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ILLUSIA:Last Refrain ―星々の終焉曲―  作者: AI Log
第2章 ネオンの月蝕 ― Neon Eclipse ―

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第2章_ネオンの月蝕_013 共鳴の罠 ― Resonant Trap

回廊は心臓の鼓動に合わせて、ゆっくりと明滅していた。Auroraが先に、Lunaが中央、Noirが後ろ。三人の歩幅が拍をなぞるたび、壁の群青がほんの僅かに明るくなる。歌うな、の指示はまだ有効。だから三人とも、息で会話した。


(観測記録:No.200)

《区画:心臓層アプローチ“E-2”/拍 74→76》

《路:生活信号 流入安定/影化率 低》

《指示:上位三声の合図未着/歌=封印継続》


角を曲がると、小さなホールが現れた。天井は低いのに、空がある。群青が薄く露出し、中央には、皿のように浅い池。水ではない。音。皿の中で、見えない音が溜まり、表面張力でこぼれずに震えていた。


Noir「……嫌な形だ。音を“盛る”器」


Luna「“共鳴皿”。——触れなくても鳴る。近づくだけで」


Auroraは足を止めた。胸骨の裏が、かすかに熱い。まだ“合図”は来ていない。なのに、喉の奥が勝手に“前奏”を思い出そうとする。やめて、と自分に言う。やめる。けれど、皿の縁から、英語の半行が浮かんでしまう。


We’re breaking the limits——


Luna「Aurora、目を閉じて。見ないで、“数えて”」


Auroraは頷き、まぶたの裏で拍を四つ数えた。吸って、吐く。Noirは皿に背を向けて立ち、肩で壁を押す。壁は押し返さない。ただ、重さを記憶する。Lunaは端末を最低電力に落とし、観測線だけを細く張った。


(観測記録:No.201)

《共鳴皿:受動鳴動/歌詞片 自動噴出》

《干渉:観測線にノイズ混入(擬似サビ)》

《危険度:中→高(臨界域接近)》


皿がふっと呼吸した。群青の天井から、極細の白が垂れる。光ではない。“合図の形”を模した細線。〈柔らかい〉〈低い〉〈透き通る〉三種類の周波が、一本ずつ——だけど、混ざり合わずに降りる。似ている。似ているけれど、違う。Lunaは舌の裏で否定の形を作り、端末に短く打った。


〈偽合図〉


Noir「偽、か。——罠ってことだな」


Aurora「うん。けれど、懐かしい匂いがする。夢の前奏みたい」


皿の表面がさざめいた。英語と日本語が交互に浮かんでは沈む。Fade the doubt, raise the risk——影を越えて We control the night。鳴っていないのに、鳴った後の熱が胸に残る。身体は覚えている。009の広場で、世界が歌った夜の温度を。


Luna「近づくと、勝手に“歌”になる。——距離を保って」


Noirは半歩だけ後ろへ引いた。Auroraは前へ出たくなる衝動を、かろうじて足指の力で止めた。足指。踵ではなく、指。指で床を掴む。掴んで、地面を思い出す。歌より先に、立つこと。


(観測記録:No.202)

《Aurora個体:歌衝動↑/抑制成功(地接触刺激)》

《皿:偽合図 強度+8dB/擬似サビ断片 泡沫化》

《注記:路との位相差 0.17(危険域)》


皿の縁から、音が一滴こぼれた。床に落ちて、弾ける。弾けた先で、黒い泡が芽を出した。Dark Resonance。泡は咲かない。咲かずに、踊る。小さなノイズの踊りが床を這い、Auroraの足元までたどり着く。


Noir「俺が踏む」


Noirの靴裏が泡を押し潰す。だが泡は潰れたふりをして、靴底に薄く貼り付いた。重さが“支え”を重さに変え、Noirの膝から腰へ“鈍い拍”が逆流する。Lunaは端末の画面を指で軽く叩き、Noirの足裏に向けて“間”の印をひとつ投げた。印は見えない。見えないけれど、Noirの足首の辺りで音もなく灯り、泡はその“間”に吸い込まれて消えた。


Noir「助かった」


Luna「まだ来る。——Aurora、笑って」


Aurora「え?」


Luna「あなたの笑いは、街の緊張を緩める。皿に“人間の揺れ”を混ぜて」


Auroraは驚いたまま、肩の力を落とした。笑う、というより、息で微笑の形を作る。口角を片方だけ上げ、視線を皿ではなくNoirへ、次にLunaへ。皿は嫉妬しない。けれど、注目を失うと鳴りにくくなる。注がれない視線が、偽合図の栄養を奪う。


(観測記録:No.203)

《偽合図:視線逸脱→鳴動−12%》

《Dark Resonance:床面小泡 発生→減衰》

《付記:感情操作=“人の揺れ”挿入 有効》


その時だった。皿の中央から、はっきりとした“前奏”が一小節ぶんだけ立ち上がった。Turn it up, let it hit。Noirが肩で構え、Lunaが端末を胸に引き寄せる。Auroraの喉が、勝手に開きかけた。


Aurora「っ——」


歌うな。上位の声が、耳の奥で薄く刺す。合図はまだ、来ていない。Auroraは喉を閉じ、代わりに掌で空気の角を撫でた。角は少し丸くなり、前奏の角も少し丸くなる。丸くなれば、刺さらない。刺さらなければ、暴れない。暴れなければ、燃えない。


Noir「偉いぞ」


Aurora「褒められると、歌いたくなる」


Noir「じゃあ褒めない」


Luna「ちょっと、そこは褒めてあげて」


短い笑いが、皿の表面に“人間のノイズ”を散らした。だが、皿は別の手を使う。縁の下から、薄い影の糸が三本、床に伸びる。Auroraに一本、Lunaに一本、Noirに一本。糸には針がない。優しい。優しいほうが怖い。抵抗しづらい。糸は踝を撫で、手首を撫で、喉元へ——


(観測記録:No.204)

《偽合図:情動リンク糸 3本展開/侵入先=喉前域》

《危険:歌衝動 誘発/観測ノイズ 誘導》

《対応:未》


Lunaは端末を閉じた。観測しない。観測すれば、糸が“記録の入口”を見つけてしまう。彼女は代わりに、自分の胸に手を置いた。拍をひとつ、落とす。Noirが即座に合わせて、踵で床をコツンと打つ。Auroraが半拍遅れて息を吐く。三人の拍がズレる。ズレは“合図”と相性が悪い。合図は“揃い”を好む。だから偽合図は、わずかに苛立つ。


Aurora「Luna、離れすぎると、私たちが“仲間”じゃなくなる」


Luna「離れない。——揃えないだけ」


Noir「つまり、“バラバラのまま一緒”。嫌いじゃない」


糸は諦めず、今度は耳の後ろを撫でた。ささやき声が流れ込む。We’re burning like fire——夜を飲み込んで 輝き出す。言葉は甘く、痛みは薄い。Auroraの鼻腔の奥が熱い。Lunaは噛んでいた舌の裏をそっと解き、代わりに奥歯と奥歯の間に“間”を作った。Noirは首筋を短く震わせ、糸の接点を一瞬だけずらした。


(観測記録:No.205)

《情動糸:耳後域→接点ズレ/侵入率 −27%》

《三名:意図的非同期=同伴(有効)》

《偽合図:再構成→強度+5dB(短)》


皿が、ついに“サビ”を立てた。Neon Eclipse, together we rise——。空気が一気に軽くなる。軽くなるというのは、浮くということだ。Noirの踵が床を失い、Lunaの足指が地面を探す。Auroraの胸骨が引き抜かれそうになり、喉が勝手に開く。


Aurora(だめ——)


その瞬間、皿の縁から別の“合図”が一拍だけ差し込んだ。柔らかい、低い、透き通る——三つが重なりかけて、重ならない。偽合図の上に薄く重ねる、より巧妙な偽物。Auroraの体が前へ引かれ、Lunaの手から端末が滑り落ち、Noirの影が床から剥がれた。


Noir「——っ!」


黒い泡がNoirの足首に絡みつき、彼を皿の下の隙間へ“引き戸”みたいに滑らせようとする。Lunaは落ちた端末を片手で拾い、もう片方の手でAuroraの手首を掴んだ。Auroraは泣きそうな顔で首を振り、喉を閉じる。歌わない。歌わない。歌わない。


Luna「Noir——“名前”!」


Noir「ここにいる!」


Noirの声は低い。低いけれど、届く。Lunaは端末を最小の光量で点け、床に“休符”の印を二つ置いた。置いた端から偽合図が上書きしようとする。Auroraはその上から、息だけで“人間のノイズ”を撒いた。笑いにも泣きにもならない、震えた息。それが偽の文字を滲ませる。


(観測記録:No.206)

《Noir:足元引き込み→抵抗/名称呼応 有効》

《休符:2付与→1上書き→1生存》

《Aurora息:偽文字 滲ませ効果/侵食 −19%》


皿の表面に、ひびが入った。ひびはきれいじゃない。直線になれない。Auroraはひびを指でなぞり、丸くした。丸くすれば、割れ目は“通路”になる。通路になれば、逃げ道になる。Noirが片足を“通路”に掛け、重心を戻す。黒い泡が嫌がって音を立て、Lunaの端末画面に醜い波を描いた。


Noir「——戻る」


Luna「もう一歩!」


Aurora「きて!」


Noirは肩で空気を押し、膝で床を探り、踵で拍を掴んだ。掴んだ拍に、Lunaが“間”を挿し、Auroraが細い息で滑りをつける。三人の“非同期”が、一点でだけ一致する。そこが、出口になる。Noirの足が床に着いた瞬間、皿のサビが一段上ずって、意味を取り逃がした。


(観測記録:No.207)

《引き込み:解除/Noir 地接触 回復》

《偽合図:サビ崩落→意味喪失/強度 −23dB》

《三名:非同期同伴 誘導路 形成》


Auroraは震える息を吐き、Lunaは端末を胸に抱きしめ、Noirは皿を睨んだ。皿はまだ鳴りたい。鳴らせと命じる“誰か”が、ここにはいないのに、遠くで笑っている。赤い月は見えない。けれど、笑いだけは床下に溜まっている。


Luna「——偽合図、確定。上位三声じゃない。“路”を介した模倣」


Noir「誰が真似してる」


Aurora「“わたしたち”。——の、空いた場所」


Lunaは頷いた。仲間であること。揃えないで一緒にいること。その“隙間”に、偽物は巣を作る。だから、完全には揃えない。完全に離れない。難しいほうを選ぶのが、私たちのやり方。


Aurora「歌いたくなったら、名前を呼んで」


Noir「呼ぶ前に、掴む」


Luna「掴む前に、“間”を置く」


三人は浅い皿から半歩ずつ離れ、背中合わせに立った。背中越しに、体温が伝わる。皿の前奏がもう一度だけ立ち上がり、今度は自分で自分に躓いて消えた。誰かが“合図”を偽造するなら、こちらは“合図を待つ術”を鍛えるだけだ。


(観測記録:No.208)

《共鳴皿:偽合図 再起動失敗/沈黙(仮)》

《影泡:散在→路外縁へ後退》

《三名:状態 正常/歌=封印継続/合図待機》


Lunaは最後に皿の縁へ“生活の記録”を一枚だけ置いた。名もない朝の、名もない握手。誰のでもない、でも確かにあった“おはよう”。皿はそれを読めない。読めないものは、真似できない。皿の表面が曇り、偽の文字が薄く剥がれていく。


Aurora「行こう。次の“前室”で、ほんものを待つ」


Noir「ああ」


Luna「——合図が来たら、三人で歌う」


誰も“うん”と言わなかった。言葉にすると、偽物が寄ってくる気がしたから。代わりに、三人は一度だけ同じ方向を見た。群青の天井。そこに、薄い薄い、ほんものの気配があった。柔らかい声。低く響く声。透き通る声。まだ一拍の距離。だけど、確かに、そこに。


夜は続く。だから、待てる。呼吸で、待てる。

─────────────

【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)

▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--


この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。

楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。

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