9.3
リレイオの狂気を出したくて、一部気持ち悪い表現があります。
次がエピローグとなるので、苦手な方は読み飛ばしてください。
フリッカはいつも無詠唱か、やりたいことを詠唱するだけで精霊魔法を発動している。しかし他の魔術師は、昔から続けられている詠唱を行うことで精霊から力を借りていた。
だからフリッカは、初めて詠唱を行う。
「エルド様、ヴァッテン様、ヨド様、ルフト様に願い出ます。わたし、フリッカ・サージュは、魔物未満を討伐するため、力をお借りします! 全属性解放!!」
フリッカの両手から放たれた極太の閃光が、一直線に山へ向かう。ズドンと衝突音がして、大きな山は白い煙を上げながら真っ二つに裂けていく。
「やった!」
五年前にノエルを苦しめた魔物が動き出す前に倒した。そう思い、礼唱を行う。
「エルド様、ヴァッテン様、ヨド様、ルフト様、お力添えに御礼申し上げます。微力ながらわたし、フリッカ・サージュの魔力を献上いたします」
礼唱が終わると同時に、急に体が重くなった。これが魔力を提供する感覚かと、初めての体験に驚く。
魔力が人よりも遥かに多いフリッカは、例え四属性の精霊の力を借りても寝込むことはない。体は少しだるいが、まだ動ける。
これでリレイオが出した結界のような膜は壊れたかと、ノエルが閉じ込められている檻に向けて降下していく。そのまま地面まで下りることができたため、膜は消失したと確認できた。
「ノエルさん!?」
ノエルは無事かと目を向ければ、立っていることが不思議なほどボロボロになっていた。服は焦げついていたり凍っていたりして、肌が見えている箇所が多い。その肌は黒く変色していたり、何かの卵のような白いものがいくつかくっついている。右目の瞼は、目を背けたくなるほど腫れ上がっていた。
すぐにでも回復魔法を施したかったが、リレイオが作り出した檻をどうにかしないとそれもままならない。直接触るとまた罠が発動してしまうため、リレイオを探す。
「リレイオ!! どこに行ったの!!」
「……リレイオ君は……」
「ノエルさん!? 話さない方が……」
ノエルがか細い声で何か訴えてくれていたとき、上空からリレイオが下りてきた。裂けた山の反対側に立つ。
「さすがフリッカ。自らボクの検証を手伝ってくれるんだね」
「どういう……っ!?」
リレイオを睨んでいると、すぐ近くで山が動いた。魔力を供給過多にして破裂させるというフリッカの作戦は、失敗だったのか。建物の五階ほどの高さに凝縮された円柱形の魔物が、ゆっくりと、しかし確実にノエルとフリッカに迫る。
「フリッカは離れて。そこにいたらそいつと一緒にエクシルダイモントに吸われちゃうよ?」
あざ笑うかのようにフリッカを挑発してくるリレイオ。自分の命が危ないからって、はいそうですかと離れるわけがない。
エクシルダイモントが、地面を抉るように進む。体を自由に動かせるなら、簡単に逃げられるような速度だ。しかし今、ノエルは檻に閉じ込められている。その檻は二重になっていて、フリッカでも容易には退かせない。
(もう一度、詠唱する!?)
討伐できたと思った作戦が失敗し、エクシルダイモントが動き出してしまった。これ以上魔力をぶつけて、動きを活性化させてしまうのはまずい。
「フリッカ! 離れろってば!!」
リレイオが必死と思えるように叫ぶ。そんなリレイオの様子から、フリッカはわざとエクシルダイモントと檻の間に立つ。
「フリッカ!!」
リレイオの検証には、フリッカが必要。だからフリッカが危ないなら必ずリレイオが動く。その判断は正しかったようで、リレイオが近づいてきた。それでもまだ檻のすぐ横ぐらいにいいる。
「エクシルダイモント! 停止! 一時停止だ!!」
リレイオは焦りながら両手をエクシルダイモントに向けている。しかしリレイオが作り出した魔物なのに、指示を聞かない。ゆっくりと、確実に迫ってきている。
(あれ、もしかして……)
リレイオが、エクシルダイモントの進行に伴い、ゆっくりと後退している。その様子を見て、フリッカはある可能性を見いだす。
その可能性を確かめるため、まだ抉れていない大地に一歩踏みだす。
「フリッカ!! っ、しまった」
フリッカを助けようとしたリレイオがぐっと前進した瞬間、リレイオの周囲の靄が出現した。そして、エクシルダイモントに吸われていく。魔力を得られなくなったリレイオが膝をつき、檻にも罅が入る。
(今だ!!)
フリッカは四属性分の力を両手にそれぞれ練り上げる。そして右手をエクシルダイモントに、左手をリレイオに向けた。
「凍結粉砕! 十年凍結!!」
フリッカの手から放たれた凍結魔法は、エクシルダイモントを凍らせる。質量があったため凍るまで時間がかかってしまったが、上まで凍った瞬間粉々に砕け散った。リレイオの周囲にあった靄は吸われていたため、大量の魔力の粒は空へと登っていく。
膝をついた状態のリレイオが氷漬けになっており、魔力が外へ漏れなくなったのだろう。二重になっていた檻はがらがらと崩れた。
「ノエルさん!!」
フリッカはノエルに駆け寄る。少し前まで話せていたノエルは、意識を失っていた。
「いやだ!! ノエルさん!!」
すぐに回復魔法を施すが、ノエルは意識を取り戻さない。それどころか、ノエルにくっついていた白い卵のようなものがコポリと音を立てる。まるで、これから何かが生まれるようだった。
「火泡!」
気持ち悪いそれをすぐに焼き払う。ぷぱぁと何かが弾けるような音がし、消える直前赤と黒の縞模様が見えた。
「え、あれって、ムールビーなの!?」
戦いが始まったときに倒した魔物と同じ音を出して死んだ。それはつまり、戦いの始めに地面から出てこようとしていた魔物はムールビーだったということになる。
「もしかして、まだいる!?」
周囲を警戒する。しかし膝をついたリレイオが氷漬けになっているだけで、襲撃はされないようだ。
警戒を解き、ノエルの回復に専念する。
「ノエルさん……ノエルさん……」
体の表面から回復魔法をかけても、ノエルは一向に意識を取り戻さない。もしかしたらもう手遅れなのか。そんな不安から胸に耳を当ててみると、弱々しい音だがまだ鼓動が響いてくる。
(こ、こうなったら……!)
一瞬迷ってしまった自分を恥じ、フリッカは超回復薬を作り出す。自分にかけるなら回復薬にする必要はない。しかし自分以外の人を回復させるためには、液体を準備しないといけなかった。
フリッカはそれを口に含み、ノエルへ移す。全てを飲めるように少量ずつ、何度も何度もノエルへ口移しする。
(ノエルさん! 意識を取り戻して!!)
願いを込めて超回復薬をノエルの体内へ流す。その内コクンと嚥下する音が聞こえ、期待を込めてノエルを見た。
「フリ、カ……?」
「はい!!」
意識を取り戻してくれたノエルに抱きつく。そんなフリッカの頭を、ノエルが優しく撫でてくれた。その瞬間、羞恥心が爆発する。
フリッカはそのまま、気絶するように意識を失った。




