【九皿目】依頼人
明日馬の提案で、流行り物を満月に食べさせることになった最初の日。
自分よりも一つしか変わらないと言うのに、流星は流行り物に関しては本当に無知だった。
今から約一時間前のこと。
の中ではまず何から試すべきかは既に決まっていた。
今流行りの食べ物と言えばそう…。
「タピオカ?なんだそれ?」
流星は目をパチクリさせて反復した。
「知らねぇの?タピオカ」
「全然知らねぇ」
明日馬は驚きを隠せなかった。
このご時世、タピオカに関するニュースと言えば、タピオカ専門に新しい店を出したり、それ専門のセミナーまで解説されたり、はたまたSNSなどに上げて閲覧数を稼ぐなどなど、何かと世の中を騒がせてると言うのに、この店主と来たら全く知らなかったのだ。
明日馬はこの数日間で、あることに気付いた。
店主の持ち物にスマホどころか、ガラケーと言った電子機器が全くないのだ。
明日馬は恐る恐る聞く。
「もしかして、スマホ持ってねぇのか?」
「持ってねぇな。必要ねぇし、金かかるし」
今時いるんだ、と心の中で呟いたが、明日馬はふとある疑問が浮かんだ。
「じゃあ今までどうやって調べ物とかしてたんだ?」
「ああ、図書館とか、パソコンなんかはねぇから、ある人に手伝って貰ったりして」
「ある人?」
明日馬が、不思議そうな顔で聞くが、「まぁ、ちょっとした知り合いだ」とお茶を濁されたので、これ以上追及しても無駄だと、諦めた。
「そういえば」
「?」
「止めたんだな」
「なにが?」
「敬語」
「あ…っ」
言われてようやく気付いた。
一体いつからなくなってたんだと、慌てるがどうでも良くなって、考えることを放棄した。
「で、なんだ?タピオカって」
「これだ」
明日馬はスマホで検索した画像を見せる。
「なんだこれ?飲み物か?」
「飲み物だけど、食べ物でもあるんだ。
「タピオカもミルクティーもスーパーに売ってるぞ」
「って言うかそれ、料理じゃねぇだろ。そんなんで満月が成仏できんのか?」
「いいじゃない、試して見ましょうよ」
否定的な流星に対して、満月はやる気みたいだ。
「でもなぁ…」
やってみる、と意を決したものの料理人としてのプライドが許せないのか、流星は腕を組んで唸り声を上げる。
その時だった。
カラカラ、と扉が開く。
それに気付いて、流星がそちらに顔を向ける。
「いらっしゃ…」
言おうとして、流星は止めた。
「すみません、ここに幽霊の一番好きな食べ物を食べさせて成仏させる料理人がいるって聞いたんですけど…」
「七夕!お前、なんで…っ!」
明日馬が七夕と呼んだ女は、自分達と同じくらいの年齢の女だった。
一番好きな食べ物が見えない。
彼女が人間であることが、すぐに分かったが、流星はもう一つ疑問が脳裏をよぎった。
「日向、お前、知ってんのか?」
「そりゃあ、知ってるさ。だってそいつは、俺と同じ霊媒師だから」
◇◆◇
流星はいつものカウンターではなく、四人掛けのテーブルに七季を通した。
その女は、栗毛の髪に翡翠の瞳が特徴的な女の子で、
制服からすぐ県外の高校に通っていることが分かった。
「それで、今日はなんでここに来たんだ?」
「頼みたいことがあるんです」
「頼みたいこと?」
「本題に入る前に一つ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
七季は、前置きしてから、ゆっくりと丁寧に話し出した。
「霊媒師のことは、知ってますよね?
」
ドキリ、お茶を持って来た明日馬が、何故か胸が締め付けられたような顔をする。
彼女の腕を見ると、自分と同じ霊媒師の証である、ブレスレットをしている。
自分がそうだ言おうとしたが、「知ってるけど、それがなにか?」と流星に遮られた。
◇◆◇
栗毛の女は、七夕夕季と名乗った。
そして、自分が霊媒師であることも告げた。
「知っての通り、ここは料理で霊を成仏させる店なんだけど」
「だから来たんです。あなたに成仏させて貰う為に」
「なんでだよ?自分が霊媒師だったら、自分で成仏させりゃいいんじゃねぇの?」
自分にはそれがまるで悪だと言わんばかりに言っておいて、良く言うと明日馬は思った。
冷やかしにでも来たんだろうかと、思ったが、七夕の表情は真剣だった。
「斬りたくないんです。例え霊に感謝されても。
今まで散々斬っておいて今更って思うかも知れないけど
。あの人だけは、斬りたくないんですー…!」
と、七季は涙ながらに必死に訴えた。
◇◆◇
七季は、出されたお茶で喉を潤した。
「落ちついたか?」
「はい、ごめんなさい…」
七季はゆっくりと深呼吸をすると、左腕を持ち上げて日向と良く似たデザインのブレスレットを見せた。
「実は、私もその霊媒師だったんです」
「だった?」
「だった、と言うのはちょっと違いますね。正確には休業中と言いますか…」
聞けば七夕は、今から半年程前にある人との出会いをきっかけに霊媒師になったのだと言う。
そのある人の名前は、天道天使と言う人物だそうだ。
流星は自分が幽霊の料理人になった時の記憶が、走馬灯のように駆け巡った。
それは約一年前のこと。
流星が中学に上がって間もない時。
中学になったばかりの時、両親が事故で死に、化け物となった父親に襲われた。
その時に助けてくれたのが、天道天使その人なのだ。
銀色の髪に金色の瞳、180㎝はあるだろう長身に、ガタイのいい飄々とした謎の男、それが流星が天使に抱いた最初の印象であった。
それをきっかけに、霊媒師になる為修行させられたはいいものの、全く才能が見込めなかった。
しかし、天道天使の右腕であった満月に料理の才能を見出だされ、幽霊の料理人になることになったのだ。
それはそれはもう、身を裂くような修行だったが、その話はまた後述しよう。
「私も、最初は成仏できなくて苦しんでる幽霊を救いたい、その一心で霊媒師になりました。
でも、何人も斬っているうちにどんどん胸が痛くなったんです」
ツキン、明日馬がまた胸が僅かに痛んだ。
「それで、俺に成仏させて欲しいってことか?」
「はい…」
流星は暫く腕組みをして考えた後、パンと両手を鳴らした。
「その依頼引き受けた!」
「本当ですか?!」
ぱぁ、っと七季の顔が明るくなる。
「まず相手の一番好きな食べ物が分からなきゃどうにもならねぇ。とりあえず、相手に会わせてくれねぇか?」
どうやら無事依頼は成立した。
明日、七季が成仏させて欲しいと言う人物と会う約束も取り付けた。
それじゃあ、と七季は一礼をして店を出て行く。
来た時とは違い表情は明るくなっていた。
は手渡された地図を確認する。
「珍しいわね、人間の依頼人なんて」
今の今まで、ただ黙って話を聞いていた満月が背後からそのメモを覗き見る。
「そう言う訳だから、満月は留守番頼むわ。日向はここにいー…」
流星が、全てを言いきる前に、明日馬はその言葉を遮った。
「俺も行く」
間髪入れずに答えた。
「確かめたいことがあるんだ」
◇◆◇
夜の帳が降りる頃、月夜は二つの影を照らしている。
その影の正体は巨大な化け物と、ピンク色の髪を持ちブレザー姿の少女だ。
ドゴッ!!
化け物は小さな少女を目掛けて襲いかかるが、攻撃は虚しくコンクリートの地面を砕くだけで、少女は全く動かない。
襲われると諦めているのだろうか?
いや、そうではない。
口元には笑みを浮かべている。
それは諦めではなく、寧ろ余裕の笑みだ。
少女の手には、銀色に煌めく刀。
ザン!
その一振だった。
たった一振で化け物は、人間の姿を表した。
まだ三歳にも満たないだろう、男児の霊だ。
男児はまだ自分が何故死んだ理由どころか、なんで化け物になったのかすら分かっていないだろう。
「バイバイ」
と、少女は悲しそうにも嬉しそうにも見える笑顔を浮かべて、別れを告げるのだった。