【十一皿目】暁暁美《あかつきあけみ》
「暁美にしかできないって、どう言うことだよ?!」
流星が叫ぶと、朔晦は暁に視線を流した。
月見里満月のように自分の好きな食べ物が分からない訳でも、平岡和子のように、誰かと一緒に食べたいと言う訳でもない、それ以外の理由が言うのだろうか。
「見せてやれ、暁美」
暁は、いつの間にか準備していた屋台の厨房に立つと、卵と砂糖を準備し、器用に卵黄だけボウルに移し、氷水につけると、電動泡立て器で泡立て始めた。
「な…っ!」
流星は、初めて間近に見る作業に、驚きを隠せない。
暁は、予め焼いておいた生地に、先程泡立てたカスタードクリームを注入する。
仕上げに、グラニュー糖をまぶすとその料理は完成する。
たちまち込み上げる甘いクリームの香りに、この場にいる誰もが惹き付けられる。
「これでしょう?あなたが今、一番食べたいもの」
化け物は、口内に溢れだす生唾をゴクリと飲み込むと、そっと手を伸ばし、シュークリームを手に取ると、大口を開けてかぶりつく。
化け物は、口内に広がるたっぷりのクリームの甘さに思わず顔を綻ばせる。
化け物は、あっという間に食べ終えると、辺りに目映い光が現れると、小さい少女が姿を表した。
「あら、これはまた可愛いお客さんね」
暁は優しく微笑む。
「ありがとう、お姉ちゃん。シュークリーム、とっても美味しかった」
「でも、なんで、分かったの?私が一番好きな食べ物がシュークリームだって」
少女は、不思議そうな表情で暁に問いかける。
「だって、見えるもの。この目で。あなたの一番好きな食べ物が」
少女は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに優しい表情に戻った。
「そっか…」
「また、生まれ変わったら、美味しいもの、たくさん食べてね」
「うん…」
少女は、こくりと頷くと天へと旅立って行った。
一部始終を見ていた流星は、ふと口を開いた。
「俺にできない料理って…、もしかして、洋菓子…?」
もっと全然違う特殊能力なのかと思っていた流星は、思わず拍子抜けしてしまった。
「な?お前にゃできねぇだろ?」
朔晦にあっけらかんと言われて流星は、深い溜め息をついた。
「なんだよ!もっと凄ぇ能力かと思ったじゃねぇかよ!」
「はぁ?!十分凄ぇだろうがよ!現にお前にゃ作れねぇんだから!」
「それはそうだけど…っ」
流星は、朔晦に噛みつかれて、反論しようとしたが、ハッと何かを思い立ったち、怪訝な表情で朔晦を見つめた。
「そういやお前、やたら俺のこと詳しいみてぇだけど、なんで、そんなに俺のこと詳しいんだ?初対面だろ?」
朔晦は、ようやく気付いた事実に、説明する手前が省けたと満足そうに笑う。
「そりゃー、知ってるさ。同じ料理人だし、同業だったらなおのことだ」
「そんなに有名なのか?俺」
「俺に聞くな」
自分を指差しながら聞かれて、日向はきっぱりと答える。
「そりゃあもう、有名も有名だよ。月見里満月を成仏させた奴だってな」
流星は、月見里の名前を聞いて、ドキッと心臓が縮み上がった。
「なんで、満月のこと知って…」
朔晦は、流星の問いには答えることなく、先程までのおちゃらけた表情は消えて、深刻な表情を浮かべた。
「それを見込んでお前に頼みがある」
「俺に頼み…?」
流星は、怪訝な表情を浮かべると、朔晦は深く頭を下げてこう言った。
「暁美を、成仏させるのを手伝ってくれ!」
◇◆◇
「悪かったわね。急に呼び出したりして」
真昼と七夕は、日向達と別れを告げた朝、朝食を取る為に駅近のハンバーガーショップに立ちよった。
「ううん、いいよ。真昼ちゃんのことだもん、ちゃんと理由があったんでしょ?」
真昼は、注文した砂糖とミルクたっぷりの紅茶で喉を潤した。
「流星に、なんの為に料理人がいるのか、自覚させないといけなかったからね。そうしないと、あのお守りは使えないから」
七夕も、頼んだオレンジジュースを飲みながら、なるほど、と納得する。
「じゃあ、ちゃんと自覚できたんだね」
「まだまだ、甘いけどね」
「厳しいなぁ」
七夕は、クスクスとおかしそうに笑う。
「厳しくなんかないわよ。いつまでも、明日馬に頼りっぱなしって訳にもいかないし、店以外でも料理ができなきゃ困るしね」
真昼は、チーズバーガーを頬張りながら言う。
「でも、びっくりしたよ。本当に強くなったね、流星君」
真昼は、また一口頬張ろうとした手を止めて、ふと口元に緩く弧を描いた。
「そうね…」
七夕は、ポテトを食べていると、不意に脳裏にある疑念がよぎって、手を止めた。
「そうそう、昨日言ってたことなんだけど…」
「何よ?」
「あの二人のこと…」
真昼は、噛み締めていたハンバーガーを嚥下して、眉を潜めた。
「もしかして、朔晦朔太と暁暁美のこと?」
七夕は、そうだと頷く。
「そういえば、変なこと言ってたわね。なんか、おかしいって」
七夕は、昨日自分が言っていたことを咀嚼しながら、ゆっくりと説明する。
「見えなかったんだ。二人が一番食べたい物が」
真昼は、ポテトを飲み込んで、七夕の言葉に耳を傾ける。
「それが、良く分かんないのよね。どういうことよ?二人共見えないって。暁美が見えないってんなら分かるけど…」
七夕は、顎に手を当てて、私の憶測なんだけど、と自分なりの推理を語る。
「二人共、自分の好きな食べ物が分からないんじゃないのかな?満月ちゃんみたいに…」
「だから、幽霊なのに一番好きな食べ物が見えないんじゃないかな…」
「なるほどねぇ…」
真昼は、七夕の推理に納得した。
確かに、普通、料理人や霊媒師が見えるのは、幽霊だけなのだ。
希に、月見里や平岡和子のような、幽霊でも見えないと言う例外もあるが、本当に何万分の一くらいの奇数な例なのである。
真昼は、七夕の意見に納得すると、残りのハンバーガーを全部平らげた。
「明日、軍に行くわ」
「軍に行って、どうするの?」
「天使に、全部確認する。あの人なら何か知ってるかも知れないから」




