エピローグ その後のあれこれ
騒動時、街中にいたリレイオが作り出したとされる魔物は、リレイオの魔力が氷の外へ出なくなったころぐらいに消滅したという。そしてその魔物は、魔力を吸い取られて倒れた魔術師を運ぶだけの役割だった。街や人々に被害はない。
リレイオがしたことはエイクエア諸島へ連絡がいき、かつてフリッカが収監された、フェンゲルドムへ運ばれるようだ。ディーアギス大国からの付添人は、ルヴィンナが名乗り出た。
騒動から七日。一日寝込んでしまったフリッカはノエルの過剰な心配に悩まされている。
「あ、あの、ノエルさん。今日はルヴィンナたちが島へ帰るんですよね? 見送りに行きたいんですけど……」
「駄目だ。医者からは動いても大丈夫と言われているが、僕が心配なんだ。フリッカは、いつも一人でしようとする」
「お、お医者さんから言われたなら大丈夫なのでは」
指摘すると、ノエルはフリッカを背後から抱きしめてくる。過保護になってしまったノエルは、フリッカに日常を送らせてくれない。着替えは元々マリンたちがしていたが、食事をするときもノエルの手から。移動は全て抱き上げられながら。
余りにも恥ずかしくて一度逃げ出したことがあったのだが、ノエルが眉を下げて一緒にいたいと訴えてきた。そんな顔をされたら、ノエルのことが好きなフリッカが折れるしかない。
フリッカが自由になるのは、寝るときだけだ。その寝るときでさえ、マリンかアルマ、もしくは他の侍女が傍で控えている。
フリッカはノエルの手に自分の手を重ねた。
「お願いします、ノエルさん。港へ行かせて下さい」
「っ、そんなに可愛くお願いされてもっ……」
「ノエルさん……」
お願い事はきちんと顔を見てしようと、フリッカはノエルの腕の中で体を捻る。するとノエルは、ぐりんと勢いよく顔をそらした。
「ぅっ、し、仕方ない。フリッカの従姉妹だ。港へ向かおう」
「わーい! ありがとうございます!」
許可が出たことに喜び、思わずノエルに抱きつく。ぐむっと何かを嚥下するような音が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
ノエルはフリッカを膝の上から降ろし、立ち上がった。
「す、すぐに馬車を用意させる。それまで、フリッカはこの部屋で待機していてほしい」
「わかりました」
フリッカの返事を聞くや否や、ノエルは部屋から出ていった。
出かける準備が整いましたとマリンがフリッカを呼びに来た。てっきりノエルも一緒に行くのかと思ったら、ノエルは後から追いかけるという。フリッカが見た魔物を報告書として上げた。魔物は魔力の塊。すぐに出るかもしれないし、しばらくは出ないかもしれない。隊員に魔物の情報を伝えておくのだろう。
「わぁ……」
フリッカが馬車に乗ろうとして、思わず言葉を失う。何度も乗ったことのある馬車は、元々座り心地が良かった。しかし今目の前にある馬車は、その階級が上がっている。ここに座れと言わんばかりに、一箇所だけ凹んでいる背もたれの塊。かき集められたクッションだけで、椅子が作られていた。
座ってみると、まるで全身を包み込むような柔らかさがあり、馬車がどれだけ揺れても体は痛くならなそうだ。
そんな馬車に揺られながら、フリッカは港へ行く。クッションが余りにも柔らかくて、地面の固さに思わず転倒しそうになってしまった。そこをぐっと堪え、ルヴィンナを探す。
大きな箱が船に載せられていく様子を、ルヴィンナが見ていた。従姉妹の元へ駆け寄る。
「ルヴィンナ!」
「フリッカ……見送りに来てくれたの?」
ルヴィンナはフリッカを見つけると笑顔を向けてくれた。しかしすぐにその顔が陰る。
「……リレイオは、生きているのかしら」
「そのはず。わたしだって幼馴染みを殺したいわけじゃないから。たぶん、氷の中でリレイオの魔力が循環していると思う。だから、定めた期間は死なないはず」
「そう……どれくらい?」
「十年って決めた。その間は、わたしが解除しない限り溶けないと思う」
「十年……」
ルヴィンナは何かを考えるように船を見つめる。その視線の先には、氷漬けにされたリレイオがいるのだろうか。
「……ねぇ、ルヴィンナ。リレイオのこと、まだ好き?」
「……リレイオは、あの状態でも外からの声が聞こえるのかしら」
「どうかな。聞こえるとは思うけど……」
「そう。それなら、あたしはこれから狡賢く生きるわ。十年間、氷が溶けるまで、リレイオに告白し続ける。そうしたらきっと、あのリレイオだって、あたしのことを気にしてくれるでしょう?」
「な、長い計画だね……」
「今までずっと待ったんだもの。同じぐらいの時間を待っても変わらないわ」
「ねぇ、どうしてそんなに一途に想い続けられるの?」
フリッカの質問に、ルヴィンナは微笑む。そして教えてくれた。
曰く、元々はサージュ族の族長が権力を持つための出会いだったそう。長子同士が結婚し、リレイオを婿に迎えることでサージュ族も裁量権を持つ派閥になる。そしてリレイオの一族、シィルルエ族は精霊魔法の第一人者。サージュ一派は知識も兼ね備えた筆頭派閥となる――そんな、計画だったらしい。
幼いころから、将来の夫だと言われていた。顔が好みということもあり、ルヴィンナも乗り気だったのに、リレイオはフリッカに夢中。努力してもリレイオの気を引けず、どうにか自分を見てもらおうと必死だったそうだ。
「あの騒動の中、フリッカにリレイオのことを任せてしまったのは……邪魔をして、いらないって言われたら立ち直れないと思ったからなの。弱いのよ、あたしは」
「……そんなこと、ないと思う。だって、ルヴィンナは今までずっとリレイオのことを想ってきて、これからも想い続けるんでしょう? 族長の計画があるから、もしかしたら他の一族の長子と夫婦にさせられるかもしれないのに……ルヴィンナは、そんな話、突っぱねるでしょう?」
「当然だわ。あたしはリレイオがいないと生きていけない」
「それならやっぱり、ルヴィンナは強いよ。誇りを持って」
「ありがとう、フリッカ」
汽笛が鳴らされた。出航時間だと急ぐルヴィンナに声をかける。
「五年後! 島の慣習を選択する年になったら、一度島に戻るから! うぅん。慣習なんて関係ない! ルヴィンナの様子を見に、絶対島に戻るから!」
ルヴィンナが振り返る。ちょうど逆光になっていて、従姉妹の表情はわからない。
「来なくていいわよ! あたしの十年計画を邪魔する気?」
船に向き直る瞬間だけ、ルヴィンナの表情が見えた。その顔はかつて見た、嫉妬に狂うような表情ではない。これからの人生に希望を持っているかのような、そんな表情だった。
「幸せになってね、ルヴィンナ」
従姉妹を見送ったフリッカは、自分もノエルの元へ戻ろうと船に背を向ける。馬車へ目を向けると、ノエルが待機してくれていた。
フリッカは駆け出し、ノエルの腕の中に飛びこむ。
「ノエルさん! 大好きです。わたしと、結婚を前提にお付き合いしてください!」
「もちろん、喜んで」
ノエルが蕩けるような極上の笑みを浮かべる。そんな笑顔に胸をときめかせながら、フリッカはノエルと一緒に馬車に乗りこんだ。
< 完 >
勢いだけで走り切りました。
次作に繋げそうなものはいくつか作中にありますが、考えたプロットはここまでとなります。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました。




