モンスターパニック
『いやあああああああああああああああああ!!!』
真っ二つになったリーダーが地面に叩きつけられる音を聞き、我に返った部隊の面々は瞬く間に全員パニックに陥いる。
「リーダーがやられたぞ!」「どうするんだ!」
「逃げろ!逃げるんだ!」「救助だ!直ぐ救助を要請しろ!」
「撃て!奴をこっちに近づけるな!」
乱射される銃、逃げ惑うメンバー。
私も頭が真っ白でどうすればいいかわからず、そんな混乱する私達を眺めていた異形は、ゆっくりこちらへ歩き出すと、奴はまず車両に乗り逃げようとしているメンバーに目標に定めたらしく、異形は彼らに向かって高く跳躍すると、その巨体で車両ごと中にいた全員を押し潰してしまった。
爆発する車両、どんどん悪い方へ転がる事態、誰もがパニックでまともな判断ができていない。
どうする、どうすれば・・・
「全員落ち着けぇ! 陣形を整えて奴を抑えろぉ!」
混乱の中、突如先輩の1人が大声で叫び、その声を聞いた部隊の面々はハッとして咄嗟に陣形を整えようと動き、私もそれに倣って駆けだそうとしたのだが
「マヒル、エリー!おまえらはこっちだ」
先輩が名指しでこちらを呼び止めたため、私達はすぐに彼の下へ駆け寄って行く。
「来たな、いいかよく聞け。ここから200mほど東に古い避難用のシェルターがある。事前の調べが正しければそこの設備はまだ生きてるはずだ。前らはそこの魔核が詰まったバッグを持って今すぐシェルターの障壁を起動しに向かえ、わかったな」
先輩はそう言うと魔核の詰まったバッグに目線を移し、それを顎で指し示しす。
避難用のシェルター・・・それなら確かに障壁の起動装置も付いてるだろうけど、私達2人で準備ってことは他のメンバーは・・・
「先輩達はどうするの!?」
「障壁の準備ができるまで誰かがあいつを抑えとかなきゃいけねえ。なら実践経験の多い俺達が足止めでお前らペーペーが起動準備、それが一番効率的だ」
「でも!」
「時間がねえ!うだうだ言ってねえでさっさと行け!」
「マヒル・・・行こう」
先輩にそう一喝されてしまい歯を食いしばった私は、一瞬の葛藤の後黙って魔核が詰まったカバンを手に取ると、そのままシェルターに向かって一目散に走りだす。
そして後ろから聞こえる「準備できたら合図忘れんなよ!」の声を背中に、必死に走ってシェルター内部へと駈け込んで行くと・・・
施設の中は長年使われてなかったせいか、あちこち錆びて埃だらけな様子だったが、先輩が話していた通り設備自体は生きてるようで、障壁の発生装置も魔核を投入すれば問題なく起動することができた。
「よかった、これなら問題なく使えそう」
準備を終え安堵した私は「早く先輩に知らせないと」と思い、魔力で簡易的な信号弾を生成し急ぎ空に向かってそれを発射。
その後は瞬きひとつせず外の様子を伺っていたが・・・
その時、先輩たちがいた場所で突如大きな爆発と巨大な火柱が上がり、驚きつつも目を反らさず爆発の方を注視すれば、煙の中から皆が走ってくる姿が見え彼らはそのまま全速力でシェルターまで駆け込み、最後尾にいた先輩が中に入ったと同時に
「閉じろぉ!」
彼は大声でそう叫び、私はすぐさま障壁の起動スイッチを力いっぱい指で押し込む。
そして設備が稼働した瞬間、薄い青色の障壁がシェルター全域を素早く覆いつくして行き、建物と外界が遮断される正にそのタイミングで、あの黒い異形が勢いよくこちらへ突っ込んで来るが、間一髪で障壁は展開を終え異形を弾き返すことに成功する。
行く手を遮られた異形は、しばらく黙ってこちらを見つめていたが、やがて諦めたのかゆっくりと踵を返し来た方向を戻って行った。
「諦めた?」
「はぁはぁ・・・だといいんだがな」
「って!よく見たら全身傷だらけだよ!先輩!」
「ああ、奴の隙を作るため至近距離で魔核を暴発させたからな。名誉の負傷って奴よ」
「言ってる場合じゃないって!手当てするからこっち来て!」
離れていく異形の姿を見送った後、私はひとまず怪我人の手当てをすることにし、それが終わると今後のことについて協議することになった。
「足止めと並行して連絡用ドローンを飛ばすことはできたが、その間に半数以上がやられ、生き残りはお前ら含めここにいる7人だけだ」
7人・・・来た当初は24名もいたのにそんなに少なく・・・
「障壁に阻まれアイツも一旦は諦めたようだが、あの手の輩はしつこいからな。餌を食べ終えたら再び襲撃をしかけてくるだろうよ」
しかも餌って、それってもしかして・・・亡くなったメンバーのこと?
「でも!救援要請も送れたんだし!すぐに助けが来るよね!」
「どうだろうな・・・確か軍はこないだの猿魔の件にかかりきりで主力は粗方出払ってたはず。その状況で助けが直ぐ来るかは正直わからん」
「そんな!それじゃあ私達どうなっちゃうの!」
「エリー落ち着いて・・・先輩、助けが遅れるなら障壁の出力を下げて魔核を節約しないとマズいんじゃ」
「やめとけ、アレを相手にそんなことをすればすぐに障壁をばらされる。くたばるまでの時間が短くなるだけだ」
それはそうかもだけど、それだと残ってる魔核の量じゃ障壁はもって半日、場合によってはもっと短くなる。
「逃げるのは難しい?」
「車両もやられたし、走って逃げたところですぐ追い付かれる。バラバラに走れば運よく何人か生き残れるかもしれんが・・・試してみるか?」
「そんな・・・」
「冗談だ、俺もそれは勘弁願いたい・・・が、救助が間に合わなければ結局最後はあいつと仲良く鬼ごっこをする羽目になるだろう」
先輩は皮肉っぽく笑いながらそう答える。
「まぁ、何をするにせよ体力は必要だ。おまえ達も今は体を休めておけ、疲れていてはいざというとき何もできないぞ」
そして彼はそう言い会話を切ると、奥にあったイスへ横になってしまい、私も状況を打開するような案が特別浮かぶわけでもなく、仕方なく先輩に言われた通り一旦体を休めることにしたのであった。
『ドゴン!』
「ひっ!」
それから間もなく、何かが叩きつけられるような音と、それに驚くエリーの悲鳴で沈みかけていた意識が覚醒し、窓から音の正体を確認すれば・・・
どうやら食事を終えた異形が襲撃をかけて来たようで、奴は障壁を破壊しようと拳を何度も叩きつけており、その感情を感じさせない機械的な動作がこちらの恐怖をいっそう煽り立ててくる。
『ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!』
そこから途切れることなく障壁を殴り続ける黒い異形。
その恐ろしい光景を間近で何時間も見続ける羽目になった私たちは、恐怖と絶望から次第に事態を何とかしようという気力も失せ、誰かが助けに来てくれることをただ黙って祈ることしかできなかったが、だが・・・そんな願いも結局は届くことはなく。
「ピキッ」
突然ヒビが入るかのような音が鳴ったと思えば、障壁にどんどん亀裂が広がりバキバキと音を立て崩れ始めてしまったのである。
どうやら長時間に渡り殴られ続けたことで、障壁に多大な負荷がかかり魔核の魔力を思った以上に消費してしまったようだ。
ボロボロと崩壊する青いガラスのような透明な壁。
剥き出しになったシェルターには、異形の無慈悲な拳が降り落とされ、崩れ落ちる壁の隙間からあの不気味な黒い穴のような目が、こちらを真っすぐ覗き込んでくる。
そして、その暗い視線の先にいるのは・・・どうやら私だ。
奴は残った7人からまず私をターゲットに決めたらしく、他の者には目もくれずにこちらをジッと見つめている。
狙いは私か、ついてない・・・そう言えば・・・私、今日の占い確か最下位だったっけ。
その時、ふと今朝やっていた占いのことが頭をよぎり、結果が最悪だったことが思い出された。
ああ、こんなことになるのなら、もっとしっかりリーダーを止めておくんだった。
おかしいと感じたときも、皆に帰るよう伝えるべきだった。
まだまだやりたいことや食べたいもの、行ってみたい場所だっていっぱいあったのに・・・
何よりもショウゴ、私が死んだらあの小生意気な弟をたった1人残してしまう。
嫌、嫌だよ。死にたくない!私、こんなところで死にたくないよ!
そんな私の悲痛な思いと裏腹に、こちらへと伸びて来る異形の細く長い腕。
嫌、やめて・・・やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!
助けて・・・
「誰か、誰か助けてええええええええ!!」
「しゃあああああ!おらあああああ‼ 」
『ドゴォ‼』
「ぶごおおおおおおおおおおおお」
「!!」
そんな絶体絶命の時・・・
突如聞こえた女性の叫び声と共に異形が真横へ吹き飛ばされ、さっきまで奴が立っていた場所には入れ替わるかのようにして脚を上げた女性が佇んでいた。
いきなり吹き飛んだ黒い異形、足を上げた態勢の謎の女性。
・・・えっ?何?どういうこと?もしかして蹴り飛ばした?あの異形を?
「気色の悪い叫び声ね・・・そんなんじゃ女の子にモテないわよ。さて、それで、ええと・・・あっ!いたいた!あなたがマヒルちゃんね」
余りの事態に混乱する中、私は突然女性から名前を呼ばれ、それを聞き「どうして名前を?」と思いながら、あらためて彼女へと視線を移せば・・・
そこには月の光に照らされた銀髪をなびかせる、美しい女性が私のことを見つめていて・・・
「あなたの弟に頼まれて助けに来たけど、何とか間に合ったみたいね。運が良いわよ、あなた」
運が良い・・・運・・・銀髪・・・確か、今日のラッキーカラーは、銀色。
もしかして・・・星占いってやつは、意外と馬鹿にできないのものなのかもしれない・・・