レモネスファンタジー7
「俺はレモウド。レモジャー、クラス・ファースト」
(ん……?)
スイは、この間買った福袋に入っていたゲームをプレイしていた。
そのレモン頭の主人公を、ロイはコーヒーを片手に、ぼんやりと眺めていた。
「きゃ~~!! 神徒羅好カンパニーの、レモファウスよ!!」
画面上の女性が大袈裟に叫ぶ。
「悪者め!! スイが、やっつけてやる!!」
レモファウスという悪役は、星から吸い上げたレモンエネルギーを悪用し、人々を支配していた。
どうやら“レモンを悪用している”という部分が、スイの逆鱗に触れたらしい。
スイはガチャガチャと、雑にコントローラーを操作する。
――中々操作がうまくいかないようで、スイは何度もレモファウスの部下の三下にやられ、
悔しそうにコンテニューを繰り返していた。
「ここ、このっ……!! 立ち上がれ、レモウド!! ヒーローだろっっ?!
レモンを守れ!!」
(よくわからんが……、まぁ。楽しんでくれてるなら、それでいいか――)
特にゲームに詳しくないロイは、カップから立ち上る、ほろ苦い香りを鼻先で受け止めながら、そんなふうに思った。
今日は久しぶりに、完全なオフだ。
カンキツさんのところに掘り出し物を探しに行くのもいい。
新しくオープンした、コーヒーショップにでも行くか?
ロイはそっとカップをテーブルに置いた。
ほのかに温もりの残る陶器を、しばらく無言で見つめる。
スイが居候となってから、ロイの生活は慌ただしさを増していた。
実のところ、今日が初めての、まともな休みだ。
ロイ自身は、完全な仕事人間。
休みがなくても、まったく問題がないタイプだった。
ただ……カンキツに一度、こっぴどく説教をされてからは、少しだけ考え方が変わった。
『暇こそが、人生だ――。いくら忙しくても、隙間を作らないやつはロクでもねえ。
そういうやつは、気づかないうちに、色んなモンを無くしちまうモンさ――』
カンキツのかつての言葉。
やや遠くを見る表情で、彼はロイに投げかけた。
ロイの胸には、その言葉が今も静かに響いていた。
「スイ。ちょっと出かけて来るが、お前も来るか? 喫茶店」
「……なっ。そんなにスイをバカにして――
い、い、今にみてろよっ!!
悪党はっ、スイがっ!! まとめて……成敗してやるっ!!」
スイは画面にかじりついており、ロイの言葉がまるで耳に入ってないようだった。
スイの操作していたレモウドは、うつ伏せで大の字になって倒れていた。
レモファウスは、レモウドの背中にあぐらをかき、画面に向かって中指を立てている。
――とてつもない、プレイヤー煽り演出である。
スイが熱くなるのも、わからんでもない。
(……というか、なんでこんな設計されてるんだ……?)
ロイは疑問に思ったが、すぐに見当がついた。
この執拗なレモン推し設定は、おそらく、あの“レモネスソフト開発”のゲームだろう。
一部マニアに大ウケの、クソゲーを量産している会社。
正直、レモネスタウンの会社というだけで、半分以上の説明はつく。
「あんまり熱くなって、またコントローラー壊すなよ?
安くないんだから、それ」
ロイは少し呆れたように、ため息をつく。
「んじゃ、俺は行ってくるな」
「お土産!」
「は?」
「お土産を買ってきてください。レモン製品がなければ、砂糖でも良いです」
(なんだ、ちゃんと聞いてたんじゃないか)
「喫茶店で砂糖だけ買うやつが、どこにいるんだよ」
「アップルパイとかでいいか?」
「我慢しましょう」
スイは静かに、そして堂々と答えた。
「偉そうだな、おい……」
スイは画面を睨みつけた。
死体煽りをしているNPC・レモファウスに――
何としても一発ぶちかましてやるという、報復の意志を。
ロイは、その小さな背中から感じ取っていた。
たぶん、無理だろうな――。
アップルパイを、少し多めに買ってくるか。
ロイのスイに対するメンタルコントロール術は、すでに達人の域に達していた。
知らず知らずのうち――いつの間にか。
ロイも、博士と同じ。
泥沼ルートにはまっていたのだった。