20:想定外
雨が足音をかき消し視界を遮る
私達がエルフの里からドワーフの里まで逃げてきた時は人間の感覚で言えば2週間かそこらその間追手からの追撃も有って動けないこともあった、今回のルートならば敵との遭遇もなければ3日かそれ以上の短縮となるが山越えと谷越が待っている、季節が雨季なことを考えれば想定外の事態もありえる
夜明けまでは休み無しの歩き通しになったが慣れていないはずの人族ノウミさんは問題なく付いてきている
趣味が多彩というだけあって体力も有るようだ
大樹のうろを見つけて休憩を取る
「これ、飲める」
木の蔓をスワンザが指差しナイフで切って樹液を口に含む
「うん、悪くないありがとう」
嫌がる素振りもなくスワンザに礼を言い、言われた通り蔓を切って樹液を飲むノウミさん、本当に飄々として物怖じしない人だ
「姫様、私達も」
「ええ」
ミュレッタに促されて私達も水分補給をする、飲料は必要だが荷物としては重くなる、極力手持ちの飲料は残しておいて自然の中での補給を心がける
ミュレッタはノウミさんをチラチラと見ている、なんとなくだが彼女はノウミさんに惹かれているのだと思っている、しかしライバルは多い、エルフの中でのノウミさん推しは沢山いるのだがんばれ
休憩も素早く終わらせ先を急ぐ
降り続ける雨の中道とは言えない道を進む
「姫様急ぎ過ぎだ」
「そんなことは…」
ノウミさんの言葉で後ろを見ればドワーフのヤノットが遅れ始めていた、
あ…歩幅が違うんだ…
気持ちが先立って基本的な事を忘れてしまっていた
「気持ちは判るがこのルートを知っているのは姫様だけだ、はぐれてしまったら後を追え無いんだその事を頭に入れといてくれ」
その通りだ、計画の特性上会話も少ない…もっと周りを見て行動しなくちゃ
「わかりました、ヤノットさんすいません」
「気にすんな」
気安い言葉にほっとする、そうだ私はひとりじゃないチームなのだ
チーム、その言葉をもう一度心で噛み締めて私は前を向いた
ペースは落ちたがしっかりと道を確認しながら進むことが出来る、道に迷わない分結果としてこの方が良かった
一日目の夜は洞穴で過ごす
虫よけの香も状況として焚くことは出来ない、香りで居場所を知らせてしまうかもしれないから
シャツを脱ぎ手の届かぬ背中をミュレッタに見てもらう
「姫様失礼します」
じわりと痛みが走る、一箇所ではなく何箇所も、体は何処から入り込んだのか解らぬが蛭に蝕まれている、移動中に一々見て貰うわけには行かないこうして一日の終りに剥がすしか無い
「いちちちち」
「くぅぅ~」
「じっとしてろ」
ノウミさんもヤノットも蛭に血を吸われているみたい、スワンザがぶっとい指で器用に剥がしてあげているようだ
スワンザ自身は吸われてないみたい、彼らオークの皮膚は分厚く頑丈だおそらく蛭の方が避けているのだろう羨ましい
食事も火は炊かない、干し肉で済ます
父に教わった道、私と母しか知らないはずとは言え何処かで知られているとも限らない、魔法も極力控えて行動したい所
交代での見張りにはノウミさんのナイトビジョンをとやらを貸してもらった、たしかにこれはすごい濃い霧が辺りを包んでいるのに見える赤外線と呼ばれる目には見えない線を使っているというが目に見えない線をどうやって使っているのか謎だ
雨季は魔物も動物もじっと雨が通り過ぎるのを待っていてあまり動かないが逆にそれを利用して獲物を狩る魔物もいるので用心しなくちゃいけない出会わなければいいけど…
ミュレッタと見張りを交代して私は眠りについた
それから三日が過ぎ四日が過ぎ五日目、三つ目の山を越えた山の上から目印の岩山を探す
「いいかクリシュナ帰りはあの岩山を目印に進むんだよ」
父から教えてもらった道
岩山…有った…けどそんな…
谷底は川になり岩山はその向こう、雨季のせいだ…無いはずの川が生まれ濁流と化していた、想定はしていたでもここまでのものは考えられなかった
何処かから渡れるかもしれない山を降り近づいてみたが通れそうな場所を見つけられない、考えが甘かったのだ
「水が引くまで何日掛かるか…迂回するにも何処まで行けばいいか」
こんなところで足止めだなんて
「一か八か…泳ぐしか」
「俺泳げねぇ…」
スワンザの言葉ではっとする、また私は自分のことばかり…チームだと言っていたのに
「幅は15から20メーターってところか…スワンザ体重は~わかんないよな」
スワンザのガッシリとした体をノウミさんがぺたぺたと触っている何をしているのか?ガサゴソとザックから何かを取り出した
「長さは問題ない、スワンザ頼めるか?」
頷いたスワンザは矢を取り出す、巨体に見合った大きな鉄筋から削り出した矢の尾を強引に折り曲げる
あ!
ロープを矢にくくりつけコンパウンドボウをスワンザが構えた
オークの怪力で射られた矢は目印の岩山に突き刺さった、私達には到底出来ない芸当
そうかこれがチーム、ただ一緒にいる事がチームじゃないそれぞれの特技や特徴を活かして初めてチームになるんだ、私は学ばねばならない
スワンザが自分の胴にロープを巻き付け
「俺、平気でも泳げないだから引っ張って欲しい」
膝が笑っている、泳げない彼にとって最後まで残って水に入るのは怖いに決まっている
スワンザが支えている間に私達は一人ずつロープを伝って向こう岸に渡る
ノウミさんがスワンザに何かを言ってからこちらにやってくる、これで残るはスワンザのみだが中々動けないでいる、仕方ない彼だけは私達と違ってこの濁流の中を他人任せで進むしか無いのだからだ
「大丈夫だ言われたことだけ考えていればいい」
ノウミさんが向こう岸にそう声を掛ける、覚悟を決めたスワンザがゆっくりと水に入る
「いくぞ」
力を入れてスワンザを引っ張る、彼はもがいたり暴れたりすることなく目を閉じて口と鼻を押さえてじっと耐えている
全員で引っ張っているが重さと水流の勢いで時間がかかる、もう少しという所で苦しそうにスワンザがもがき始めた
「もう少しだスワンザ!もう大丈夫だ、落ち着け落ち着けって」
もがかれてしまうとロープが上手く引けない
「引けー!」
力を振り絞る
なんとか岸まで引くことが出来た
「良くやった頑張ったな、皆も良くやった」
ぜいぜいと息を荒げるスワンザの背中をバンバンと叩きながらノウミさんが褒める、全員くたくた
「とりあえず一息入れましょう」
私はそう言うのが精一杯だったが不思議と笑みがこぼれ、気がつけば皆笑顔だった