お上の言う事には逆らえない
時は遡り・・・依頼当日の朝
「諸君、本日我々は輝石蜥蜴の群れを狩るため廃都市へと向かうわけだが、あそこは皆も知っての通り原種の異形が多く存在する危険な場所だ。現場ではくれぐれも気を抜かず、常に周囲を警戒して行動するように、わかったか?」
「「はい!」」
「よし、今から1時間後に出発する。各自早速準備に取り掛かれ!」
時刻は8時、多くの武器や車両が鎮座する社内倉庫では、出発前最後のミーティングが行われており、遠征メンバーの1人である私もリーダーの話へ耳を傾けていた。
今回の目的は今リーダーが話していた通り、廃都市に生息する異形、輝石蜥蜴の群れを討伐することで、その輝石蜥蜴は原種に分類される異形の一種である。
異形は通常、その出自によって2つの種類に分けられ、地球上の生物が魔素で変質した2類の異形と、穴の向こう側・・・異世界からやってきた原種と呼ばれる異形の2つで、原種の異形は2類と比べて強力な個体が多く油断すれば危険な相手ではあるのだけど、今日の遠征メンバーは24名と大所帯かつベテランメンバーもたくさんいる。
だから、今回の目的である輝石蜥蜴の討伐については問題ないと思うんだけど・・・
「リーダー・・・やっぱり今日の遠征、考え直しませんか?今の廃都市には物騒な噂もあるし、そもそもあそこは今立ち入り禁止で・・・役所の忠告には大人しく従っておいた方が・・・」
「何だいマヒル君、またその話かい」
けど、ひとつだけ存在する懸念事項。
それは廃都市に出没する黒い異形のことで、近頃廃都市では謎の黒い異形による被害が数多く報告されており、そいつが日夜獲物を求めてさ迷っているともっぱらの噂だ。
それが気がかりだった私は、ミーティング後すぐにリーダーの下へ駆け寄って遠征中止を訴えるのだが、彼はやれやれといった具合で話をまともに取り合おうとしない。
「噂があるのは確かだが被害者は皆ソロや少人数のパーティばかりだ。今回我々は20人を越える大所帯だし準備の方も滞りない。経験豊富なメンバーも多いし、仮に噂の異形に遭遇しても問題なく対処できる」
「でも・・・」
「それにだマヒル君。今の廃都市はその噂を気にして同業者の数がかなり少ない。つまりは邪魔者も少なく、我々だけで輝石蜥蜴の素材を独占するチャンスだ。
奴らの素材は高く売れるからな。今日の結果次第では君たちにも多くの褒賞が与えられるだろう。そしたらそれで弟さんと何かうまいモノでも食べてくるといい、わかったね」
そう言って彼は私の肩に手を置くと「話は終わりだ」と、足早にその場を去ってしまう。
少し楽観的に考えすぎじゃと思いつつ、どうすることもできない私は、彼の姿を黙って見送ると仕方なく準備に取り掛かるのだった。
その後、準備を始めてしばらく。
周囲の喧噪の中黙々と荷物を積みこんでいた私は、ふと後ろから聞こえる来る音声に気づき「何だろう?」と思ってそちらへ振り返えってみれば、誰が付けたかモニターの電源が付けっぱなしになっていて画面には今日の星占いが映っていた。
『今日の12位、アンラッキーはいて座のあなた!何だか嫌~なトラブルに巻き込まれそうな予感!今日はできるだけじっとしていたほうがいいかも~
そんな不運なあなたのラッキーカラーはシルバー!お出かけするなら何かアクセサリーでも身に着けておくと吉だぞ!それじゃあね!』
いて座は私だ。
占いは信じてる方じゃないけど、それでも最下位は気が滅入る。ついてない・・・
「よし、時間だ!各自車両に乗り込め!」
そして時刻は予定の出発時間。
荷物の詰め込みも終わり、メンバーが皆移送車に乗り込むと直ちに街を出発、そのまま車両に揺られること1時間弱・・・私たちは朽ちた建造物が並ぶ寂れた風景に出迎えられ、無事廃都市へと到着する。
「全員降車したな?では早速移動を開始する。各自指示されたポイントに着き次第作戦通り行動するように」
メンバー全員が車両から降り、私達はリーダーの指示に従ってすぐさま指定されたポイントへと移動。
辿り着いた場所の物陰から奥の広場へ目を向ければ、そこには輝く鉱石状の体をした蜥蜴のような異形、今回の目的である輝石蜥蜴の群れを発見することができた。
「事前の情報通り、一発で発見できるとは幸先がいい。さて、まずは作戦通り砲撃班の先制攻撃でトカゲどもを攪乱だ。奴らが混乱している隙に我々フロントが突撃し残りを片付ける。砲撃班の準備は?」
「全員配置に着いています」
「よし、砲撃班攻撃用意!私が合図をしたら一斉に攻撃を開始しろ」
目標を見つけ配置に着いた私達は、いつでも戦闘を始められるよう準備をしており、今言った砲撃班の一員である私も物陰から自身の得物である戦斧型の杖を構え、遠距離攻撃用の魔剣を宙に生成し攻撃の合図を静かに待つ。
「待てよ、奴らがもう少しこちらに近づいたらだ。もう少し・・・後少し・・・今だ!攻撃開始!」
そして合図が聞こえたと同時に、大量の魔剣を一斉に射出。
高速で発射された魔力の剣と同時に周囲からも弾丸や砲撃が飛び交い、それらが輝石蜥蜴の群れへ一斉に殺到する。
「打ち方やめ!残るメンバーは全員突撃しろ!」
突然の攻撃に混乱する異形の群れ、そこへ待機していたフロントメンバーが攻撃を開始し、統率を失った輝石蜥蜴の群れはそのままあっという間に駆逐されてしまった。
「想定以上にうまくいったな。各自素材を回収次第すぐ次のポイントに向かう。速やかに作業を開始しろ!」
そうやって群れを討伐しては素材を回収、討伐しては回収を各地を回りながら繰り返し、お昼になる頃にはかなりの素材が手元には集まっていたが・・・
狩りはうまくいってる。それも、順調過ぎるぐらいに・・・けど何だろう、何か変だ。
いくらなんでも人がいなさすぎる。
国から立ち入り禁止にされてるとは言え、葬除屋はそれを律儀に守るような行儀のいい人達ばかりじゃない。
なのに、これだけあちこち駆け回って私達以外誰とも出会わないなんて。
「よし、そこそこの収穫だ。時間も丁度いい。一度素材の整理がてら休憩をとる。 全員車両に戻って休息場所へと移動だ」
そして、私がその人気のなさに違和感を覚え、疑問を抱き始めた丁度その時・・・
リーダーからの指示で休息を取ることとなったため、私は一旦思考を中断し皆と共に再び移動を開始し、
休憩場所に到着後は支給されたコーヒーを片手に、皆が回収した素材を確認している様子を眺めながら先ほどのことについて考えを巡らせていたのだが・・・
「ちょっとマヒル~あなた朝からずーと浮かない顔してるわよ。何か悩みでもあるんじゃないの?」
そんな私に対し、何処か気の抜けたような声で話しかけてくる女性が1人。
彼女の名はエリー、一応は私の同期である。
「そう言うエリーは、相変わらず悩みなんて何にもなさそうな顔してるね」
「行き成りご挨拶じゃない。人が折角心配してあげてるって言うのに、それで?一体どうしたのよ?」
「いや、なんて言うか・・・例の噂が頭からずっと離れなくって、どうにも落ち着かないって言うか、何と言うか・・・」
「何~だそんなこと。気にしすぎ気にしすぎ!さっきから皆であっちこっち行ってるけど、噂の異形なんてぜんぜん出てくる気配ないじゃない」
「そうだけど、でも気になるモノは気になるし・・・それに、さっきから私達以外誰とも会わないのも何だかおかしい感じがして、エリーもそう思うでしょ?」
「あれ、そうだったっけ?それは気づかなかったなぁ」
「はぁ、ホントそう言う所だよね、エリーは」
エリーはいつも能天気というか、悩みがなさそうというか、ある意味うらやましい思考をしている。
まぁでも確かにあんまり考え過ぎるのもそれはそれで良くないし、エリーみたいって言うのは少しアレだけど、私ももうちょっと気楽に構えてた方がいいのかも知れない。
彼女を見てそう思った私は、一先ず休憩時ぐらいは気の滅入ることを考えるのはやめようと、その後はエリーと2人他愛ない会話をしながらダラダラ時間を潰していたのだが
『ズズッ・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ』
「何?!突然!」
休憩を取り始めてしばらく、突如として建物の崩れる音が聞こえ慌ててそちらに目を向ければ、約1キロ程先にある廃ビルが倒壊する様子が視界に映り「一体何が」と思いながら眺めていると
「リーダー!崩れたビルの方向に、何かいるのを確認できます!」
「確かか?」
「はい、しかも・・・こちらに近づいてきます!」
「ちっ、全員非常事態だ!皆直ちに戦闘態勢をとれ!」
見張りをしていた仲間から崩れるビル付近に何かいると伝えられ、リーダーから大声で指示が飛んで来る。
えっ何?何なの?もしかして・・・噂の異形?!
そう考えた時、建物の倒壊音と共に不気味な唸り声まで聞こえて来て、その気味の悪い唸り声はさっきまで平静を保っていた心臓の鼓動をどんどん加速させて行ってしまう。
周囲は皆武器を構え、固唾を飲んで近づく存在を待ち構えており、その距離は500m・・・300、200、50・・・そして残り10mとなった次の瞬間!
目の前にあったビルに勢いよく何かが突っ込み、崩れる瓦礫と舞い上る土煙の中から、ゆっくりソレが姿を現した。
全長10m程の黒く毛のない狼の様な体躯。
のっぺりとした顔には目のような窪みはあるが、そこに眼球はなく穴が空いてるだけの真っ暗な暗闇。
そしてその手には、食いちぎられたような人の亡骸を握っており、今日ここで他に人と出会わなかったのは、既に皆こいつにやられていたせいなんだと、なんとなく想像ができた。
間違いない、あれが噂になっている黒い異形。
あの不気味な姿と今まで感じたことないプレッシャーは、異形の中でも特に危険と言われる指定災害級クラスの異形かも知れない。
そんな噂の異形の出現に、身がすくんで言葉を失い呆然としていると
「わざわざ私の前にやって来るとは、身の程を知らずのデカブツめ。丁度いい、貴様には私の剣の錆びになる栄誉を与えてやる」
リーダーが剣を抜き、異形の前へ強気な態度で近づいて行く。
「皆、恐れることはない。お前たちには私がついているはずだ!私が先陣を切ったら全員それに続き攻撃を開始しろ!」
そして彼はそう言い部隊を鼓舞すると、言葉通りに剣を構え、真っすぐ異形へ向かい走り出して行った。
そうだ。
リーダーは勝手な部分も多いけど、ライセンスの等級はAで、強さに関してはかなりのもの。
それに今日は部隊のメンバーも20人以上人がいるし、きっと大丈夫。
そのまま異形へ突っ込み、奴の目の前へと躍り出たリーダー。
彼はそこから地面を踏みしめ異形の頭上まで跳び上がると、その手に握った大剣を力いっぱい奴の頭部めがけて振り下ろす。
異形はそんなリーダーを微動だにせず眺めており、その不気味な顔へ剣が迫り誰かが「やった」と叫んだ次の瞬間。
奴はいきなり口を大きく開け、中から先が鋭利な腕のようなものを生やすと、リーダーが振り下ろした剣を払いのけ、返す刃で彼を真っ二つしてしまったのだ。
その光景を見ていた私たちは、あまりに急な状況の変化についていけず、呆気にとられ静まり返ってしまうのだが・・・
静寂の中、2つに分かれたリーダーの落下する様子が、やけにゆっくり視界の中に映り。
彼の亡骸が地面に叩きつけられるベシャッとした嫌な音が、はっきり耳の中まで聞こえて来るのであった。