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旅の始まり

過去を暴く者は異端とされる世界。

考古学、それはエレン半島において「禁忌」。

封印された歴史、隠された真実。

だが、ツァルにとって、それは歩みを止める理由にはならない。




ティアニア暦2472年




街道には酷い悪臭が漂っている。

ここ数日は雨が続いていたらしく、馬糞は乾燥せずに道脇で異臭を放っていた。


ツァル「酷い臭いだな」


御者「そうだろ?最近雨続きで糞が乾かないもんだから臭いが酷くてな」


ツァル「全く、明日は晴れるといいが…」


ツァル「もう雨季の季節か…しばらく太陽の姿を拝めてないな」


エッジワールドでは雨季に入り、連日連夜雨が降り注いでいた。街道は雨水でぬかるみ、車輪の跡は線を描いている。

蹄鉄が路を踏む音で騒がしい街道も、今では雨が水面を叩く音しか聞こえない。


御者「ところで聞いたか?アラビアス川沿いの村で生贄の儀式が行われたらしい」


ツァル「聞いたな」


ツァル「土着信仰だか何だか知らないが…物騒だな」


御者「あぁ。生贄に選ばれた奴も可哀想なもんだ」


御者「年頃の女性が生贄だってな。全く…まだ若くて人生これからだろうに」


ツァル「生贄…ね。この地域には生贄信仰があるのか?」


御者「あぁ、アラビアス信仰だ。何千年も続く古い信仰さ」


御者「やってることはただの集団殺人だがな」


ツァル「…」


ツァル「俺は教徒じゃないからいいが、発言には気をつけた方が身の為だ」


ツァル「誰が聞いてるか分からないからな」


御者「はは、確かに。迂闊だったな」


御者「怒りで冷静さを見失っていた」


ツァル「いや。分かればいいんだ」


ツァル「宗教は腐り切っている。信仰を捨てるのも無理はない」


今時信仰を嫌がる人間は珍しくない。

それもそうだ。都市では教会が政治の実権を握ることも珍しくない。

そして浄化などと大義名分を掲げ、罪なき人々を容赦なく殺し全てを奪っていく。


ツァル「いやな時代になったものだな」


御者「全くだ」


嫌な時代。

緻密で均衡の取れた世界が、徐々に変わりつつある。血で血を洗う時代。

今はそんな時代だろう。


御者「そういえば、あんたどっから来たんだい?」


御者「見慣れない服装だよな」


御者「…それにヘンテコな剣も」


ツァル「そうだな…」


ツァル「遠い遠い異国から来た」


ツァル「誰も知らないような最果ての地から」


御者「へぇ。最果てか」


御者「最果てというと、エルフ神聖国とかシュバルべ共和国辺りか?」


御者「あの辺りはエレン半島の果て。すなわちこの世界の果てだ」


ツァル「ハハハ、『この世界』ね。エレン人は随分と驕ってるらしいな」


実際驕るのも無理はない。エレン半島はこの星で最も人の住む地帯なのだから。


ツァル「もっともっと先さ、エンテラ大森林を抜けた先」


御者「…あんた大森林を抜けてきたのか?」


ツァル「あぁ。でなきゃここに居ない」


御者「嘘はよく無いな。あそこに入ったら二度と出れない」


御者「生きた迷宮さ。あそこは」


ツァル「好きに言え。どちらにせよ俺は遠い遠い場所から来た」


御者「へぇ…こっちには何のようで?」


ツァル「…そうだな」


ツァル「ここには…【エデン】を探しに来た」


御者「エデン?何じゃそりゃ」


ツァル「この世界に残された最後の砦だとか、約束の地とか…希望の地だとか」


ツァル「詳しい事はまだ分かってない」


御者「胡散臭いね。神話と同じ類だ」


ツァル「事実かどうかは俺も分からん」


ツァル「ただ、エデンと古代文明には何らかの関係がある」


ツァル「そこに歴史の闇を紐解く何かが必ずあるはずなんだ」


御者「歴史の闇?」


ツァル「消えた時代さ」


御者「消えた時代…ねぇ」


ツァル「どこの史跡や文献を探してもティアニア暦140年以前について言及された物が見つからないんだ」


ツァル「俺たちは、ティアニア暦140年以前を消えた時代と名付けた」


御者「…名付けたって、あんた何者だ?」


ツァル「そうだな。考古学を生業にしてる」


御者「…」


御者「それを外で公言するのはやめておけ」


御者「この国、というよりこの地域じゃ禁忌だから」


ツァル「…何だって?」


御者「その、なんだ。過去について調べるのはダメなんだ。口に出すのもな」


ツァル「それはエレン半島全域か?」


御者「そう言うわけじゃないが…」


御者「少なくともウィンドヴィラ周辺の国々は禁止されてる」


ツァル「…」


ツァル「…そうか」


不思議に思っていた。大森林を抜けエレン半島に来てからという物、過去の遺跡や遺物といったものを見ていない。

この星において、旧文明の遺跡というのは珍しいものではない。少し探せば必ず見つかるのだ。


だが、なぜかここにはそう言ったものが無い。

なにか理由があるのだろうか。


ツァル「なら言及するのは避けておこう」


御者「あぁ、そうしてくれ」


ツァル「ここが街じゃなくてよかったな」


御者「本当になぁ。危ないところだったな」


御者「ここが街なら衛兵にしょっ引かれてただろうな」


御者は安心したのか、胸をそっと撫で下ろす。

どうやら他意はなく、本心で忠告してくれたらしい。通報される心配はなさそうだ。


ツァル「…全く、予定が狂うな」


御者「はは、まぁ気楽に行けばいいじゃないか」


御者「人生長いのだから」


ツァル「……そうだな」




ーーーウィンドヴィラーーー




ツァル「元気でな」


御者「おうよ、今後とも贔屓にしてくれよ」


ツァル「そうしよう」


御者「それじゃあな」


馬車に揺られる事丸一日。

ウィンドヴィラという城塞都市についた。段々と小さくなっていく馬車を尻目に、街の中心部へと歩き出した。


ツァル「随分と馬車に乗ったなぁ…」


ツァル「全身がいてぇ」


決して快適とは言えない座席と、石畳の街道。

もちろん相性は最悪で全身から骨の音が鳴っている。


ツァル「それにしても…」


ツァル「随分と発展してるな」


メインストリートには四五階建ての建物が軒を連ねる。街の中心部へと繋がる道の先には天まで届く尖塔が鎮座していた。


ツァル「おぉっと」


ツァル「かっぺと思われるのは癪だな。さっさと行くか」


ロータリーの馬車発着場では、身なりの悪い者たちが空を仰ぎ、それぞれの行く先へと歩き出していた。一方、街を行く白シャツの人々は、それとは対照的にうつむきながら足を運んでいた。


ツァル「まずは…腹ごしらえだ」


ツァル「保存食はもう飽き飽きだ」




ーーー酒場ーーー




ツァル「なるほど、古風な造りだな」


重厚な木製のドアを押し開けると、金属の鐘が低く鈍い音を響かせた。鈍色の視線が一斉にこちらを向き、興味を失うとすぐに談笑と酒の渦に戻っていく。空気は濃厚な酒精の匂いと煮込み料理の湯気で満たされていた。


ツァル「…席は空いてるか?」


看板娘「どこでもどうぞ」


ツァル「助かる」


手早く空いた席を見つけ、深く腰を下ろす。椅子の脚が軋んだ音が耳に残った。


ツァル「へぇ、メニューがあるのか」


ツァル「羊皮紙だ…随分と金持ちだな」


彼の指が粗い羊皮紙のメニューに触れる。文字は達者とは言えず、それでも異常に丁寧な筆跡で品目と値段が並んでいた。


ツァル「おぉ壮観だな」


ツァル「イノシシの肉に…ライ麦のパン。中央大陸の森が近いとあって、ジビエ料理が多いわけか」


目を走らせながら、周囲の様子もつぶさに観察する。客たちは楽しげに談笑しながら肉の皿を囲んでいる。思ったよりも余裕のある国だ。


ツァル「肉料理…そんなに食えるものでもあるまい」


ツァル「裕福な国なのか」


ツァル「…おーい、注文いいか!」


看板娘「はーい、すぐ行く!」


小柄な看板娘が慌ただしく近づくと、くすんだエプロンの端を持ち上げた。


看板娘「何にする?」


ツァル「イノシシの煮込みとライ麦パン…それからグロッグを」


看板娘「了解。ちょっと待っててね」


注文を告げると、娘は厨房へと姿を消した。その背を見送る間、再び視線が周囲を巡る。

質の良い絹、銀の刺繍。白シャツまで。


ツァル「…嫌な予感がしてきた」


ツァル「勘弁してくれ」


白い服は富裕層の証だ。汗や汚れを嫌う労働者が袖を通す代物ではない。金持ちがこれ見よがしに羽織る象徴だ。


ツァル「こんな場所に来たのが間違いだったか?」


ツァル「大衆酒場だと思ったんだが…」


一瞬、手元の財布が重さを失う感覚がした。

ただでさえ軽い財布なんだ。勘弁してくれ。


ツァル「…足りるよな」


心細い感触が不安をさらに煽る。

メニューに目を戻す。イノシシ肉の煮込み、ライ麦パン、グロッグ一杯で…


ツァル「2000ギター…」


ツァル「危ねぇ!ギリギリ払えるわ」


ツァル「にしても高過ぎるだろ…」


ツァル「明日の昼飯は水とパンで我慢するかな…」


虚しさが背中に重くのしかかる。自嘲気味に笑い、空を仰いだ。


ツァル「ったく…毎日うまいもん食えたら最高なんだがなぁ」


ツァル「金持ちになりてぇ…」


いつか、必ずなってやる。

そう思った瞬間、ふと鼻をくすぐる香りが漂ってきた。まるで空気を割るように鮮烈に。


看板娘「お待たせ!」


銅の皿に載せられた煮込み肉とパンが音を立てて卓に置かれる。


ツァル「…うお」


思わず息を飲んだ。

イノシシ肉は粗野な香りを放ちながらも、湯気の奥に秘めた力強い旨味を感じさせる。塩気だけの味付けに噛み締めた時、歯を押し返す抵抗が心地よい。


ツァル「…これだよ」


ツァル「いいじゃないか…!」


口の端に肉汁を感じながら、パンを引きちぎる。


ツァル「こいつも悪くない…!」


乾燥した風味と焼きたての温もりが舌に広がる。これが今夜の食事だ——生きている実感をかみしめる瞬間だ。


幸福が喉を抜けた時、鐘の音が再び鳴り響いた。


扉が開き、冷気が流れ込む。


ツァル「…」


視線を上げると、フードを目深に被った影が立ち尽くしていた。


ツァル「…」


知らない顔だ。だが、その男は静かに動き、まっすぐこちらへ近づいてきた。


隣に立った時、ツァルは手を止めた。


「一緒してもいい?」


ツァル「構わないが…」


「そう」


そう言うと男は対面の座席に腰掛けた。


ツァル「…たく」


ツァル「…」


俺は男が注文中も気にかけず、黙って飯を食らっていた。


「全く、汚い食べ方をする人ね」


「もっと上品に食べれないの?」


ツァル「嫌ならどっか行け」


「もう…愛想がないなぁ」


ツァル「お互い様だろ」


「…」


居心地が悪い。男はジッとこちらを見つめている。腹が立ってきた。グロッグをもう一杯頼むことにした。


ツァル「おーい!グロッグを一杯!!」


看板娘「はーい」


「グロッグ?珍しいね」


ツァル「珍しい?」


「この辺りじゃあエールが定番よ。ラム酒…ましてはグロッグなんて頼む人は見た事ない」


ツァル「そうかよ。俺はラム酒以外の酒は知らない」


「嘘でしょ?」


ツァル「いや…?工業用エタノールなら知ってたな。俺の地元じゃあたまに飲んでる奴がいた」


「はぁ?死ぬわよ。そんなもの飲んだら」


ツァル「あぁ。酔い潰れたまま起きてこなかったな」


「イかれてる」


ツァル「逝っちまったからな」


「上手いこと言うわね」


ツァル「別に上手くないさ」


「にしても君…この辺り出身じゃ無いのね」


ツァル「あぁ」


「気になるな。どこ?」


ツァル「どうせ信じない」


「…言ってみなって」


ツァル「シェナ砂漠だ」


「…予想外ね」


「北人だったとは思いもしなかった」


ツァル「悪いか?」


「いや?最高に面白い」


ツァル「で?お前はどこなんだよ」


ツァル「当ててやろうか。シュバルべ共和国だろ」


「エルフ神聖国」


ツァル「…」


ツァル「エルフ神聖国だって?」


「えぇ」


ツァル「お前エルフって…人間にしか見えないが…」


「これで分かる?」


男がそう言ってフードを下ろす。すると美しく鋭利な耳が飛び出した…

が、それ以上に印象的だったのはその長髪と女性的な顔立ちだ。


ツァル「…なんだ。お前イケメンだな」


ツァル「整った顔立ちだ。美男ってよりか美女って所だな」


そう言って笑い飛ばしながらグロッグを飲もうとする。ジョッキをグイッと上げ、口を開ける。


「そりゃそうよ。私女だからね」


ツァル「…っ!?ッ!!」


ツァル「ゴホッ!ゴホッ!!」


「本気で男だと思ってた訳?」


ツァル「…驚かせるなよ!」


ツァル「男だと思ってた!」


驚きで咽せる。少量のグロッグは気道に入り込んだかもしれない。


「驚かせたつもりなんて無かったんだけど…」


「第一こんな口調の男いる訳ないでしょ!」


ツァル「いや、オカマだっているだろ」


「オカマ?そこと同列に見られてたの?」


「流石にムカつく」


機嫌が悪そうだ。女心と言うのはよく分からないが、なにか気に触ることを言ってしまったらしい。


ツァル「悪かったよ…」


ツァル「奢ってやるから許せよ」


「しょうがないわね」


どうやら許してくれたようだ。

現金なやつで助かった。


ツァル「たく…感情の急勾配で風邪ひきそうだ」


「で、君。名前は?」


ツァル「名前?何でいきなり…」


「いいから」


ツァル「ツァル・ノートだ」


ツァル「ツァルでいい」


「ここらじゃ聞かない名前だね」


ツァル「だろうな」


ツァル「で?お前の名前は?」


「ヴェーラ・シヴリス。ヴェーラと呼んで」


ツァル「へぇ、ヴェーラね…」


ツァル「カッケェ名前だな」


ヴェーラ「女にカッコイイってどうなの?」


ツァル「俺なりの褒め言葉だよ。悪いが女心なんて俺は知らない」


ヴェーラ「らしいわね」


ツァル「煽て貰いたいなら、他を当たるんだな」


ヴェーラ「そうしましょうか」


そう言うと女はジョッキに残ったエールを飲み干した。黙ってる時間が少し苦痛だったので、俺もグロッグを飲み干す。


ツァル「で…本題に入ろうか」


ヴェーラ「へぇ…」


ツァル「何の要件も無しに近づいたんじゃないよな」


ツァル「ただの他人に対しちゃあ、馴れ馴れしい」


ヴェーラ「…」


ヴェーラはこっちを舐め回すように見つめる。靴から頭頂に至るまでじっくりと。


ヴェーラ「話が早いね。パーティーを組みたいと思ってた」


ツァル「へぇ。俺じゃなきゃダメか?」


ヴェーラ「…えぇ。私はここで問題事を起こしすぎた」


ヴェーラ「どの冒険者にもパーティーを断られてね」


ツァル「おいおい、訳あり物件じゃねぇかよ」


ヴェーラ「なに。どこのメンバーとも上手くいかなかっただけよ」


ヴェーラ「こんな性格なもので」


ツァル「納得だな」


ツァル「だが…どうしてそこまでパーティーを組みたがる?」


ツァル「エルフは本来群れることを嫌う筈だ」


ヴェーラ「…」


ヴェーラは真剣に考え込んでいるようだ。どこかその目は虚で、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。


ツァル「…っ」


まるで深海でも見てるかのような気分だ。明るい口調とは裏腹にこの女の素性は計り知れない。


ヴェーラ「…そうね。信頼できる仲間が欲しいから」


ツァル「…へぇ。思ってるより普通だな」


正直、こんな奴とパーティを組むのは不安材料が多すぎる。

が、またとない機会だ。俺の「目的」を果たすにも良い働きをしてくれるかもしれない。


ヴェーラ「で?どうなの」


ツァル「…」


ツァル「…そうだな」


ツァル「早速明日から仕事始めだ」


ヴェーラ「最高」


ツァル「パーティー結成だな?」


ヴェーラ「えぇ、これからよろしく」


ツァル「よろしくな」


ツァル「…よし景気付けにいこうぜ」


ヴェーラ「いいわね」


ツァル「おーい!グロッグ二杯もらえるか!?」


看板娘「はいよー!」


ヴェーラ「…私ラム酒苦手なんだけど」


ツァル「付き合えよ」


ヴェーラ「…私も人のこと言えないけど、あなたモテないでしょ」


ツァル「はん。モテて飯が食えるなら幾らでもモテる努力してやるよ」


ヴェーラ「モテなそう…」


ツァル「だな」


そう談笑してる内に二杯のグロッグが運ばれる。卓に載せられた一杯のグロッグを掴む。


ツァル「幕開けに」


ヴェーラ「幕開けに」


ツァル&ヴェーラ「乾杯!」


ツァル「くぅー!これだな」


ヴェーラ「…ラム酒じゃだめ?」


ツァル「そんな高価なもん飲めるかよ」


ヴェーラ「もう…」


ヴェーラ「まぁ、思ってるより悪くないわ」


ツァル「こっちのグロッグは特別美味いな」


ヴェーラ「へぇ。そっちのグロッグはどうなの?」


ツァル「一杯飲めば一発で酔える。上等なアルコールじゃないからな」


ツァル「あんまり質が悪い奴だと死ぬ」


ヴェーラ「大変そうだね」


ツァル「あぁ。だから抜け出してきた」


ヴェーラ「…」


ヴェーラ「…故郷が恋しくならない?」


ツァル「もう2年になるが、恋しいなんて思わない」


ツァル「目的達成までは俺は帰らないと決めた」


ヴェーラ「目的?」


ツァル「そうだな…」


ツァル「これから仲間になるんだ、腹の内を話しとこう」


ヴェーラ「…そうね」


本心を明かすのには多少なりともリスクが存在する。本心とは時に弱点となりうる。信頼に足りない相手に本来は話すことでは無いだろう。

が、それでも俺は話す事にした。少しこいつを信じてみようと思ったからだ。


ツァル「聞いて驚くなよ?」


ツァル「俺は…考古学者だ。古代文明の謎を追って、ここに来た」


ヴェーラ「考古学者…ここでそんなことを口にするなんて勇気があるわね」


ヴェーラ「どれだけの命がその探究心のせいで消えたか、知ってるの?」


ツァル「いや知らない。なにせ俺はこの辺りの生まれじゃ無いからな」


ツァル「だが…俺達は真実を知らないまま、教会と腐った国家の作った歴史に縛られている。それを変えなきゃ未来はない」


ツァル「俺達には『知る権利』があるんだよ」


ヴェーラ「口先だけではなさそうね」


ツァル「褒め言葉か?」


ヴェーラ「えぇ」


ヴェーラ「じゃあ、今度は私の番かしら?」


ツァル「無理に話そうとしなくていいぞ」


ヴェーラ「フェアじゃ無いのは嫌いなの」


ヴェーラ「そうね、私は…」


ヴェーラ「…復讐者よ」


ツァル「復讐者?」


ヴェーラ「そう」


ヴェーラは口元にグロッグを運び、一瞬の沈黙の後、ゆっくりと飲み干した。その動作には抑えきれない苦々しさが滲んでいた。


ヴェーラ「私の故郷、エルフ神聖国。あそこは誇り高い歴史と伝統を持つ…けれど、その裏には見えない醜さが渦巻いている」


ヴェーラ「古き血を尊び、純潔を崇め…『穢れた血』を持つ者は存在そのものを否定される」


ツァル「穢れた血…?」


ヴェーラ「忌血のことよ。私の血は伝統に反するとされる。それだけで家族からも国からも切り捨てられたわ」


ツァル「…家族からもか?」


ヴェーラの瞳が鋭く細められる。青い瞳の奥に宿る冷ややかな光が、抑えがたい怒りと憎しみの深さを語っていた。


ヴェーラ「家族なんて言葉は、もはや空虚に響くだけ。私にとって…あの血の繋がりは呪いに等しい」


ツァル「それで復讐を?」


ヴェーラ「そう。血統、伝統、家名…それらに囚われ、人を切り捨てる残酷な世界を私は壊す」


ヴェーラ「復讐の対象は…国そのものよ」


ツァルはその言葉を咀嚼しながら、視線を逸らさずに応じた。


ツァル「でかい相手だな」


ヴェーラ「そうね。だけど、諦めるつもりはない。私は私の手であの腐った神聖国を地に引きずり下ろす」


ツァル「お前、本気だな…」


ヴェーラは微かに微笑んだ。その笑みは冷ややかでありながら、どこか決然とした美しさを持っていた。


ヴェーラ「本気よ。だからこそ、あなたに手を貸してあげる」


ツァル「貸してあげる?ずいぶん上からだな」


ヴェーラ「事実を言ったまでよ」


ツァルは吹き出し、苦笑いを浮かべた。


ツァル「なるほどな。お前の言葉は嘘じゃない」


ツァル「腹の中が透けて見えるくらいには真っ直ぐだ。ここらの奴にしては珍しい」


ヴェーラ「褒め言葉として受け取っておくわ」


再び杯が掲げられ、今度は少しだけ軽い響きで二人の言葉が交わる。


ツァル「…幕開けに」


ヴェーラ「幕開けに」


ツァル&ヴェーラ「乾杯!」




ーーー朝ーーー




ツァル「…」


ツァル「…あん?」


鼻を刺す刺激臭で目が醒める。随分と寝心地の悪いベットだ。朝日が眩しい。


ツァル「俺いつの間に寝て……」


ツァル「…おいおい」


ツァル「ヴェーラ、起きろ」


ツァル「ヴェーラ!」


ヴェーラ「…うるさい」


ヴェーラは眠そうに目を擦る。辺りを見回すとめをかっぴらいた。


ヴェーラ「ここどこ!?」


ツァル「裏通り、ゴミ捨て場だ」


ヴェーラ「えぇ…どんな所で寝てんのよ」


ツァル「たく…酔ってて覚えてないが大分やらかしてるな」


ツァル「財布がねぇ」


ヴェーラ「…」


ヴェーラ「私は大丈夫そう」


ツァル「俺だけかよ…」


ヴェーラ「日頃の行いね」


ツァル「うるさい…酔って騒いで店を追い出されたところを誰かにスられたって所だな」


ヴェーラ「酒は飲むもんじゃない…」


ツァル「飲みすぎたな」


最悪の目覚めだ。どこか懐かしさを覚えるくらいの。まぁ、幸いにも今日はいい天気だ。それで手を打つとしよう。


ツァル「さて、さっさと仕事に行くぞ」


ツァル「幸いにも。仕事道具は盗まれなかった」


背中にくくりつけた剣を指差す。


ヴェーラ「私もだ。弓も無事だった。良かったぁ」


ツァル「おい、ゆっくりしてられないぞ」


ヴェーラ「でどうするの?」


ツァル「冒険者ギルドに行く。話はそれからだ」


ヴェーラ「おーけー」




ーーーメインストリートーーー




ツァル「…」


ツァル「おぉ」


ツァル「あっちも凄いな」


露店にならぶ輝く宝石やガラスのショーケースは煌びやかな街の様相を呈している。

街中には手を繋ぐ男女や、ドレスを纏った人々。貧困とは程遠い街だ。


ヴェーラ「どうしたの?」


ツァル「いや、随分と裕福な街だと思って」


ヴェーラ「当然ね」


ツァル「当然?」


ヴェーラ「農民はこの街に住めない。ここに居るのは商人や職人。金持ちな奴らだけ」


ツァル「農民のいない街?飯はどうしてるんだ」


ヴェーラ「城壁の外に耕作地がある。農民はそこで暮らしてる」


ヴェーラ「ここの街の連中は食料と引き換えにちっぽけな量の金だけ農民に渡しておしまいだよ」


ツァル「ひでぇな。なんで農民はやり返さないんだ?」


ヴェーラ「首に剣を当てられても同じ事が言える?」


ツァル「言えない」


ヴェーラ「そう。逆らった所でバッドエンドよ」


ツァル「たく。こういう嫌な所は世界広しと言えど共通らしいな」


ヴェーラ「だな」


しばらく駄弁っていると、いつのまにか冒険者ギルドに着いていた。


ツァル「でっけぇ…上が見えねぇぞ」


ヴェーラ「何階建てなんだろうね?」


ツァル「分かんねぇ」


そびえ立つ白い尖塔。その頂はかすか上空にある。金銀で装飾されたその塔は、この街でも一際目立っている。


ヴェーラ「さて、ご開帳」


ツァル「おぉ」


ツァル「流石に広いな」


ヴェーラ「こんだけ広いと持て余してそう」


ツァル「だな」


併設されたバーには傷だらけの男や、魔女帽を被った女性。多種多様な冒険者が朝っぱらから飲んでいた。


広大なメインホールの先に、受付カウンターが見える。ズラッと並んだカウンターは壮観だ。


ツァル「そう言えば、ヴェーラはギルドカード持ってるか?」


ヴェーラ「もちろん」


ツァル「おーけー。問題無しだ」


カウンターに向かう。受付嬢は俺に気がついたようで軽く会釈した。


ツァル「よう」


受付「ようこそ冒険者ギルド、ウィンドヴィラ支部へ」


受付「本日はどういったご用でしょうか?」


マニュアル通りの対応だ。非常に丁寧な仕事という印象だな。


ツァル「依頼をこなしたい」


受付「それでは、ギルドカードの提示をお願いします」


ツァル「ほらよ」


ヴェーラ「…」


ヴェーラは無言で渡した。


受付「……確認しました」


受付「本日の二人用の任務はこちらです」


ツァル「へぇ…」


受付の開いた本には様々な依頼が掲示してあった。討伐から救助、薬草採取と汚れ仕事に街の清掃。決めかねるな。


ツァル「ヴェーラ。どうする?」


ヴェーラ「討伐なんてどう?手取り早くていい」


ツァル「いいね。それにしよう。討伐に厳選できるか?」


受付「はい」


ヴェーラ「こいつがいいね」


ツァル「フォレストウルフの討伐…」


依頼書にはフォレストウルフの三匹の討伐。と書かれていた。報酬金は3万ギターで、死骸はこっちの自由にしていい。中々悪くないだろう。


ツァル「旨味だな」


ヴェーラ「でしょ?」


ツァル「ランクはCランクか」


ヴェーラ「私はAランク」


ツァル「俺はCだ。うん、実力の方も大丈夫そうだな」


受付「これに決定しますか?」


ツァル「あぁ」


受付「かしこまりました。依頼No.121267、本日より有効です」


受付「一週間以内に討伐証明ができない場合罰則があるので留意してください」


ツァル「問題ない」


受付「それではご武運を」


ツァル「おうよ」


ツァル「ヴェーラ、行くぞ…」


ツァル「ヴェーラ?」


さっきまで隣に居たが、いつの間にかに姿を消していた。辺りを見回すと、粗暴な連中に絡まれてるヴェーラを見つけた。


ツァル「たく…」


ツァル「…」


威勢の良い男「おい!てめぇ…ヴェーラじゃねぇか」


ヴェーラ「誰?」


威勢の良い男「グレッグだよ!てめぇ忘れるとは大した度胸じゃねぇーか…命知らずな奴だな」


取り巻きの女「ねぇ…あんた何のつもりでここ来てんの?」


ヴェーラ「あんたも誰よ?」


態度のでかい女「ムカつく…!なんなのよコイツ!グレッグやっちゃってよ!」


グレッグ「まぁ待てよレイラ。好きに殴らせてやるが…それはまだ先だ」


レイラ「…っ!ふん!」


ヴェーラ「で、何の用?」


グロッグ「金だ」


グレッグの目がギラリと光る。

銀行の連中じゃねぇんだからよ…


グレッグ「お前と組んだ時のパーティー料金を取り立てに来た」


レイラ「一日100万ギターで丁度二週間、それが二人分で2400万ギターよ!!!払えないなんて言わせないわよ」


ツァル「(…計算間違えてるな)」


グレッグ「払えねぇなら…どうなるか分かってるよな?」


そう男が言うと、背負っている斧を見せつける。あれほどの巨躯から繰り出される一撃は喰らったらタダでは済まなそうだ。


ヴェーラ「計算間違えてるわよ。2800万ギターだと思うけど?」


ヴェーラ「バカが二人集まっても所詮は馬鹿ね」


火に油を注ぐとはまさにこの事だ。それに黙ってれば400万ギター分節約できたと言うのに。


グレッグ「てめぇっ!!!」


レイラ「キーーッ!!!」


グレッグ「処刑だ!!覚悟しろ!!」


グレッグが斧を抜いた。流石にこれはマズイ。受付嬢に目線を送る。俺が剣に手をかけると受付嬢は黙って頷いた。


ヴェーラ「…」


ヴェーラもこっちに視線を送る。

お互い準備万端といった所だ。


ツァル「おい待てよ、グロッグ」


口が滑った。やべぇ。


グレッグ「グレッグだ!!グロッグじゃねぇ!!?」


ツァル「どっちも同じだろ?図体の癖に細かい奴だな」


場は完全に煮えたぎる。


グレッグ「ぶっ殺す!!!!!!!」


ツァル「(火消し大失敗。こうなったら自衛の一手だな)」


レイラ「何よこいつ!?何よ!!!!!!!」


レイラ「グレッグ!!やっちゃってよ!!」


グレッグ「ぜってぇ許さねぇ!!」


グレッグ「殺す!!」


ツァル「殺す??おいおい、冗談は身体だけにしとけよ、鳩胸野郎」


ツァル「殺されるのはどっちだよ?」


俺は挑発する事にした。


受付「あわわわわわ」


ツァル「うん?」


受付嬢が慌てている。小声で何か言ってるようだ。剣に手をかけた際、頷いたから戦っても良いと判断したんだが…もしかして本当はダメだった?


受付「やばい…どうしよ〜!」


受付「グレッグってAランクだよ…!何とかしないとツァルさんが死んじゃう!!」


慌てふためいている受付を尻目に、俺はグレッグと対峙する。流石にでかいな。


ツァル「まぁいいか」


グレッグ「こんのっ!!!死ねぇぇぇ!!!」


ツァル「…っ」


グレッグの振り下ろした斧は衝撃波を放ち、地面を大きく抉った。これはヤバい…当たったら骨も残らないだろう。


ツァル「(あんなの食らったら…)」


だが、一歩も引かない。

当たらなきゃ大した事はない。


ツァル「どうって事ねぇよ」


レイラ「ふざけんじゃないわよ!!!私もいるんだからっ!!」


ツァル「!?しまった!!!」


不意を突かれる形で、彼女が短剣を振りかざし突進してきた。

俺の読みは甘かった!


ツァル「クソッ…!」


だがその瞬間ーー。


レイラ「!??」


レイラの右腕が宙に浮くように跳ねる。

風穴が空いたかのように血が噴き出し、彼女は地面に崩れ落ちた。


ツァル「何が…?」


ヴェーラ「その言葉、そっくりそのまま返すわ。私もいるのよ?」


ヴェーラが冷ややかな目で笑う。

その手には淡い青白い光が残っていた――魔力だ。


ツァル「助かったぜ」


グレッグ「てめぇぇぇ!!!!!」


居斧が横薙ぎに迫る。流石巨体の一撃。重く、遅い一撃だ。だが威力は計り知れない。


ツァル「見える…ここだっ!!」


剣を構え、懐に入り込む。


ツァル「ーーッ!」


ツァル「ーー断鉄ッ!!!」


剣筋が肉を裂き、手応えとともに巨体が揺らぐ。グレッグの斧は振り下ろした己の腕ごと切り裂かれていた。


グレッグ「ッ!!ッ!?」


ツァル「…一刀両断」


グレッグの強大な力は自身に牙を向いた。

剣を肉に振れば肉が切れる。肉を剣に振れば肉が切れる。俺は奴の破壊力を味方につけた。


グレッグ「あぁっ!!!いでぇぇぇ!!!いでぇよ!!!!」


グレッグ「ぬぅぅうっ!!!」


レイラ「痛い痛い痛い痛い痛いいぃぃぃっ!!」


ツァル「阿鼻叫喚とはまさにこの事だな」


ツァル「おいグレッグ、落とした物だ」


グレッグの落ちた腕を指差しながら冗談めかして言ってやる。


ヴェーラ「あんた容赦ないわね」


ツァル「お互い様だろ?」


ヴェーラ「言えてる」


ツァル「にしても……」


ヴェーラ「…うん」


ツァル「これって…ヤバい?」


ヴェーラ「………うん」


気がつくと周りには警護や救助班、黒いスーツでばっちり決めた怖い人達が居た。


ツァル「…」


「ツァル・ノート、ヴェーラ・シヴリス話がある。20階まで来い」


ツァル&ヴェーラ「終わった……」




ーーー執務室ーーー




部屋の空気が重い。

沈黙の中、ツァルとヴェーラは居心地悪そうに視線を交わす。

高揚感はとうに消え去り、胃がきしむほどの緊張が二人を支配していた。


ギルドマスター「やってくれたな」


その声は静かだが、怒りの刃のように鋭い。


ツァル「……(まずいな…これは詰んだかもな)」


ヴェーラ「…」


ギルドマスター「Aランクの冒険者が二人、あの怪我では復帰不能だ。ギルドにとってどれほどの損失か、分かっているのか?」


言葉は冷たい氷塊のように、じわじわと心臓を冷やす。ヴェーラの顔からは血の気が引き、今や雪のように白い。


ギルドマスター「本来なら永久追放だ。――だが、今回は事情もある」


ギルドマスター「グレッグにも非はあった。とはいえ、君たちの責任も免れん」


ギルドマスター「特に…ツァル」


名前を呼ばれる。

その一瞬に思考が瞬く間に巡り、彼は選択を済ませていた。


ツァル「申し訳ありません。私の不徳の致すところです」


深々と頭を下げる。声は低く穏やかだが、その言葉には隙がない。


ギルドマスター「…全くだ」


静かに嘆息し、ギルドマスターは椅子の背に寄りかかった。

その目は冷徹にツァルを見据えたまま。


ギルドマスター「今回の処分は軽いものとする。プレナ村への緊急派遣だ」


ギルドマスター「新たに形成されたダンジョンの攻略と村の防衛。君たちが成功させるのだ」


ツァルの眉がわずかに動く。


ツァル「ダンジョン攻略、ですか?」


ギルドマスター「ああ。ダンジョンコアまでの経路を図面に起こし、それを持ち帰れ。成功すれば…今回の件は水に流してやる」


一瞬の間。

部屋に張り詰める静寂の中で、ヴェーラが先に口を開いた。


ヴェーラ「……承知しました。ありがたく引き受けさせていただきます」


その言葉に、彼女の決意が滲む。だが手の震えまでは止められなかった。


ギルドマスター「当然だ。だが忘れるな」


ギルドマスター「失敗すれば永久追放だ」


ヴェーラは小さく息を飲み込み、静かにうなずく。その様子を横目に、ツァルは唇の端をわずかに引き上げた。


ツァル「(コンテニューって訳か。)」


ギルドマスター「下がれ」


ツァルとヴェーラは一礼し、部屋を後にした。

扉が閉まる瞬間、ツァルは最後に一度だけ冷徹な視線を感じた。




ーーーターミナルーーー




ヴェーラ「まったく…厄介なことになったわね」


ツァル「さっきのフォレストウルフの依頼。きっぱり断っといたぞ」


ヴェーラ「ありがとう。違約金は?」


ツァル「一万ギター。新調した財布の中はもはや無限の虚空だ」


ヴェーラ「なら私の二万ギターが頼みの綱ね」


ツァル「プレナ村までは届くな」


ヴェーラ「ただし、宿代はない」


ツァル「行って野宿、まさに浪漫だな」


ヴェーラ「野宿に夢見すぎよ…」


ツァル「たく…何の因果でこんな目に…」


ヴェーラ「ついてないわね」


ツァル「ほんと、呪われてるとしか思えねぇ」


ヴェーラが顔をしかめたその瞬間


ヴェーラ「……って、馬車!!避けて!」


ツァル「はぁーーっ!?」


水たまりに突っ込んだ馬車が泥水を派手に跳ね上げ、二人は盛大に水浸しになった。


ツァル「クソッ…!」


ヴェーラ「もう最悪…」


二人はしばらく無言で立ち尽くす。

服から滴る水が冷えた空気をさらに刺々しくした。


ツァル「付いてない。ほんとに付いてねぇ」


ヴェーラ「これ以上、下はない…よね?」


その言葉に確信はなく、むしろ悲壮感が滲んでいた。




ーーー数分後ーーー




遠くから馬車が見える。ツァルは片手をあげた。


ツァル「来たぞ」


ヴェーラ「さっき来てれば泥水まみれにならずに済んだのにね」


ツァル「俺たちの運命はいつも寸分遅れるんだよ」


御者「プレナ村まで一人一万ギターだ」


ヴェーラが顰めっ面で懐から金を取り出して差し出す。歯軋りの音が聞こえる。


ヴェーラ「ほら…丁度よ…」


ツァル「…俺たちの財産、いま消えたな」


馬車に乗り込む。乗合馬車の木の座席はやはり硬く、よく揺れる。

疲れを癒すにはほど遠い。


ヴェーラ「ねえ、プレナ村までどれくらいかかるの?」


御者「二日だ」


ヴェーラ「……うっそ」


ツァル「飯どうする?」


ヴェーラ「どうするも何も。現地調達一択でしょう」


ツァル「任せろ。俺のサバイバルスキル、なめんな」


ヴェーラ「それが一番不安なのよ…」


ツァルは軽口を叩きながらも、思考の海に沈み込んだ。

財産は尽き、未来は不透明。それでも、希望のかけらはある。


ツァル「(未踏破のダンジョンには宝が眠っている。大きなリスクだが、リターンもまた莫大だ)」


ツァル「(考古学者として、旧文明の遺物が見つかる可能性は…)」


ヴェーラ「ねぇ、ツァル」


ツァル「ん?」


ヴェーラ「これはむしろ好機じゃない? 未踏破のダンジョン…金になるに決まってるわ」


ツァル「まったく同感だ」


ヴェーラ「大儲けして、これからの軍資金にするのよ」


ツァル「それと…大声じゃ言えないが」


ヴェーラ「なに?」


ツァル「俺の研究、手伝ってくれないか。ダンジョンと旧文明の繋がりを明らかにできれば、とんでもない発見になる」


ヴェーラ「ふふ。目標が同じなら話が早いわね」


ツァル「ああ。ここからが新章だ」


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