転んだ先の道
「また……無茶をしたな。」
「いてぇよ馬鹿!! 触んじゃねぇ、こんなもん怪我に入らねぇだろ……」
クソ。下手なこと言えば黒田が騒ぎ立てるから言えねぇが、正直クソ痛ぇ。
「ミノタウロスの攻撃を受けただろう。当たりどころがよかったから骨折で済んでるが、腹に当たっていれば内臓を──」
「わかってんだよ、いちいち説明すんじゃねぇ。世話焼きばっかすんなよ、お前は俺の親でもなんでもねぇだろうが。」
──口を突いて出た言葉。だが……黒田は、触れなかった。
「…………医者は呼んである。そこで安静にして待っておきなさい。」
俺の親は……もういねぇんだよ。
*
「医者だ。」
ドアが開けられる。堅物そうな『医者』は、黒田としばらく話したのち、ゆっくりとこちらに近づく。
「君がミノタウロスを1人で倒したという?」
「だったらなんだよ」
他のワンダラー?……あぁ、ミノタウロス討伐のために呼んでたのか……いや、だったらなんで黒田は俺1人で行かせた?
「ふむ。」
カバンを下ろした医者は、道具を取り出し、患部の様子を見る。しばらく見て、何かわかったのか?
「わかったのは……君の折れた骨だが、もうほとんど治っている。不思議だ。君、スキルは?」
「〈リベンジ〉だ。反撃の威力が上がる。」
「自己治癒ではないのか……? こういうことは前にもあったか?」
「怪我を治しに来たんだよな? 詮索ばっかりすんじゃねぇ。」
「それは失礼。」
当て木をした医者は、道具を片付けると葬送に立ち去っていく。
「……名前も伝えないのは失礼か。」
「あ? 別に気にしねぇけど。」
「私は宮木。宮木 真都だ。」
*
医者……宮木が出ていってからも何人か知らねぇやつが顔を見せに来た。あいつのチームかなにかだろう。まぁ、ベッドで横になってるしかできることがねぇ俺には助かったが。何が治りかけだ。怪我したてだぞ。
「よぉ、あんたが例の、中型魔物ソロ討伐したってぇ兄ちゃんかい。えらい若いな……」
だとか、
「きゃ〜! かわいい〜!! どういうことよ、ミノタウロスを倒したってんなら筋肉ダルマのおっさんかと思ったのに! 予想外に最高よ〜!!」
とか。
大型魔物は遭遇したら死ぬ、ユニークは……もはや存在すらあやふや。そんな区分の仕方だ、中型の単独撃破は英雄……らしい。
正直、ここまでおだてられると誇らしくなってくる。ミノタウロスを俺が倒さなきゃ、この人境は終わってたんだからな。このくらい褒められてもいいだろう。
「いだっ」
……突如、爆発でも起こったのかと一瞬錯覚するほどの、音と揺れを感じる。
「あ?」
折れた脚に響いて少し痛い。
「あたた……早く慣れなきゃ……んしょ、んしょ」
あざといセリフ選び。だが、その声は機械的で、抑揚も作られたよう。
「きみが空傷くんなんだよね! あたし百目木 琴絆!」
俺は……目を疑った。なぜなら、そこに立っていたのは、全身を覆う白いマントを羽織った……巨人。いや……サイボーグ。
マントの隙間から、メタリックなボディが見える。明らかに人間……純粋な人間ではない。
「よろしくねっ、空傷くん!」
「…………技術力自慢でもしに来たのか?」
「ええっ! 私のこのボディ、すごい? すごい?!」
百目木は、ボディを見せびらかすように胸を張る。
「は……? だったらなんの用なんだよ。あんたも俺を褒めに来たのか?」
「あぁ……ううん、違うんだ。私は謝りに来たの。」
そう発した百目木が、さっきまでとは逆にうつむく。感情変化が忙しいやつだな。
「初対面じゃないのか?」
「そう! あたしと君はしょたいめーん! でね。君が討伐してくれたミノタウロスなんだけど、本当はあたしが倒すはずだったんだ。なのに、あたしが間に合わなかったせいでそんな怪我負わせちゃった。本当にごめん。」
……今、こいつなんて言った?
「は……今、お前がミノタウロスを倒すはずだった……とか言ったよな。」
「うん! そうだよー。」
黒田あの野郎、なんで俺に……いや、それも気になるがこいつ、急に自慢げになったな?
「お前──いや、やっぱいい。」
「うん、本当にごめんね……」「じゃあね!!」
気持ち悪いやつだったな……
*
その日の晩。空傷の脚の骨は繋がり、歩けるまでになっていた。
一日籠っていたので、夜風を浴びながら村を歩く。
「うん……? 想定より早いな。」
声の主は宮木だった。白衣を脱いではいたが、ドスの効いた声はそうそう聞き間違えない。
「怪我の話か? いつまでも部屋ん中じゃつまんねぇからよ。」
「本来怪我とはつまらないからといって早く治せるものではないのだがな……まぁいい。ちょうどよかった。来てもらえるか?」
こいつらの……帰還作戦? それか何か討伐するのがまだ残ってやがんのか?
「レーダーに異常な反応があってな。会議中だったんだ。」
「あ、あぁ。……レーダー?」
「立ち話もなんだ、来なさい。」
宮木に連れられるがまま、天幕をくぐり、テントにかけられたLEDランタンの無機質な光に身をさらす。
「おぉ、空傷じゃねぇかぁ!」
「え、えぇ〜! マッちゃんやるぅ〜! 予想外にマジアゲなんですが〜!!」
「マッちゃんはやめろと言った。」
「戦力連れてくるってことはもしかして……うぇぇ……戦うの!? わーい!」
会話が飛び交う。見舞いに来た奴らだが……やっぱりうるさい。
「兄ちゃんが参戦すんなら心強ぇけどよ、怪我はどうなんだよ?」
「問題ない。」
「……ほーん。」
こいつが、ボソッと「そういう能力か……」とか呟いた。怪我の治りが早いのはずっとそうだ。こんなもん個人差だろ。
「で、俺が参戦するっつーその作戦はどんなもんなんだよ? まだ何も聞いてねぇぞ。」
「ああ。それなんだが……東京人境から連絡があった。この付近に強力な魔物……推定、ユニークの『炎の魔物』が居る可能性がある。」
──「は?」
ユニーク……炎の魔物?
「そんなわけで、迂回するか討伐するか考えてたってワケ。ホントは戦いたくなんてないんだけどぉ……魔物は見敵必殺に決まってるよな!!」
「待て待て、言ってることがあべこべだぞお前?」
「彼女はそういう人だ。気にしないようにしろ。」
「ごめんね〜!」
百目木 琴絆……苦手だ。
「空傷君。君はどう考える?」
百目木に気を取られたのを取り直して、問題に気を向ける。
そして、俺は二つ返事で答える。
「んなもん、ぶっ殺す以外にあっかよ。」
「……決まりだな。」
俺の返事を受けて宮木がワンダラーどもに告げる。
「明日、東京人境帰還作戦の一環として。我々は、炎の魔物を討伐する!」
天幕の中で、熱気が渦を巻く。
この時は誰も思っていなかった。この作戦の結末が、あんな肩透かしに終わるなんて。
宮木たちが九州人境に居るのは、宮木の里帰りの護衛任務をしていたからです。宮木はお金持ちなので、東京人境でたくさんワンダラーを雇ったみたいですね。
じゃあ、ミノタウロスを倒す云々は何だったのかと言えば、百目木だけはミノタウロスを倒すために黒田が呼んだワンダラーなのです。七割ライブ感で書いてるので変な部分ができてしまいますが、修正とかそう次元じゃないときはあとがきで直します。
次回、炎の魔物討伐編?