【十四皿目】既視感
朔太は、陸の言った言葉をすぐには理解ができなかった。
何故なら、今まで幽霊なのは暁美だと思っていたのに、本当は自分だと明かされたからだ。
そもそも、どこの世界に、今まで自分は人間だと思って過ごしていたのに、今日突然、あなたは実は幽霊ですなんて言われて、はいそうですか、などと素直に受け入れる人間がいるのだろうか。
人間ではなく、幽霊なのだが、そんなことはどうでもいい。
現に、先程霊媒師の陸に、目の前で斬られたにも関わらず、何事もなかったかのように振る舞う姿を見せられては、暁美が人間であることを証明させられたも同然で、否定しようがないのだ。
朔太には、分からないことがあった。
何故、暁美は今まで黙っていたのだろうか?
自分が幽霊であることを。
「にしても分からねぇな」
流星を抱き締めていた陸が、ポツリと口を開いた。
「なんで今まで成仏させなかったんだ?幽霊になって、一年成仏しなければ、化け物になることくらい知ってただろ。なのに、二年も成仏させねぇなんて…」
朔太は耳を疑った。
幽霊になって、一年成仏しなければ化け物になるなんて、初めて知ったのだ。
「それ、本当なのかよ?」
暁美に聞くが、黙ったまま何も答えない。
「知らねぇのかよ?幽霊は死んで一年以内に成仏しなければ、化け物になるんだよ」
「でっ、でも!化け物になってねぇじゃねぇか!それに…っ!」
ここまで言いかけて、朔太は何かを思い出したかのように、中途半端に言葉を切った。
「もしかして、幽霊じゃねぇのか…?」
それはまるで、希望のような言葉であったが、陸はそれをばっさりと一蹴した。
「いや、幽霊だ。それは間違いねぇ。でも…」
いつも言いたいことをはっきり言う陸が、珍しく言い淀んでいる。
「分からねぇんだ。なんで、二年も化け物にならずに成仏させられねぇのか。お前は知ってるんだろ?」
暁美は、尚も黙秘を決め込んでいるのか、頑なに話そうとはせず、陸は苛立って舌打ちした。
「ちっ、ダンマリかよ。別にいいんだぞそれで。成仏させるのを引き延ばせば引き延ばす程、簡単には成仏させられなくなるし、zでんせの記憶がなくなり、お前のことも忘れてしまう。それでもいいならな」
先程まで、人形のように動かなかった暁美が、ようやくピクリと肩を震わせた」
そんな暁美の様子を見ていた流星が、ハッと息を呑んだ。
「もしかして、失うのが怖かったのか…?」
「え…?」
朔太が、暁美に視線を落とす。
「ずっと一緒にいたかったから、だから、一年以内に成仏しなければ化け物になることも、それ以上成仏できなければ、記憶がなくなるのも全て分かってて、わざと…」
「何がいけないんですか?」
そこまで聞いて、開けもが重い口を開いた。
「そうですよ、全て知ってました。一年以内に成仏しなければ化け物になることも。でも、ずっと一緒にいたかったから、成仏できないようにしたんです。私の力で!」
流星は胸を抉られた。
それはまるで、少し前の自分と全く同じ感情だったからだ。
自分も本当は知っていた。
一年成仏できなかったら、化け物になることくらい。
だから、満月が一番好きな物など鼻からわかっていたくせに、成仏できない理由を作って、一年も引き延ばしたんだ。
もし、あのまま明日馬が現れなければ、満月はまだ、成仏してなかったかも知れない。
自分だって、暁美の気持ちは痛いほど良く分かる。
だから今、情けないが暁美を説得させる言葉など持ち合わせていない。
いや、もし持ち合わせていたとしても、同じ立場の暁美を説得できる程の自信なんてなかった。
「…だったら、あんたはこのまま朔太が、成仏できなくてもなんとも思わないのかよ?」
沈黙を切り裂いたのは、以外にも明日馬だった。
「あんたは、ずっと成仏できず、苦しむ幽霊の気持ちを考えたことあるのかよ?」
「成仏できずに苦しむ幽霊の気持ち…?」
暁美は、きょとんとした顔で明日馬を見ている。
「幽霊は所詮幽霊で、あんたは成長するかも知れないが、何年経っても成長しない、それってどんな気持ちなのか考えたことあるのかよ?」
「そん…なの…っ」
暁美は、震えながら朔太の服を強く握り締める。
明日馬は尚も追い討ちをかける。
「今はまだ自我を保てるかも知れない!でも、どんどん記憶がなくなり、最終的にはあんたを手にかけるかも知れない、あんたはそんな朔太の気持ちを考えたことがあるのかよ!!」
明日馬の罵声にもにた叫び声が辺りに響き、再び静寂に包まれた。
「朔、太…っ」
暁美は、まるで助けを求めるかのように、朔太の名を呼んだ。
すると、朔太は暁美を引き離すと、寂しそうな笑みを浮かべた。
「あいつの言うう通りだよ、暁美。俺は今までお前を守る為に霊媒師になったんだ。なのに、お前を木槌けるようなことになったら意味がねぇ。だから…」
朔太は、迷っているのか、そこで言葉を切ってから、精一杯の笑みを向けた。
「俺を、成仏させてくれ」
暁美は、目を見開くと、頬に一粒の熱い雫が流れた。
「嫌です…。成仏なんてさせたくない…っ、私は、ずっとあなたと一緒にいたい!例え、幽霊になったとしても…っ!」
ドッ!
その一瞬だった。
突然、暁美の胸から赤い血液が大量に吹き出し、その場に崩れ落ちた。
「暁美っ!!」
流星が治療を施すべくすかさず駆け寄ろうとしたが、身を引き裂くような禍々しいオーラが、全身に流れ込んだ。
「あははははっ!馬鹿な女だなぁ!もっと早く成仏させてればこんな目に遭わずに済んだのに、わざわざ俺を解放させる手伝いを自らしてくれたんだもんなぁ!!」
三人は目を疑った。
そこには先程まで人間だった朔太の姿はなく、おぞましい化け物になり変わっていたのだ。
「お前、朔太か…?」
化け物は、不気味に口元を歪ませた。
「朔太?ああ、この媒介の持ち主か。残念だがそいつは既にいない。何故なら、俺が全て喰らってやったのだ!!」




