プロローグ
この話、実は好きな作品のオマージュなんだよね、日本の作品ではないですけれどw
風が吹き荒ぶ。
北からの冷たい風に、禍々しいほどの高濃度な魔素が混ざり込む。
未だに喧々囂々と議論を交わしている軍営から遠く離れ、アルバート・フォン・ノーザンクロスが巨大な建築物へ向かって進む。
いや、議論と称するには余りにも無意味で虚しい、あれはただの呻き声だ。
なぜならこの先を決められるのはアルバートとこの先で待っているもう一人……
アルバートの師にして、すべての元凶——レイヴンだけ。
黎明の長城、中央大陸史上最初にして唯一の統一帝国【ステラポラーレ】時期の建物。
ステラポラーレ最初にして唯一の皇帝であるエトワール・ステラポラーレ最大の功罪。
史上最高の賢帝にして最悪の暴君と評されたエトワール帝が、僅か十年で建てられた地上最大の建築物。
その間で強いられた無数の命と血涙が、エトワール帝死後数ヶ月で統一帝国を引き裂いて滅ぼした。
それが、まさか魔大陸を封印する要だったとは、誰が想像出来ようか?
コツン、コツン、と石造の階段を踏みしめて、堡塁の頂上へと登って行く。
大陸の北から東へ跨ぐ長城は、間にこういう堡塁が数多く建造されている、要所要所には軍事要塞すらある。
封印の要と言う事実を鑑みれば、恐らく魔法的な仕掛けもあるだろう。
そんなことを考えながら、ある意味現実逃避をしていながら、アルバートが堡塁を登り切った。
目の前に、荒涼とした大地が広がる。
死体は全部焼いたが、あちこち破壊の跡が未だに残っている、元の大草原の面影が一欠けらもない。
数ヶ月前に、大草原の彼方の裂け目から、犇めく魔の軍団が押し寄せようとしていたが、今では見る影もなかった。
「来たか——」
今、目の前のこの人が、それらを退けたから。
義勇軍を禁薬漬けにして、戦力差を埋めた。
遊牧民族や村人を見殺しにして、軍勢の戦力を分散させ、各個撃破した。
夜襲をわざと見逃し、駐屯地の谷に誘い込み、毒ガスと爆薬で多くの味方を魔族の大軍と共に葬り去った。
あまりにもあんまりな手段の数々に、後世から付けた渾名はどれもヤバイものばかり。
たとえば〈告死の烏〉、たとえば〈災厄の指し手〉、たとえば〈破滅の禍竜〉……
もっとも有名なのは、そう——〈戦乱の凶星〉っと。
おどろおどろしい異名の数々に反して、その男は何処までも弱そうで薄い。
もともと色素の薄い金緑の髪が所々色素抜けして、斑な白髪になっている。
肌は病的に白く、唇の血色も薄い、憂鬱そうな面持ちで、いつも眉間に皺を寄せている。
そして、いつも白い襦袢の上に黒い服を着ている、その姿はどことなく喪服と死に装束に似ていて……
レイヴン——こんなあからさまな偽名を名乗って、ひょんなとこからアルバートの前に現れた男。
西の大国からの脅威と自国内部の乱れに悩まされたノーザンクロス王国第二王子アルバートに、彼が解決の糸口を与えて去った。
後にアルバートが彼を探し出し、才知謀略の師として迎え入れた。
そして三ヶ月前、長城が綻び、裂け目の向こう側から押し寄せた魔の軍勢が、その周辺百キロ内の人たちを皆殺し、中央大陸各国を震撼させた。
侵略に対抗する為に結成した聨合軍、その中心である義勇軍に、何時の間にか総指揮の立ち位置を勝ち取ったのもこの男。
皆、彼に任せば万事上手くいくって信じて疑わなかった。
事実、あまりにもあんまりな手段の数々だが、確かに最短の時間と最小の犠牲で魔族軍を葬り去った。
だが今は、禁薬の解毒剤で義勇軍を脅し、本当の司令官であるアルバートが自分を殺すように仕向けた。
外国と内通していた貴族共を道連れにして……
「——来たからには、覚悟を決めていただろうな?」
何処からか、レイヴンは剣を取り出した。
細くて弱弱しい腕で、どういう訳か両手の大剣を片手で軽々しく扱える。
その大剣を無造作に放り投げて……落下運動の末に、丁度アルバートの前の地面へと突き立てる。
暁の聖剣——対「魔」の究極兵器と云われた大剣。
レイヴンが百倍以上の戦力差を覆られるのは、自身の智謀による所が大きいが、この聖剣もまだ敵将の首を切り落とし、決定的な勝利を齎した切り札のような存在だ。
その剣に今、アルバートが手を伸ばした——自分の手が震えていることも気付かずに。
「……もう、他に方法はないのか?他の選択肢は……」
アルバートの哀願にも似た弱弱しい声が響く。
出会ってから一年余り、短くても濃い時間だった。
師として厳しくその知略を叩き込まれた、諸外国の外交で右往左往して、各勢力の権力争いに揉まれて、辛い思いも犠牲もあった、それでも師弟の情は確かにあった筈だ。
しかし……
「もしキミが本当に私のすべての策を見抜いたならば、判る筈だ。」
レイヴンがいつも通りの冷たい表情といつも通りの冷たい声で、
「他の選択肢など、私が与える訳がない。」
そう言い切った。
義勇軍は既にレイヴンが大々的に脅した、その憤怒を鎮める為にはレイヴンの首と解毒剤を持ち帰るしかない。
ここでレイヴンを見逃せば、彼と連名の形式で投獄された腐され貴族たちも見逃さなければならない。
帝位争いで内乱を起した西の大国も、レイヴンを言い訳で攻めてくるかもしれない。
なぜならあの内乱もまた彼の計画だから。
そして、魔軍討滅と隙間封印もまだ最後の一手を打たなければならない。
つまり……
「ならせめて!理由を教えてください!どう考えても……動機が……判らない……」
レイヴンなら、もっと上手く立ち回れる筈だ。
わざわざすべての糸を自分に繋いで、まるでくもの巣の中心みたいに自分を仕立て上げる必要は何処にある?
わざわざここでアルバートを待ち、武器を投げて、自分を殺させようとする必要は何処に――
「——私を殺せば、解る。」
アルバートが息を吸い込んで、絶句した。
ここではさすがに「死んだらどうやって解らせる」などと問わない。
なぜならその手法は多々あるし、解ると言ったら必ず解らせるのが彼の師、レイヴンと言う男である。
アルバート今、自分がどんな顔をしているのかが解らない。
口から流れる血は、唇からか歯肉からか舌からか心からかも解らない。
何時の間にか声を上げて、聖剣を手に取り、前へ走り出したのかが解らない。
解らない、解らない、解らない、この痛みも激情も何もかも——
「ぅああああああぁああああ—————!!!」
ただ、その不恰好な叫び声が、何処となく泣いている様にも聴こえた。
プロローグ 渡鴉一羽、死を待つ
後世から〈稀代の英傑〉と持て囃されたアルバート・フォン・ノーザンクロス。
その人生には幾つものターニングポイントがあった。
しかし、ノーザンクロス王国の第二王子としてではなく、〈稀代の英傑〉アルバートとしての生が始まるのは、恐らくここからでしょう、っと数多の歴史研究者たちが口揃えて言っていた……
因みに主役はアルバートではない、レイヴンでもないw




