第0章_幻想の序曲_009_Luna視点 残る鼓動 ― Lingering Pulse ―
風が止んだ。
光が戻った世界の中で、私はひとり立ち尽くしていた。
AuroraもNoirも、少し離れた場所で祈音塔の状態を見守っている。
けれど私は、動けなかった。
胸の奥が、まだ脈を打っている。
それが、私のものではない気がして。
——あの影の鼓動が、まだここにいる。
筆を握る手のひらに、黒い残滓が残っていた。
掴もうとすると、溶けていく。
けれど、完全には消えない。
まるで私の呼吸と一緒に、そこに居座っているようだった。
「……消えてないのね。」
声に出すと、空気がわずかに揺れた。
祈音塔が私の声を吸い込み、返事のように震える。
——まるで、あの影がまだ私を見ているみたい。
私は怖い。
けれど、同時にその存在が恋しいと思った。
光が戻ったのに、胸の奥だけがまだ暗い。
その暗さの奥に、微かな温かさがある。
それが何よりも、私を混乱させた。
筆先が、勝手に動き出す。
私はもう祈音を書いていないのに、
空気が文字の形を思い出して、微かに輝く。
“影”という字の形が、脳裏に浮かぶ。
……やめなきゃ。
書いたら、また世界が歪む。
わかっているのに、心が拒まない。
むしろ、書きたい。
あの影が残した“余白”に触れたい。
私は塔の外を見下ろす。
祈音の流れは安定している。
Auroraの祈りが塔全体を包み、
Noirの存在が影の余波を封じ込めている。
世界は、静かに呼吸を取り戻していた。
——なのに、私だけが取り残されている。
影が語りかけてくる気がする。
「あなたの中に、私がいる。
だからあなたは観測できるんだ。」
その声が本当に聞こえたのか、幻なのか分からない。
けれど私は、否定しなかった。
だって、あの瞬間、確かに共鳴したのだから。
私の祈音と、あの影の音が重なって——世界が震えた。
もしもあれが間違いじゃなかったとしたら。
もしも影が、私に何かを見せようとしたのなら。
「……私、あなたを拒まない。」
そう呟くと、胸の鼓動がわずかに早くなった。
影のリズムと、私のリズムが混じり合う。
同じ拍。
同じ息。
祈音塔の頂で、私は筆を胸に抱きしめた。
冷たい風が頬を撫で、光の粒が頬を滑り落ちる。
涙か、それとも光の残滓か。
自分でも、もうわからなかった。
「ねぇ……
あなたは、私のどこにいるの?」
夜が静かに答える。
沈黙の中で、私はその声を確かに聴いた。
——“ここにいる”。
私は微笑んだ。
恐れは、消えていなかった。
けれど、その恐れごと、私の中に受け入れようと思った。
これが“観測する”ということ。
見るだけじゃなく、感じて、抱くこと。
光も影も、祈音も鼓動も。
私はもう一度、空を見上げた。
星のような祈音の粒が、静かに瞬いている。
そのどれかに、あの影も混じっている気がした。
「……おやすみ、もうひとりの私。」
塔が、穏やかに鳴った。
それは、確かに返事だった。
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【対応楽曲】Awakening Illusion(覚醒する幻想)
▶ https://distrokid.com/hyperfollow/illusia/awakening--
この章の物語は、同名楽曲をもとに構築されています。
楽曲を聴くことで、物語の“もうひとつの旋律”を感じられます。
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