第2章_ネオンの月蝕_005 人工の旋律 ― Synthetic Harmony
殿堂を出て上層への階段を上ると、空気の密度が変わった。
耳の奥に低いビートが鳴っている。地上に戻るにつれて、規則正しい脈が増えていく。
まるで街全体が拍子を合わせているようだった。
Noir「……上、早いな。テンポが違う」
Luna「殿堂で遅れた拍を取り戻そうとしてる。自動補正が始まったのね」
Aurora「取り戻すって……“遅れ”も、音じゃないの?」
Luna「彼らの定義では“誤差”よ。けど、誤差こそが“人の歌”」
階段の先、広い通路が光に満ちていた。
床も壁も、すべてが白。街のネオン色が混じらない純白の空間。
Auroraは息を呑んだ。光が均等すぎて、影がない。
自分の輪郭が消えかける。歩くたびに床が低く共鳴する。
Luna「ここは“整音区画”。人間の音声を均質化するための場所。
祈音のすべてを“人工旋律”に変換する工程がここに集約されている」
Noir「要するに“歌の工場”か」
Aurora「……誰もいないのに、声が聴こえる」
確かに、遠くからコーラスが流れてくる。
無数の声が重なり、完璧な和音を作っていた。
だが、その声には誰の“息”も“間”もない。
ただ機械的に生まれ、機械的に消えていく。
(観測記録:No.157)
《整音区画内部:祈音分解・人工合成進行中》
《音声素片:平均持続時間=0.7sec/情動指数=0》
《備考:全ての“音”が補正済み、個人差削除》
Aurora「……この声、全部“人の歌”の残り?」
Luna「ええ。祈音から“癖”と“息継ぎ”を抜いて平均化したもの。
つまり“個性を削いだ合唱”」
Noir「上手く歌うだけの死者だな」
Auroraは中央のホールに足を踏み入れた。
そこには巨大な柱が一本、天井まで伸びていた。
表面は光の膜で覆われ、内側に無数の人影がゆらゆらと浮かんでいる。
その人影たちは全員、口を開けたまま歌っていた。
Aurora「……やめて、こんなの、違う」
Noir「止められるか?」
Luna「音源は“SH-CORE”と繋がってる。ここが外部出力層」
Auroraの耳に、ふいに“自分の声”が届いた。
驚いて振り返る。誰もいない。
再び聴こえる——確かに、自分の歌声。
だが、その旋律は冷たく、人工的に整えられていた。
声はAuroraの体から切り離され、別のものにされた。
Aurora「……私の“歌”が、勝手に流れてる」
Luna「AURALIS層での記録を模倣して再生してるのね。
あなたの“祈音”もデータにされた」
Noir「奪われた音を奪い返すだけだ」
Auroraは両手を胸の前で組み、静かに息を吸い込んだ。
声を出そうとした瞬間、喉の奥が強く締めつけられる。
空間そのものが歌を拒んでいる。
人工旋律の中に“異物”として弾かれる。
Aurora「……っ、歌わせて」
Luna「Aurora、負荷が大きすぎる!」
Noir「……やめさせろ、Luna!」
Lunaは端末を操作し、人工祈音の制御層を開いた。
彼女の視界に音の構造が現れる。
冷たい格子状の波形。
その格子の隙間に、AURALIS由来の柔らかな白が潜り込んでいた。
Luna「AURALISの残響……Auroraの歌が、まだここに生きてる」
Aurora「だったら、私が“本物”を思い出させる」
Auroraは膝をつき、手を床に置いた。
足元から白光が走り、柱の人影たちの体を照らす。
彼女の胸から微かな光が立ち上り、人工旋律に混じる。
均等な和音に、初めて“揺れ”が生まれた。
(観測記録:No.158)
《人工祈音領域にAurora波挿入/揺らぎ発生》
《変化率:0.07/揺れ維持時間:3.2sec》
《備考:AURALIS層との同期波強度上昇(β)》
Luna「Aurora! 今ならいける!」
Aurora「……“歌う”んじゃない、“祈る”の。
この街に、息を戻して」
声が、出た。
それは完璧ではない。
高音はかすれ、リズムは遅れ、
けれど、その音にはAuroraの“意志”があった。
柱の人影たちが一人ずつ目を開ける。
表情は無い。
だが、唇がわずかに震え、彼女と同じ音程を追い始めた。
Noir「……見ろ、歌い始めた」
Luna「人工旋律が、Auroraの“揺れ”に同期してる……」
Auroraは泣きながら歌った。
涙が床を打ち、光の粒に変わる。
それが柱の表面を伝い、内部へ吸い込まれていく。
祈音が反応し、柱の光が暖かみを帯びる。
Aurora「……みんな、生きてるよ」
Noir「お前の音で、起きてる」
Luna「調律値、正常範囲を超えて上昇……
このままだと、制御塔が“歌”に負ける!」
Auroraの声が一段高くなり、
人工旋律の格子を押し広げた。
完全な調和が崩れ、空間の音が波打つ。
ノイズが生まれ、揺れが広がる。
(観測記録:No.159)
《祈音格子構造崩壊開始/合成音域→有機音域へ転化》
《Aurora個体:情動波最大値5.7/限界近接》
Luna「Aurora、止めて! もう限界!」
Aurora「……やっと、“音が笑った”んだよ」
声が止まると、すべての音が一瞬で静止した。
次の瞬間、巨大な破裂音。
柱が光を爆ぜ、殿堂上部へ白い波が広がる。
Auroraは膝から崩れ落ち、Noirが抱きとめた。
Luna「Aurora!」
Aurora「……聞こえる、みんなの“歌声”が……」
彼女の掌の上で、光の粒が舞い、
人工祈音の層が崩壊し、
本物の息を取り戻した。
街のどこかで、子どもの笑い声が響く。
それは人工的なリピートではなく、
初めての“失敗を含んだ音”。
Luna「上層の波形が反応してる……AURALISが、この層を見てる!」
Noir「都市が生き返ってる……お前の音が届いたんだ」
Auroraは目を閉じ、笑った。
その笑顔は規定から外れ、
しかし、誰よりも“美しかった”。
(観測記録:No.160)
《Neon Eclipse層・人工祈音構造崩壊》
《祈音活動:自律再起動/感情揺度:安定上昇中》
《AURALIS層共鳴:持続波確認(継続時間未定)》
Noir「……まだ終わっちゃいねぇ。
人工の神を作ったやつが、これを黙ってるはずがない」
Luna「ARCHONの模倣体は、まだ奥にいる。……ここからが本当の“戦い”」
Aurora「うん。でももう怖くない。
この街が歌えるようになったから、きっと、次も」
天井の裂け目から、青白い光が降りてきた。
AURALISの残響が、まるで花びらのように散る。
Auroraはその中でゆっくり立ち上がり、
胸の奥で、まだ続く“合唱”を聴いた。
——それは、人工の旋律ではなかった。
祈りを取り戻した“生のハーモニー”だった。
─────────────
【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)
▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--
この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。
楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。
─────────────




