153:コルテス商会
「帰ってこないか…」
雪が降り積もり凍える様な外の世界とは隔絶された暖かい一室で男は呟いた
「なにか?」
「いやなんでもないよ、独り言」
独り言を聞かれてしまった、部下が優秀すぎるのも考えものだな
商会の執務室で彼女が持ってきた螺旋状のバネを弄るピンク髪の猫獣族の男、机の上には書類の束が乗っているがなにか上の空なのか手を付ける様子はなかった
「商会長よろしいですか?」
「商会長?」
「ああ、ごめんどうした?」
「テラン商会の者が来ております、要件はウィミーという女商人についてということですが」
「たかが商人一人の情報の為に商会長を出せと?真冬の最中だと言うのに熱心なことだな、他の商人と同じ、取引は有るがそれだけだとでも言って追い返しておけ」
「解りました」
部下が出ていき執務室にはボウグスだけになった
「もう少し時間を掛けて育てるべきだったかな…」
勘も度胸も交渉力も申し分なく商会の情報網も使えないフリーの商人の身で俺と同じ所にたどり着いた手腕を買ったのだが…
サンダン王国の裏に別の国かそれに準ずる組織が居ると気づいたのは俺、テラン商会、そして一介の商人に過ぎないウィミー
勿論時間が立てば他の者でも気づいただろうがその程度では商人としてはたかが知れている
商会の力を融通してやれば彼女は直ぐに結果も出した
『東の大森林』
名工と謳われるドワーフ族の住まう土地、しかしこれは俺の直感が違うと告げていた
彼らの品物は一品物のうえ機能美に優れる一方デザインは無骨、貴族が欲しがる凝った意匠など気にもしない
商会で購入したお高い荷馬車とバカ高い二台の荷馬車はドワーフの品はそれに符合しない、デザインに派手さはないが使い勝手に直結していて操作しやすい位置に全てが配置されていた
前輪と後輪で違う車軸構造と車輪が小さくなっていることで荷台の位置が低い、これだけで積み荷の上げ下ろしを飛躍的に速く楽に行える、そのうえ馬車の側面の板が開閉できるのだから更に体の負担が改善されるときたもんだ
前輪の構造は複雑怪奇、左右の軸は独立している上に馬の動きに追従して左右に動く…
これだけの数の新技術がいきなり完成した形で実装されるなどあり得ない
これで知りたいという好奇心を刺激されないのなら商人なんぞ止めてしまえ
しかしこれだけの新技術ともなればその正体を知るには危険も比例して高くなるのも必然だ
商会を危険に晒すことなく俺にとって都合の良い駒、それが彼女だったのだが
戻ってこないとなると相手は国家レベルか…惜しい気もするが、それだけ危険な相手だと知れただけでも価値は有った
次はどんな手を打つべきか
コルテス商会商会長ボウグスは螺旋状のコイルを握りしめ窓の外の灰色の空を見上げていた
肉眼では確認できない遥か上空からボウグスの様子を監視している存在が居るとも知らずに
======
エピリズのホテルに軟禁されているウィミー達の元にクレイがやって来た
「商会長とはこの方で間違いありませんか?」
そう言ってテーブルに置いた写真にはピンク髪の猫獣人
「…そうです」
「はい…」
そう答える一行の返事は硬い
もう何が出てきてもこんな感じで以前の様に彼らは喜んだりしない
事が上手く運んでも国には帰れず、上手く行かなければ待っているのは死罪
喜べるわけもなかった
「そうですか確認ありがとうございます、では質問させていただきますね」
ここに軟禁されるようになってからはいつもこの調子、答えを間違えればどうなってしまうのか…そう考えるだけで神経を削れれていく日々
それなのに…気がつけば情報を渡している自分達が居る
巧妙なのは希望がちらつくこと、完全に希望が断ち切られているとこちらが感じてしまえば命を失ってでもオベルダンの情報は渡さないと腹を括れる
しかし情報を渡せば自分達が商人として確固たる地位を作れるのではないか?これはピンチではなくチャンスなのではないか?そう思わせてくるのだ
最初は漠然としたオベルダンの国家体制について
その次は商業形態について
次はオベルダンの商会について
そしてあっという間にコルテス商会会長の写真を持って確認してきた、情報の処理が速すぎる
「なるほど商会長さんはウィミーさんと似たタイプ…ですがボウグスさんの方が一枚上手の様ですね」
「それはどういう意味ですか?」
「我が国と同じで商会長さんは上手いことウィミーさん達を利用したということです」
「そんなはずは」
ウィミーからすればボウグスは自分の実力を認めてく取り立ててくれた恩人、それをこんな風に言われるのは気に入らない
「状況から見れば同じです、上手く行けば優秀な部下を手に入れられて上手く行かなくても相手の手強さを無傷で知ることが出来ます」
冷静に考えればその通り、要は捨てても痛くない駒…そしてウィミーは商人としての格の違いを思い知った
「ですがそれって視点を変えれば双方にとってのキーパーソンになれると思いませんか?」
「へ?」
間の抜けた声を出したのは私じゃないガープスさんだ
「それって…」
「僕、舐めてた相手にボコボコにされる悪党を見るのすごい好きなんです」
そう言ってまるで悪党そのものの笑顔をクレイはウィミー達に向けたのだった
ブクマや評価をしていただけると作者が大変喜びます!続きを書く活力になりますので
『ページの下にある☆マークでの評価』
よろしくお願いします!