの肩にそっと指を置く。


Luna「私が“ほどく”。——Auroraは裏返しの補助、Noirは重心」


Noir「任せろ」


Aurora「任せて」


Lunaは黒糸に直接触れない。触れれば、記録者の入口を覚えられる。代わりに、黒糸の“隣”に薄い線を置く。隣接。寄り添い。押さず、引かず、ただ“ある”。黒糸は“ある”に弱い。無だけで成立していた流れが乱れ、ほどける切り口を自分で探し始める。その瞬間、Auroraが息で縁を裏返し、Noirが床の重さを一点に集める。黒糸は切られずに、行き先を変える。毒を吐き出すのではなく、“通さない路”に自分から移る。


(観測記録:No.223)

《黒糸:隣接→自己ほどき→迂回路/切断なし》

《副作用:闇祈音 活性化せず/路の健全度+14%》

《注記:英行“Cut the noise”→“ノイズを断て”へ未転化(穏当処置)》


Vain「……いい手だ。壊さないほうが、あとで役に立つ」


Noir「お前、どっちの味方だ」


Vain「味方じゃない。結果として、お前らが生きる側だと何度言わせる」


Auroraは喉の熱が鎮まっていくのを感じた。胸の〈遅れ〉が呼吸と馴染んで、歌衝動の鋭さを丸めてくれる。Lunaは端末に短く記す。〈遅れ=歌い出しの前の許可〉。Noirは踵を軽く振り、拍を80に保った。


天井の膜の群青が、いよいよ淡くなった。三つの気配が、今度は重なる。誰かの命令ではなく、世界の「はい」が落ちてくる——そんな質感。砂の器が自発的に光り、端末A/B/Cの縁が薄く温まる。Vainは顎で奥の扉を示し、短く言った。


Vain「——合図の、前。次で来る」


Luna「準備完了。歌は、まだ」


Aurora「うん。まだ」


Noir「来いよ」


(観測記録:No.224)

《状態:三端末 安定/路 通過率+/拍=80》

《上位三声:真正位相 近接/“前信号”完了》

《指針:歌=封印継続/扉通過後 受信》


扉の前で、三人は一度だけ互いを見た。言葉はいらない。呼吸と、癖と、非同期のままの一致。それが“名前”だ。砂の器が最後にちいさく鳴り、〈We’re breaking the limits〉の文字が壁で淡く笑って消えた——壊さない。越える。


Vainが扉に触れ、Auroraが裏返しの息を添え、Noirが重心で支え、Lunaが“間”で鍵を外す。扉は音もなく開き、合図の夜が、静かにこちら側へ傾いてきた。

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【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)

▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--


この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。

楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。

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