第2章_ネオンの月蝕_000 三声の沈黙 ― Silent Trinity ―
2章開幕!
(観測記録:No.140)
《記録開始:層=Neon Eclipse/転移完了》
《対象:Aurora/Luna/Noir — 層間到達確認》
——光が、形を失った。
白い輝きは、音と共に溶け出し、幾千の欠片となって視界を包む。
Auroraは手を伸ばす。掌の中で粒子が震え、まるで呼吸するように脈動していた。
それは祈音——祈りと音が融合した世界の基盤。
しかし、ここに流れる音はどこか違う。心の奥を冷たく撫で、胸の内側にざらつく残響を残した。
Aurora「……ここが、Neon Eclipse層……?」
Luna「観測座標、安定。重力・光量、異常なし。
でも——祈音密度が過去最高レベル」
Noir「感じるか? 空気が“響いてる”。呼吸そのものが音だ」
彼らはAURALIS層から転移してきた。
あの穏やかな祈音塔の輝きは遠く彼方。
代わりに広がるのは、金属の光で組まれた街。
地平線の彼方まで、ネオンの塔が林立している。
塔と塔のあいだを走る光脈は、まるで血管のように脈動し、
その流れの中を、電子化された祈音——Neural Pulse——が走っていた。
Aurora「……光が祈ってるみたい」
Noir「いや、これは祈りを“模倣”してる。
祈音が生きていない。命令で動かされてる」
Luna「分析完了。祈音波形は完全合成。
自然発生ではない。“人工祈音”だ」
Auroraは目を細めた。
空の色が、どこかAURALISの黎明を思わせた。
だが、そこには温度がない。
ただ冷たい光と機械的な律動だけがある。
(観測記録:No.141)
《解析補足:祈音=都市構成情報/人間活動に同期》
《感情反応値=0.02/祈音活動:人工制御下》
彼女たちが立つ地面はガラス質の舗装で、足跡が淡い光の軌跡を残す。
だがそれはすぐに街のシステムによって“修正”され、完全な直線へと整えられた。
まるで世界が、彼らの存在を「異物」と判断したかのようだ。
Aurora「世界が……私たちの形を“矯正”してる」
Luna「観測値変動。確かに——位置情報が上書きされてる。
この層では、“自由”そのものが自動修正される」
Noir「息苦しいな。空が圧をかけてくるみたいだ」
遠くの塔が共鳴音を発した。
低く、重い、胸を押しつぶすような低周波。
Auroraは思わず耳を押さえ、空を見上げる。
そこに浮かぶ“月”は、AURALISで見た柔らかな光とはまるで違っていた。
冷たい金属の衛星、表面を流れる光脈が都市全体を統制している。
それは——**反射月(ARCHON’s Eye)**。
Luna「……観測装置、起動。
この層には“ARCHONの模倣体”が存在する。
AURALIS層の観測システムを、誰かがコピーしてる」
Noir「偽の神、か」
Auroraは唇を噛む。
祈音が“感情の器”であるなら、
この世界は感情を封じることで秩序を作り出している。
その秩序は完璧で、美しく、だが恐ろしい。
Aurora「……きれいだけど、何かが違う。
この光、歌ってるのに、心がない」
Luna「“生きているように設計された死”。
これが、祈音文明の末路なのかもしれない」
風が吹く。
だが、その風も人工だ。
都市を巡る排熱の流れが風の代わりをしていた。
Auroraはその流れに身を委ね、ふと遠くを見つめた。
——祈音塔の頂上に、AURALIS層のような淡い白光が一瞬、瞬いた。
(観測記録:No.142)
《補遺:AURALIS層との干渉反応検知》
《祈音共鳴リンク=不安定状態(微弱)》
Luna「……上層反応あり。
AURALIS層が、私たちの到達を“観測”してる」
Aurora「繋がってる……? まだ見てくれてるんだ」
Noir「上の世界が、俺たちを監視してるのか、それとも——」
——見守っているのか。
Auroraはゆっくりと息を吸い込んだ。
喉の奥が震える。
歌を出そうとした瞬間、胸の奥から電流が走るような痛みが走った。
祈音密度が高すぎる。
この層では“音を放つこと”そのものが抵抗になる。
Aurora「……っ、声が……」
Luna「Aurora、無理しないで! 祈音干渉が強い!」
Noir「くそ、街が彼女の歌を拒絶してる!」
Auroraは膝をつき、手で床を押さえた。
光が彼女の掌に吸い込まれていく。
その瞬間、都市全体が微かに揺れた。
まるで彼女の痛みを、街が感じ取ったかのように。
Aurora「……わたしの歌……届いてるの……?」
Luna「観測反応上昇。祈音波が上層と同期しかけてる……」
Noir「AURALISが応えたのか?」
上空の反射月が、一瞬だけ白く輝いた。
その光はほんの刹那、Auroraの胸に温もりを残した。
——まるで、AURALIS層が“彼女たちの行動を記録している”かのように。
Luna「観測記録補足:上層へのフィードバック開始。
行動データ、祈音経由で転送されてる。
AURALIS層は、私たちを“素材”として成長してる……!」
Auroraは立ち上がり、光を見上げる。
空のネオンが波のように揺れ、色を変えた。
冷たい青が、わずかにAURALISの白に近づく。
街のどこかで、祈音塔が新しい音を鳴らした。
Aurora「……聴こえる。
誰かが——この街の奥で、泣いてる」
Noir「泣く街、か。皮肉な詩だな」
Luna「けど、それこそが“生命の証”。
——観測、続行する」
彼女たちは歩き出した。
冷たい風が三人を包み、街の灯がその背を照らす。
上空の月は、再び沈黙した。
三つの声——〈柔らかい声〉〈透き通る声〉〈低く響く声〉が、
どこか遠くの層から、わずかに交錯した。
〈柔らかい声〉「まだ、始まったばかりだ」
〈透き通る声〉「この層も、祈りのかたち」
〈低く響く声〉「——観測を続けよ」
その瞬間、Auroraたちの足元を包む光が、
AURALIS層の祈音塔と同じリズムで鼓動を始めた。
Neon Eclipseの街が、静かに、祈りを取り戻そうとしていた。
——三声の沈黙の下で、世界は再び、歌いはじめた。
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【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)
▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--
この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。
楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。
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