【十皿目】美影の力
小一時間程眠った後、日向は食べ物の香りで目を覚ました。
「あ、目が覚めました?」
「お前…」
まだ、朦朧とする意識の中で、日向は、女が美影だと認識するまで暫く時間がかかった。
「お薬飲まないといけないので、雑炊作ったんです。食べられますか?」
「もしかして、お前が作ったのか?」
「はい。流星さんに、頼まれて」
「へぇ…」
日向は、流星以外の手料理を食べるのは久し振りだったので、一瞬躊躇った。
「あ、そのままで大丈夫ですよ。食べさせてあげますから」
何の恥ずかしげもなく言う美影に、日向は顔を真っ赤にした。
ただでさえ熱いのに、一層熱くなってしまう。
これじゃあ、看病どころか悪化させるだけだ。
「いい、自分で食える」
「そうですか…」
何故か、落胆した様な気がしたが、日向は敢えて何も突っ込まないことにした。
「いいじゃん。食わせて貰えば。病人なんだし。あ、もしかして七夕のが良かったとか?」
突然、流星の声が降って来て、日向はギロリと睨み付ける。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」
日向は、そういえば七夕はどこ行ったのかと、部屋を見渡す。
「七夕なら、真昼と一緒に買い物に出掛けたぞ?」
見透かされたように言われて、日向はしかめっ面をすると、椀とレンゲを取り、雑炊をよそう。
ふぅふぅと冷まし、ゆっくり口内に流し込むと、流星の作った物とはまた違った味が広がった。
「美味い…」
「良かったです!初めて食べて頂くので、不安だったんですが…」
「それ、料理人が言う台詞か?」
まるで、料理人らしからぬ台詞に、日向はなんだかおかしくて笑ってしまう。
「まぁまぁ。そもそも美影は正当な料理人って訳じゃねぇんだし、初々しくていいじゃん」
お気楽な言葉に、考えることが馬鹿らしくなって日向は、食べることだけに集中することにした。
流星の雑炊と、美影の雑炊は、食材は基本的には変わらない、米と卵を使ったものだが、出汁が牛乳ベースである。
「それにしても不思議だよな。牛乳使った雑炊なんて、初めて食った」
「ミルク粥って言うんですよ。うちは昔からこれなんです」
「へぇ…」
日向は、雑炊にも色々あるんだなと思った。
いや、雑炊に限らず料理とは、同じレシピ通り作っても、作り手によって変わる物だと言うことを、このお気楽な金髪の料理人に、幾度となく教えられて来たから、今更だ。
「ごちそう様でした」
日向は、しっかり味わいながら雑炊を平らげた。
「お薬、準備しますね」
美影が、薬を準備した時だ。
日向は、不思議なことに食べる前まで感じた体の火照りや、しんどさも全く感じなくなっていた。
「ちょっと待ってくれ。体温計あるか?」
日向は戸惑いを隠せず、体温を計る。
すると、不思議なことに、38度まであった体温は、36度3分まで下がっているのだ。
三人が、訳が分からず困惑していると、流星がふとある人物の顔が脳裏に浮かんだ。
「まるで、龍海さんみたいだ…」
そう、食べ物で治癒を施す能力は、まるで海原に類似していたのだ。
「海原さん?」
美影は、なんのことかさっぱり理解していない顔をしている。
流星は、ニヤリといやらしく口元を緩ませる。
「そうだよ、龍海さんだよ!お前、龍海さんと同じ能力だったんだな!」
一人で納得する流星に、置いてきぼりにされた二人は、益々不思議そうな顔をしている。
「ただいまー!スポーツドリンク買って来たわよー!」
両手に大きな袋を抱えて、真昼と七夕が帰宅した。
「なんかもう必要なくなったみてぇだぞ」
「ええ?」
すっとんきょうな声を上げる真昼に、日向は申し訳なさそうに、言い淀む。
「わ、悪い…。なんかもう、治ったみてぇ…」
「うっそだぁ!あんなに熱あったのに、そんなすぐ治る訳ないでしょ!ダメだよ、嘘ついちゃ!」
七夕に説教されて、日向は困惑する。
「いや!本当に治ったんだって!さっき、美影さんの雑炊食ったら治っただよ!」
「本当にー?」
尚も疑念の目を向ける七夕は、日向に歩み寄ると、額に手を当てて体温を計る。
「本当だ…。熱、下がってる…」
「だろ?」
「でもなんで?雑炊食べたくらいで、治るなんて…!」
疑問を口にしたが、途中で何かに気付き中途半端に言葉を飲み込んだ。
「もしかして、龍海…?」
流星は、こくりと頷いた。
「へぇ、凄いじゃない!あんた、そんな力まで持ってたの?」
「あ、あの、何がなんだか全然分からないんですけど…」
「まぁまぁ、いいじゃねぇの。凄い力を持ってるってことなんだから、自信持てって!」
二人だけで解決して、さっぱり状況が飲み込めない美影は、ただただ、困惑するしかなかった。
◇◆◇
「ねぇ天使、一つ聞いていいかな?」
その夜、軍では、夕食を終えた天道と昼彦が、部屋の一室で将棋を指しながら密談をしていた。
「なんだい?改まって」
天道が、ほんのりと青みかかった満月が、照らす碁盤は、今のところ天道が優勢である。
「美影を軍に引き入れなかった理由って、本当にただ病弱だったから?」
「なんだい、急に。それ以上に何か理由があるのかい?」
どこか含みのあるような表情を浮かべる天道に、昼彦は、飛車を進めて桂馬を取りながら、更に追い討ちを立てる。
「だって、うちはただでさえ料理人不足なのに、あんな優秀な人材、ただで手放すなんて、絶対何かあるでしょ?」
「おやおや、全てお見通しみたいだねぇ。いやはや、全く末恐ろしい」
尚もシラを切る天道に、昼彦はめげじと食い下がる。
「で?本当はどうなの?」
全く引き下がる様子のない昼彦に、天道は苦笑いを浮かべると、暫し考えて金将を昼彦の角行の前にさした。
「なぁに。焦らなくても、すぐに分かるさ…」
「王手!」
「あ、いつの間に!」
「この勝負、僕の勝ちだね」
先程まで天道が優勢だったのだが、いつの間にか覆した昼彦は、満足げに自らの勝利を告げた。
◇◆◇
翌朝、日向はカーテンから差し込む日差しで目を覚ました。
うっすらと、昨日の記憶が脳裏をよぎる。
日向は、室内を見渡すと、不意に扉が空いた。
「起きたか。学校、休むか?」
「いや、行くよ。制服取りに行かなきゃいけねぇから、遅刻だけどな」
「グォオォオ!!」
突如、家の外から化け物の咆哮が聞こえた。
「日向!お前はここにいろ!俺が片付ける!」
「馬鹿言うな!もう全快だよ!」
日向は、窓から飛び出して行った流星を、刀を解放しながら追い掛けると、一つ目のトカゲのような化け物が、少年に襲い掛かる。
「うぁあぁああんっ!」
必死に逃げ惑う少年の前に、日向が立ちはだかり心臓に刀を突き立てる。
流星が、力を解放しようとしたが、動きが止まってしまった。
「え…っ」
流星は目を疑った。
また、化け物の今一番食べたい物が見えないのだ。
嘘だ。なんで、この期に及んでまた見えないのだ?
新しい力を身に付けて、自分はこんなにも成長した訳ではないのか?
「どうした、諸星!何ぼーっとしてんだよ!」
「見えないんだ!そいつが、一番食べたい物が!」
「はぁ?何言ってんだよ!あんだけ強くなったって、言ってたくせに!」
不意に、流星の隣を黒い影が横切った。
「そりゃあ、お前にゃ見えねぇだろうなぁ」
「お前、朔晦!」
朔晦は、ニヤリと不適な笑みを浮かべた。
「あの化け物は、暁美にしか成仏させられねぇんだよ」




