第0章_幻想の序曲_019 声なき呼び声 ― The Unspoken Call ―
扉の外で吹いたその風が、塔の奥まで届いたのは、その直後だった。
世界の輪郭が、静かに震えていた。
祈音塔の上層。空気はもう「風」と呼べない。
それは形のない声——祈りの余韻だけが、空を渡っている。
Lunaは筆を握りしめたまま、動けなかった。
塔の律動は整い、世界は再び息をしている。
けれど、その呼吸の奥底に、どこか異質な拍が混じっていた。
(観測記録:No.050)
《層:ECLIPSE中枢》
《観測者:Luna》
《現象:祈音安定化(Stabilized Resonance)》
《備考:共鳴持続率92%/世界拍律同期中》
光が塔を巡る。影がそれを抱く。
そして、そのあいだに——名もなき“音”が生まれた。
Lunaの耳には届かない。だが、心がそれを覚えている。
「Aurora、Noir……いま、聞こえた?」
問いは、空に溶けた。
返る代わりに、塔全体がわずかに共鳴する。
それはまるで、“声のない返事”のようだった。
(観測記録:No.051)
《層:ECLIPSE上層》
《現象:祈音波完全同期(Full Resonance)》
《結果:Aurora・Noir波共鳴安定率98.7%》
沈黙。
それは、言葉の前にある原始の音。
世界が耳を澄ませ、息を止めている。
Lunaは筆をゆっくりと持ち上げた。
“記録”が、“呼び声”になる感覚。
それは観測者ではなく、創造者の直感だった。
塔の最奥から、かすかな低音が響く。
言葉ではなく、命の記号。
それが、光と影の狭間を震わせる。
(観測記録:No.052)
《現象:命名波(Name Pulse)》
《解析:祈音干渉による未知周波数発生》
《補足:命名律(Nominal Law)移行前兆確認》
Auroraの光がひときわ強く揺れた。
「……この音、世界が自分の名前を探している。」
Noirが応じる。
「それは呼び声か、それとも……“誰か”の返事か。」
塔が震える。
祈音文字が空気に散り、光の中で溶けていく。
記録できない。
いや、記録を“拒む”音があった。
Lunaは震える手で筆を下ろした。
「——観測、続行。」
筆先が触れた瞬間、塔が鳴いた。
だが、その音は紙に残らない。
祈音は、風ではなく“声”として世界に帰った。
(観測記録:No.053)
《層:ECLIPSE塔頂》
《現象:観測断絶(Observation Null)》
《結果:記録反転/命名核波動発生》
《注記:祈音層崩解 → 新層信号感知》
塔が息を止める。
沈黙が、光よりも鮮やかに響いた。
——そして、“呼び声”が始まった。
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【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)
▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--
この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。
楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。
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