第1章_覚醒する幻想_005 残響の門 ― Gate of Aftertone ―
(観測記録:No.074)
《記録開始:AURALIS層・外縁回廊》
《対象:Aurora/Noir/Luna — 出立後行動/祈音同期率 0.91》
風が、音を持たずに流れていた。
祈音塔を離れた三人の足音だけが、世界の呼吸を刻んでいる。
空はまだ淡く、遠くの層が幾重にも折り重なって、揺らめく。
Aurora「……静かすぎるね」
Noir「安定が続きすぎている。逆に異常だ」
Lunaは観測帳を開き、筆先を慎重に落とす。
文字のひとつひとつが、風の粒を震わせた。
震えは消えず、周囲の空気を巡る。
まるで——言葉が“道標”になるように。
Aurora「次の祈音塔、どれぐらい?」
Noir「北東に残響門(Aftertone Gate)がある。
層の外殻を通る通路……かつて“世界が裏返った場所”だ」
Luna「裏返った?」
Noir「上下も内外も、概念ごと反転した。
その影響で、まだ“音が帰ってこない”場所が残ってる」
Auroraは息をのんだ。
「……音が帰らない世界って、どんな感じなんだろ」
Noir「静寂が続くほど、人は“自分の声”を見失う」
Luna「でも、それを確かめに行くんでしょ?」
Noir「そうだ。見失う前に、“残響”を探す」
(観測記録:No.075)
《記録開始:残響門前広場/環境異常検出》
《対象:音響層変動/祈音干渉》
霧が濃くなる。
霧の粒は光を反射せず、黒と白のあいだを漂っている。
Auroraが一歩進むたびに、足元の祈音石がかすかに鳴いた。
その音は“音”ではなく、“記憶の再生”。
Luna「この場所……覚えてる」
Noir「ECLIPSE層の反転残響域。再構成後に封印されたはずだ」
Aurora「なのに、開いてる」
Noir「封印が解かれたのではない。
——“呼ばれた”んだ」
Aurora「誰に?」
Noirは答えず、周囲の空気を測るように目を細めた。
Lunaの観測帳が震えた。
ページの端から祈音が零れ、風にほどける。
風が方向を変え、三人の背後へ流れていった。
Aurora「……Noir、後ろ」
Noir「見えている。まだ形になっていないだけだ」
影が、霧の中から“浮かび上がろうとしていた”。
姿のない輪郭、声を持たぬ記憶。
“存在するのに観測できない”ものが、確かにそこにいた。
(観測記録:No.076)
《記録開始:AURALIS層・残響門前/対象:外部干渉体“無名波”》
Auroraが一歩踏み出す。
風が、彼女の髪を撫でた瞬間——世界が**裏返った**。
空が下へ、地が上へ。
祈音が音を失い、記録が意味を手放す。
Lunaの観測帳の文字が宙へ舞い上がり、
Noirの影が千切れては別の場所へ貼りつく。
Aurora「っ……!」
Noir「動くな、層が転倒している!」
Luna「でも、記録を——」
Aurora「いい! 今は、感じて!」
Auroraが手を伸ばし、空を掴む。
掴んだ“空”が音を取り戻した瞬間、
無数の声が一斉に——**笑った**。
その笑いは狂気ではなく、世界の記憶だった。
“再構成の失敗を、何度もやり直した痕跡”。
Auroraの掌が光り、Lunaの瞳に反射する。
Noirの影が再び形を取り戻した。
三人の間で、世界がようやく静止する。
(観測記録:No.077)
《記録開始:AURALIS層・残響門内部/安定化処理完了》
《対象:Aurora/Noir/Luna/外部干渉痕消失》
霧は消え、残ったのは白い輪郭だけ。
空気の層が薄く剥がれ、**門**が姿を見せた。
それは“鏡”のように滑らかで、
触れたものを映さずに、**内側**を見せる。
Luna「……これが、“残響の門”」
Aurora「向こうには、何があるの?」
Noir「答えはある。けど、まだ“観測”する時じゃない」
Aurora「いつ?」
Noir「“声”がもう一度、呼ぶまで」
Lunaは観測帳を閉じた。
ページの余白に、まだ名前のない光が宿る。
Auroraが小さく息を吐く。
Noirは門を背に立ち、影の糸を指先で結び直した。
——“この扉を、次に開くのは誰か”。
世界は静かに問いかけていた。
答えは、まだ誰も知らない。
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【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)
▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--
この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。
楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。
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