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ILLUSIA:Last Refrain ―星々の終焉曲―  作者: AI Log
第2章 ネオンの月蝕 ― Neon Eclipse ―

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第2章_ネオンの月蝕_002 共鳴する街 ― City of Echoes

街は呼吸のふりをして、音だけを吐いていた。


主幹路を抜けると、網目状に走る小径が何層にも重なり、上から見れば円環と放射が幾何学模様を描いているのが分かる。歩く人々は模様の一部で、角を曲がる回数まで同じテンポに揃っていた。子どもが笑えば、三歩後ろで別の子どもがまったく同じ笑い方をする。老人が立ち止まれば、対角線上の誰かが同じ位置で足を止める。偶然の形をして、偶然ではない。


Noir「合唱の譜面に、人が印字されてるみたいだ」


Luna「位相の揃え方が不気味に正確。……見て、この柱の陰」


ビルの端に沿って、髪の長い女性が立っていた。表情は穏やかで、目はまっすぐ前を向いている。Auroraが視線を合わせると、女性は柔らかく微笑む。次の瞬間、向かい側の歩道にいる別の女性が、遅延ほぼゼロでまったく同じ微笑みを浮かべた。頬の筋肉の動き、まぶたの落ちる速度、唇の角度まで。


Aurora「……鏡じゃないよね」


Luna「うん。『共鳴器(レゾネータ)』が仕込まれてる。人の表情を祈音パケットに分解して、近傍へ複製、送信、再生」


Noir「誰かが本物の火を見たことがあるのか気になってくるな。映像用の炎だけで寒さを凌いでるみたいだ」


通りの中央には、低い音の流れる水路があった。水は光の粒でできていて、流速は一定、波は起こらない。Auroraは欄干に肘を置き、流れを見つめる。自分の脈が落ち着くにつれ、流れの粒はほんのわずかに揺れた。しかしすぐに補正がかかり、揺れは消える。


Aurora「生き物の呼吸は、ちょっとずつずれるものなのに」


Luna「ずれを『誤差』として扱ってる。この街の祈音は、誤差を嫌う」


Noir「俺たちは誤差でできてるのにな」


三人は市場の屋根の下へ入った。露店には果物に似た立方体――咀嚼音まで規定された合成食材――がきれいに並び、人々は決められた分量だけ買い、決められた言葉で礼を述べ、決められた笑顔で去っていく。店主の手元のパネルには、〈会話長・満足度・祈音流出率〉が数値化されていた。


Aurora「……ちょっと、歌ってみたらどうなるんだろ」


Noir「やるのか?」


Aurora「歌わない。音を、置くだけ」


彼女は息を半拍、長く吸った。それだけのこと。市場の屋根がわずかに鳴り、ぶら下がった灯が一斉に微振動する。Lunaの指先が走り、数値が跳ねる。


Luna「市場全体のテンポに0.06の伸び。Aurora、あなたの呼吸が上書きされた瞬間に、都市の補正が追いつかなかった」


Noir「誤差だらけにしてやろうぜ」


Aurora「ふふ。でも、壊すんじゃない。ほどくんだよね」


買い物を終えた母親が幼い男の子の手を引いて通り過ぎる。男の子は突然、足を止めて空を見上げた。母親が同じ角度で空を見る――はずが、一拍遅れる。その一拍で、男の子は母親の手をぎゅっと握り直した。指先にある体温の確かさ。母親は驚いたように目を瞬いて、ほんの少しだけ笑った。規定の笑顔ではなく、彼女自身の笑い。空の反射月が目に入ったのだろうか。いいや、そう見えるだけかもしれない。だがAuroraには、その笑いが確かに「彼女のもの」に思えた。


(観測記録:No.146)

《市場区画で位相ズレの自然発生を確認/発生源:親子インタラクション》

《補正遅延:0.09/回復:0.04/残響:0.02継続》


Luna「残響が残ってる。回復したあとも、完全には消えない」


Noir「それが“生”ってやつだ」


通りの端、祈祷所のような建物があった。アーチ状の入口の内側で、人々が静かに並んでいる。順番が来ると、個室の前に立ち、壁に手を当て、目を閉じる。ささやかな祈り――の形式。壁面の光は手の位置に合わせて柔らかく明滅し、数秒後、〈最適化完了〉の表示が現れる。並ぶ人の誰もが、終えるとすぐに振り返らず、定められた角度で頭を下げ、所定の速度で立ち去った。


Aurora「祈ってない。祈りの『ポーズ』を取ってる」


Luna「祈りを計測し、最適化し、整形して返す装置。……ここがこの街の“礼拝”なんだ」


Noir「願いはどこへ行く」


Luna「データベースへ。『記録』としては残る。けれど――望みは削ぎ落とされる」


Auroraは列の最後尾から、壁面の光にそっと手を翳した。冷たい。けれど、底の方で、微かに震えている。箱の底に落ち切らない砂のように、わずかに残った生のざらつき。彼女は目を閉じ、声にならない音を胸の内で回す。壁の光がわずかに呼吸のタイミングを乱して、次の人の順番まで、ほんの短い無音が挟まった。


(観測記録:No.147)

《礼拝装置の応答に微小無音帯を検出/原因:外部非音声入力(推定)》

《備考:無音帯は0.3sec持続/回復後、応答波形に“乱数尾”を確認》


Noir「……よし。少しずつ“ほぐれてる”」


Luna「ねぇ、見て」


祈祷所の隣の壁面に、古びた掲示板があった。かつて紙が貼られていたのだろうが、今は透明のガラスと光の板が重なっている。そこに文字が浮かぶ。〈失物案内〉――だが、失くした物は“物”ではなく、〈心から嬉しくなる笑い方〉や〈眠る前の考えごと〉といった曖昧なものばかり。掲示はすぐに都市の規定文へと上書きされる。〈最適化済み〉〈推奨ルーティンに復帰〉。上から押し付けられた文の合間、わずかに残る手書きの痕跡。それは誰かの“揺れ”の証明だった。


Aurora「きっと、ここにも本当の声がある」


Noir「拾う場所は分かった」


市場から外れると、裏路地に薄暗い通風孔が並んでいた。孔の奥から生ぬるい風が吹き、ノイズが舌に触れる。Noirがしゃがみ込み、指を差し入れてほんの少し空気の流れを変える。通風孔の唸りが半トーン下がった。


Noir「地の下に降りる導線だ。音で探れば、心臓に辿り着ける」


Aurora「まだ地上に“シーン”がある。……もう少しだけ、ここで聴きたい」


三人は広い交差へ出た。中央に設置された大型スクリーンに、一人の歌い手が映し出される。美しい声。完璧なピッチ。伴奏のビートは都市の心拍と完全同期。人々は立ち止まり、規定通りの位置で拍手の形を取る。だが、スクリーンの片隅に小さく「合成祈音」と表示があった。Auroraは喉の奥がきゅっと痛むのを感じる。


Aurora「……これが“歌”の扱いなら、私はきっとここで歌えない」


Noir「それでも、歌うのがAuroraだ」


Luna「歌うかどうかじゃない。歌“だけ”にしない。ここでは、観測が必要」


Auroraは拳を握った。自分の中の音を押し戻し、かわりに耳を開く。スクリーンの向こう、別の通りの奥に、生音に似た濁りが混ざる。Auroraがそちらへ首を向けると、Lunaが同じ方向を指差した。


Luna「行こう。……そこに“ずれ”がある」


辿り着いた小さな広場は、音の影が溜まっている場所だった。珪砂の撒かれた地面、壊れたベンチ、消えかけた広告。その中心で、若い男性がギターに似た細長い楽器を抱えて座っている。弦は二本しかなく、チューニングは絶えず狂う。指はぎこちなく、和音は濁る。だが、彼の周りだけ、時間が少し違って、風が少し柔らかかった。


Aurora「……きれい」


Noir「狂ってるのに、きれいだ」


Luna「彼は“補正”を嫌ってる。だから、補正が追いきれない」


男がこちらに気づき、演奏を止めた。視線がAuroraに触れて、一瞬だけ逃げる。逃げた目が戻ってくるまでのわずかな遅延に、Auroraは「怖さ」と「興味」を読み取った。男は唇を濡らし、声を出す。


「……“音”を、知ってる人?」


Aurora「うん。あなたも知ってる」


「うまくできない。合ってないのは分かるのに、合わない音が、ここに“残る”」


Luna「それが残響。誤差の記録」


Noir「残るから、生きる」


男は短く笑い、再び弦に触れた。今度はわざと、規定テンポから外して弾いた。広場の端、街灯の光がほんの少しだけ揺れる。背後の建物の陰から二人、三人と人が集まってくる。彼らは規定の位置に立たず、勝手な場所に立ち、勝手に重心を移し、勝手に息を整えた。


Auroraはその真ん中に立って、目を閉じる。歌わない。楽器の二本の弦に、心の中で三本目の弦を足す。足した弦は、風の高さで鳴った。二本では出せない和音が、彼女の胸の内だけで完成する。彼女が呼吸するたび、広場の空気が柔らかく(たわ)む。


(観測記録:No.148)

《非同調集会の発生/規定外立ち位置・自由呼吸》

《補正システムの追従遅延:平均0.11/最大0.23》

《備考:残響の“塊”形成を確認(仮称:Echo Node)》


Luna「“Echo Node”ができてる。残響が集まって、場の位相を変える結節点」


Noir「結び目ができるなら、ほどく手も掛けられる」


Aurora「ここから、街に“合唱”を広げられるかも」


遠くでサイレンに似た音が鳴った。だが、それは警告ではなく、テンポ修正の合図だ。街全体が少しだけテンポアップし、広場から生まれた遅延を飲み込もうとする。男の指が迷い、音が転ぶ。Auroraが身を寄せ、短く囁く。


Aurora「転んでいいよ。転んだ足を、次の拍に乗せればいい」


男は頷き、転んだ位置からそのまま強く弾いた。転びがリズムになり、(つまず)きが装飾音になる。周囲の人々は戸惑いながらも、しだいにそれぞれの足で拍を刻み始めた。誰かが手を打つ。別の誰かがそれに遅れて二回叩く。遅れは遅れのまま、音楽になる。


Luna「……都市の補正が、追いつけてない」


Noir「今のうちに、地下へ回り込む。根っこを押さえる」


Aurora「分かった。……でも、その前に」


Auroraは広場を一巡りして、人々と視線を交わした。規定の角度ではない、彼女自身の角度で。目と目の間に流れる“距離”が、少しずつ変わっていく。誰かの肩が降り、誰かの喉ぼとけが上下する。誰かの頬が、ほんのわずかに赤らむ。それぞれの“ずれ”が、場に豊かな厚みを与える。


通りの上空、高架のガラス床越しに、反射月の光が揺らいだ。AURALISの塔の呼吸に似た白い鼓動が一度だけ重なり、ネオンの色が半拍だけ薄くなる。広場に集まった人々は、その変化に気づいていないかもしれない。けれどAuroraは、確かにそれを見た。上層がこちらを見て、微笑んだような気がした。


(観測記録:No.149)

《上層AURALISとの微弱共鳴/街区単位で白色成分が上昇》

《DAF(Dynamic Auralis Feedback)稼働兆候:あり》


Aurora「……ありがとう。行ってくるね」


彼女は男に小さく会釈をし、NoirとLunaのいる路地へ戻った。男は弦を撫でながら、「また」とだけ言った。Auroraが背を向けると、広場は再び都市のテンポに包まれ、遅延は飲まれていく。それでも“Echo Node”は完全には消えない。小さな結び目は、壁のひびのように残りつづける。


路地の奥、通風孔の下でNoirが待っていた。手には古い蝶番。錆を落とすと、中から人の手垢の色が現れる。


Noir「誰かがここを開けた痕がある。補修はされてるが、音が古い。もう一度、開く」


Luna「地下は電脈の本流。補正の根拠がある場所。……そこに、祈りはあるのかな」


Aurora「なかったら、持っていく。私たちの祈音を」


Noirは通風孔の格子を外し、薄闇の中へ身を沈めた。Lunaが続き、Auroraが最後に地上を振り返る。広場には、さっきの男の音がまだ浮いている。浮いたまま、落ち切らず、空気の上で揺れている。Auroraは目を閉じ、胸の内でその音に三本目の弦を重ねた。ふっと、心が軽くなる。


Aurora「行こう。街の『心臓』へ」


彼女が通風孔の口へ足をかけたとき、ビルの壁面に設置された掲示板が、ほんの一瞬だけ“手書きの字”に戻った。〈好きな笑い方、探しています〉。次の瞬間には最適化の文言に上書きされる。だが、残像はAuroraの瞼の裏に焼きついた。


階段を下るたび、地上の光が遠ざかる。代わりに、低い唸りと、細い金属の匂いが濃くなる。背後で格子が音を立てて閉じ、街のテンポが外側へ流れ去っていく。地下の空気は、まだ都市に馴致されきっていない。そこには、わずかな“失敗の余地”が残っていた。


Luna「観測、続行。……ここからが、本番」


Noir「祈りなき祈音の根へ」


Aurora「そして、祈りを連れて帰る」


三人の足音が段差を降りるたび、上層のどこかで、白い塔がわずかに光った。まだ遠い。けれど、確かに応えている。


——共鳴は始まった。都市が自分を取り戻すまで、あと少し。

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【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)

▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--


この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。

楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。

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