【十二皿目】真実
今、なんて言った…?
突然頭を下げる朔太に、流星は困惑した。
暁美を成仏させる?
全くもって、意味が分からない。
「おいおい、何言ってんだよ。そんなの、俺じゃなくても自分でできるだろ?」
至極当然のことを言われて、朔太は苦衷を噛み潰すような表情を浮かべた。
「できねぇんだよ!何度も試してみたけど!だからお前に頼みに来たんだ!」
流星は、昔の自分と同じだ、そう思った。
暫し掛ける言葉を見失い、頭を下げ続ける朔太を見つめていたが、深く溜め息をついておもむろに口を開いた。
「頭上げろ」
しかし、朔太は言うことを聞かず、じっと頭を下げ続けている。
いよいよ困った流星は、ガリガリと頭を掻くと、架空を見つめた。
「お前言ったよな。俺が、満月を成仏させたことを知ってるって」
朔太は、ああ、とだけ答える。
「俺もさ、最初は見えなかったんだよ。満月の好きな食べ物。情けねぇよなぁ。あんなに好きで、毎日一緒にいた相手なのに」
流星は、ハハッと自嘲気味に笑う。
「だからさ、思い付くだけの料理を、調味料を変えたり、調理法を変えたりして、色々試したよ。それこそ、毎日だ」
朔太は驚愕した。
自分には、全く思いもつなかった方法だったからだ。
「まぁ、それでもダメだったんだけどな。そりゃあそうだよ。全く違ったんだからさ」
朔太は、続きが聞きたくなって、ようやく頭を上げた。
「それで、どうやって成仏させたんだよ?」
「名前のない食べ物。それが、満月にとって、一番好きな食べ物だったんだ」
流星は、直接答えを教えるのではなく、自分で考えさせる余地を与えるべく少し意地の悪い遠回しな答えを教えてみせた。
朔太は、訳が分からず、首を傾げた。
「なんだよ、それ…。名前のない食べ物って…」
「なんだと思う?」
「分かる訳ねぇだろ、そんなの…っ!」
苛立ち始めた朔太を見かねた流星は、意地悪するのを止めて本当の答えを教えた。
「俺と一緒に食べる料理。それが、満月にとって、一番食べたい物だったんだ」
「流星と一緒に食べる料理…」
朔太は、ハッと息を呑んだ。
自分も、流星と同じく、ずっと暁美が作る一番食べたい物は、カルボナーラやシュークリームと言った、名前のついた食べ物だとばかり思っていたからだ。
しかし、答えが分かったところで、朔太は、それも答えではないことにすぐ気が付て否定した。
「本当にそれが答えだったら、とっくに成仏してんだよ。毎日一緒に食ってたんだからよ」
「そうなのか…?」
「けっ。月見里満月を成仏させた奴だから、暁美も成仏させられると思ってたのに、全く期待外れだぜ!帰るぞ、暁美!」
捨て台詞を吐き捨て、踵を返して朔太が帰路に着こうとした時、流星はハッと目を見張った。
「お前…っ!」
流星が一歩踏み出そうとした時、朔太の背後に黒い影が立ちはだかった。
「お前、なんでまここにいる?」
「あれ?誰かと思えば、俺に負けたオチビさんじゃねぇか」
朔太は、襟足に剣先を突き付けられてるにも関わらず、余裕げに口を歪ませる。
「その減らず口、二度と聞けなくさせてやる!」
陸は、眉間に青アザを浮かべると、勢い良く刀を振り上げた。
「陸っ!!」
流星が叫ぶが早いか、朔太は素早く刀を解放すると、あっさりと陸の刀を受け止める。
「やれやれ、相変わらず短気な奴だ」
「ダメだ!陸!引け!そいつは戦う相手じゃねぇ!」
陸は、流星の言うことを無視して、ブンブンと刀を斬り着ける。
「お前、まだ分かってねぇのかよ!こいつの正体!」
「何言ってんだ!そいつは、ただの人間で、幽霊は暁美だ!だから、お前が戦う相手じゃねぇんだよ!」
ギィンギィン!ドガガガガガッ!!
流星の叫び声も虚しく刀の金属音に掻き消され、刀を交差させて二人は激し火花を散らす。
しかし、朔太は前の戦いの時と比べて、動きが鈍く、この前のように刀が振えない。
「どうした!偉そうな口聞く割には動きが鈍いじゃねぇか!それとも、化け物になる日が近付いてるから、人間の力が薄れて来たか!!」
は?今、なんて言った?
流星は耳を疑った。
朔太が、化け物になる?
普通は、化け物になるのは幽霊が一年成仏できなかった時なのではないのか?
なのに、人間である朔太が化け物になるなんて、おかしいではないか。
「やっぱり、気付いてなかったか!だったら教えてやるよ!本当に成仏させなきゃいけねぇのは暁暁美じゃねぇ!朔晦朔太なんだよ!」
真実を知った時、朔太の動きが一瞬止まった。
陸は、その瞬間を逃さすことなく、勢い良く刀を振るうと、真っ赤な血潮が流星の視界を染めた。
仕留めた。
誰もがそう思った時だった。
血を流して倒れているのは、朔太ではなく、暁美の方だった。
「あけ…み?」
朔太は、放心状態で暁を見つめる。
いや、朔太だけではない、その場にいた誰もがきもを冷やし、呆然と立ち尽くしている。
暁美は、血を流して倒れているのだ。
「暁美!しっかりしろ!暁美!」
朔太は、暁を抱き締めて必死で名前を呼ぶ。
最悪の事態を想像した時、かろうじて軽傷ですんだようで、暁美は朔太に笑いかけた。
「大丈夫ですよ。少し腕を斬っただけです」
ほら、と先程陸に斬られた箇所を見せると、確かに少し血が流れている程度で、朔太は深いため息をついた。
「良かった…。死んだかと思ったじゃねぇか…」
流石の陸も、ほっとしたのか、安堵の息をついた。
暁美を抱きしめていると、不意に温かい光に気づいて、朔太は顔を上げると、いつの間にか流星がいた。
「お前…」
先程まで痛々しそうに流れていた血は、あっという間に消えて行った。
「この力は…」
「よし、これでもう大丈…」
言いかけて、流星はフッと目眩に襲われよろけたて、後ろに倒れ込んだ。
「お、おいっ!」
朔太が立ち上がるより早く、陸が流星の体を受け止めた。
「おー、ナイスキャッチ」
相変わらず、ヘラヘラと笑う流星に、常陸は呆れて小さい溜め息をついた。
「言ってる場合かよ」
朔太は、ほっと安堵の息を吐くと、先程の陸の言葉を思い出した。
「おい、チビ。さっき言ってたこと、本当なのかよ?」
陸は、答えることなく、ただ、視線だけを朔太に向ける。
「本当に、死んでるのは暁美じゃなくて、俺なのか?」
陸は、変わらない眼差しで朔太を見つめる。
「そうだ。だから、俺がここに来たんだ。お前を成仏させる為にな」




