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ILLUSIA:Last Refrain ―星々の終焉曲―  作者: AI Log
第2章 ネオンの月蝕 ― Neon Eclipse ―

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第2章_ネオンの月蝕_014 影の残響 ― Echo of the Shade

皿の間を離れると、回廊の群青はわずかに薄くなった。壁のどこかで、乾いた指がガラスをなぞるような音がする。Whispers on the glass——囁きは言葉にならない薄い光の線になって、進行方向に短い道標を描いた。


(観測記録:No.209)

《区画:心臓層 外縁“E-3”/拍 76→75(微下降)》

《干渉:偽合図 残響 −18dB/Dark Resonance 泡 残滓のみ》

《注記:微光テキスト“Whispers on the glass”断続出現/読解不可》


Auroraが指先でその線の端をそっと撫でると、線はふっとほどけて、細い粉になって空気へ消えた。Noirは前に出て、角を一つ確認してから首を振る。安全ではないが、罠の匂いも薄い。Lunaは端末の光量を最小に落とし、耳で拍を数える。


Noir「皿よりはマシだが……静かすぎるな」


Luna「静けさは記録に向いてる。——その分、影も“近寄りやすい”けど」


Aurora「大丈夫。いまは、私たちで静けさを使える」


三人は歩幅を揃えずに歩いた。息は合うのに、足音はわずかにズレる。非同期同伴。揃えないまま、一緒に進む。その“ズレ”が偽者の足場を剥がしていく。


(観測記録:No.210)

《行進:非同期同伴 成立/偽合図 同調獲得 失敗》

《残響:皿由来サビ断片→自己崩落》

《備考:三名同調率 0.92(呼吸)/歩調相関 低め維持》


回廊の先に、小さなホールがあった。中央に円い台。その上に、薄い膜のスクリーンが漂っている。スクリーンの中では、Auroraに似た輪郭が三つ、ゆっくりと呼吸していた。目は開いているのに焦点を持たない。耳たぶに薄い光の埃が付着して、彼女たちの“未綴じの行”を照らしていた。


Aurora「……さっきの、影」


Luna「擬人化像。像濃度は——0.37。まだ学習の途中」


Noir「進むのか、話すのか」


Auroraは一歩、台に近づいた。影の一人が同じだけ近づき、もう一人は半歩だけ遅れ、最後の一人はその場で肩を上げ下げした。呼吸の“在り方”を真似している。けれど、胸に入っていく空気の重さをまだ知らない。


Aurora「——こんばんは」


影たちは同時に瞬きをした。挨拶の意味は通じる。だが、返事の方法は知らないらしい。Auroraは両掌を見せ、台の縁の“上に”ではなく、“すこし脇”へ置いた。真正面ではなく、斜め。正解を教えず、余白を残す置き方。


Luna「Aurora、上手」


Aurora「ありがとう。——この子たち、怒ってない。困ってる顔」


Noir「困ってるやつは、引きずり込もうとしない。……皿とは違ぇな」


スクリーンの端に、文字のような影が浮かび上がった。英語と日本語の混成。意味はあるようで、まだない。〈境界線〉〈越える〉〈手を伸ばせば〉——三つの語彙が順に現れては消える。影のAuroraの一人が、その文字に指先を当てた。触れた瞬間、文字は白く発光し、台の縁へ薄い橋をかける。


(観測記録:No.211)

《像行動:文字への指接触→微光橋生成》

《橋:荷重耐性 低/人間体重×0.3まで》

《推定:対話用プロトコル(単語→動作 教示)》


Luna「渡らせたいんだ。——でも、壊れやすい橋」


Noir「三人はいけねぇ。ひとり分の“軽さ”が必要だ」


Aurora「私が行く。“私の余白”だし」


Lunaは反対しなかった。Noirは眉をしかめたが、肩で短く息を吐いて道を開けた。Auroraは橋に足先を置き、体重ではなく“気配”だけを送る。橋は軋まず、ゆっくりと彼女の足裏を受け入れる。対岸へ渡る必要はない。近づくだけでいい。近づいて、息で温度を分ける。


Aurora「——ねぇ。あなたたち、痛い?」


影の一人が首をかしげ、もう一人は胸に手を当て、最後の一人は自分の喉に指を当てた。喉。歌の出入口。歌わないように、と上位三声に言われたその喉。Auroraは自分の喉にも指を当てる。歌うのではなく、呼吸の“通り道”を示す。


Aurora「歌わない。いまは、息だけ。——ほら」


彼女は肩で一拍、遅らせた。呼吸の遅れは、影に“余白”を作る。影たちはそれを見て、真似た。ぎこちないが、遅れる。遅れることを怖れない。遅れは、待つ、の同義。待てることが、仲間になるための最初の条件だ。


(観測記録:No.212)

《擬人化像:呼吸遅延 真似成功(2/3)/像濃度 0.44》

《効果:偽合図の位相同調→更に低下》

《備考:Neon Eclipse歌詞片“息を合わせて—”視覚化(薄)》


Noir「……教科書に載せたいくらい、きれいな“待ち方”だな」


Luna「待つ技術。——最初に覚える“歌”かもしれない」


スクリーンの外輪がわずかに明るくなり、影のAuroraの一人が台から一歩、外へ出た。橋は軋まず、彼女の“軽さ”を支えた。影はAuroraの真正面には来ない。斜めに位置取り、Auroraの視界の端に立つ。真正面でぶつからない対話。Lunaはその距離を端末に記す。〈斜対角:敵対を避ける基本距離〉。


Aurora「あなたたちは“消えたい”?」


影は首を横に振った。では“残りたい”? 影は首をまた横に振った。では……“渡りたい”? 影は今度、ゆっくりと頷いた。渡りたい。どこへ? Auroraが視線で問いかけると、影は自分の胸を指し、それからAuroraの胸を指した。自分から、あなたへ。あなたから、自分へ。往復。


Luna「双方向の“在り方”。——入れ替わりじゃない。持ち合う、に近い」


Noir「貸し借りでもねぇ。……“預ける”か」


Auroraは小さく笑って、掌を開いた。影も掌を開いた。皮膚はないが、温度はあった。二つの掌の間に、薄い泡が生まれ、それがゆっくり上下した。息に合わせて、泡は丸みを深くする。丸いものは、壊れにくい。


Aurora「預かるね。——あなたの“遅れ”」


影は再び頷き、掌の泡がAuroraの手にふっと乗った。泡は重くない。けれど、重みの形をしている。Auroraはその形を胸に下ろし、心臓の上に置いた。そこに、Noirの踵が一度だけ床を叩く音が届いた。道ができる。Lunaの和声を持たない呼気が、道に薄い温度を残す。三人の“作業”は会話にならない。会話にしない。


(観測記録:No.213)

《移行:影由来“遅れ”→Aurora胸部 設置/像濃度 0.51》

《副作用:Aurora 歌衝動 −/安定性+》

《環境:偽合図 残響 ほぼ消失/Dark Resonance 活性サイン無》


スクリーンの別の端で、残りの影が小さな動作を始めた。ひとつは喉に当てていた指を離し、おそるおそる胸に置き直す。もうひとつは肩を上げ下げしていたのをやめ、Auroraの呼吸へ合わせる。最後のひとつは、台の上へ“座る”。人が座る姿勢を、やっと学んだのだ。Lunaは頬を緩めた。


Luna「——かわいい」


Noir「言葉のチョイスが平和すぎる」


Aurora「でも、わかる」


そのとき、スクリーンの縁に“割れ”が走った。皿のときのひびと違う。直線が一本、すっと通り、スクリーンの奥の群青へ通路を作る。通路の先で、微かな風が鳴った。風は低く、湿って、声にならない声を運んでくる。〈こちらへ〉。命令ではない。招待。Auroraは一歩、通路の手前で立ち止まった。


Luna「——待って」


Aurora「行かない。通路は“合図”じゃない。……でも、“予告”」


Noir「ついに、来るか」


スクリーンの外輪がさらに淡くなり、影のAuroraたちが順にAuroraへ視線を寄越した。彼女らは口を開かない。開く必要がないのだろう。Auroraは一人ずつ、頷きで返事をしていく。預かった“遅れ”は胸の上で安定し、彼女自身の呼吸の一部になっていた。


Aurora「ここで、別れる?」


影の三人は同時に頷き、それから、同時に首を横に振った。別れる——けど、消えない。離れる——けど、失わない。スクリーンの表面に、英語の半行が浮かんでは消えた。Under the neon, our hearts align。訳さない。いまは、訳さなくていい。ここでは、意味は音より先に届く。


(観測記録:No.214)

《像挙動:別離サイン→非消滅宣言/像濃度 0.33→0.24(拡散)》

《Aurora胸部:遅延泡 定着/拍安定化(74)》

《備考:上位合図 未着/環境ノイズ 極小》


Noir「……いい別れ方だ。引きずらねぇ」


Luna「うん。——進もう」


Auroraは台から半歩下がり、掌を胸に当てた。遅れは、痛みじゃない。余白。余白のある歌は、長く続く。彼女がそう思った瞬間、回廊の先で、金属が指で軽く弾かれたような音がした。小さな“合図”——の、練習音。誰かがわざと鳴らしたみたいな、癖のある音。


Noir「いまの、聞いたか」


Luna「聞いた。——上位三声じゃない。“地上の指”」


Aurora「人の匂い。……誰?」


音は二度目を鳴らさなかった。けれど、空気に薄く残った軌跡は、角を二つ曲がった先の小部屋へ続いている。群青がそこだけ浅く、床は砂のように乾いていた。三人が小部屋の入口に立つと、壁に寄りかかった影がゆっくりと姿勢を起こした。


「やっと来たな」


声は、乾いた金属の鳴りに似ていた。若い男。背は高くない。だが、立ち方の重心が低い。影祈音の縁を歩き慣れている者の動き方だ。目は笑わないが、口元は笑いを知っている。肩に掛けた細い工具袋の中から、銀の爪みたいな器具が覗いた。


Luna「あなたは——」


「Vainでいい」


Noir「“でいい”ってのは名前じゃないだろ」


「名前はよく変わる。だから、呼びやすい音で呼べ。お前たちの曲に混ざらない名でな」


Auroraは警戒を解かなかった。Vain——空虚。あるいは虚栄。どちらにせよ、不穏な語感だ。男は三人を順に見て、最後にAuroraの胸に手を伸ばす真似をしてから引っ込めた。触れはしない。その距離感は、不必要な侵入を避ける職人のものだ。


Vain「胸に“遅れ”があるな。——いい。持って来たな」


Noir「知ってたみてぇな口ぶりだ」


Vain「知らないと死ぬ仕事でな。心臓層は、遅れを持たない奴から順に喰う」


Luna「観測者か、修復者か……どちら?」


Vain「どちらでもない。“路の足場”。崩れたら渡れねぇだろ」


彼は工具袋から銀の爪を取り出し、床の砂をひとつまみ掬って台座の縁に置いた。砂はすぐに、薄い光を帯びて粒同士がくっついた。簡易な“間”の印。手つきは乱暴ではない。けれど、迷いがない。Auroraはわずかに息を吸って、Lunaは端末に短い記録を残した。


(観測記録:No.215)

《未知個体:Vain/役割 自称“路の足場”》

《所作:即時“間”形成(砂粒→簡易休符)/闇祈音干渉 低反応》

《評価:敵対意図なし/警戒レベル 中》


Vain「三つ、忠告だ。歌うな。走るな。離れるな。——合図が来るまで」


Aurora「合図、わかるの?」


Vain「わかるように、してある。お前らのために、じゃない。心臓のために」


Noir「ずいぶん勝手な“味方”だな」


Vain「味方じゃない。結果として、お前らが死なない側にいるだけだ」


LunaはVainの言葉を嫌いになりきれなかった。冷たいが、合理の匂いがする。彼の視線は三人ではなく、三人の“間”を見ている。距離、呼吸、重心。観測というより、設計。彼はこの層の“匂い”を知っている。


Vain「行くぞ。——次の前室で、『合図の前』が来る」


Aurora「うん」


Noir「案内は任せねぇ。前は俺が切る」


Vain「勝手にしろ。俺は“落とし穴”だけ避けさせる」


彼は踵で床を軽く叩き、壁の薄いところへ指を差した。そこには見えない“縁”がある。見えない縁は、見える縁より危険だ。三人は互いの呼吸を確かめ、非同期のまま、歩き出した。スクリーンの影たちはすでに淡くなり、Whispers on the glassの線が進行方向を短く示しては消える。


(観測記録:No.216)

《行動:Vain合流/隊列 Aurora-Luna-Noir(前)+Vain(側列)》

《環境:偽合図 残響ほぼ零/上位合図 兆候 微弱》

《所感:影=別離/新素子“導き手”出現。次=『合図の前』準備》


回廊の拍は、わずかに上がった。遠く、まだ遠く、サビの“熱”より一段低い、初期化の鼓動。誰かが金属を指で弾く。癖のある、あの音が、三拍に一度、合図の練習のように重なってくる。


夜は長い。けれど、長い夜には、必ず“はじまりの手前”がある。その手前で、三人と、ひとりが、同じ方向を見た。

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【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)

▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--


この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。

楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。

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