【九皿目】料理人の意味
「いいのですか?朔太…」
帰路に着こうとした時、暁に声をかけられ、朔晦はふん、と鼻を鳴らした。
「いいさ。今はまだ。その時じゃねぇ」
「そうですか…」
暁は、半ば諦め気味に呟くと、ふと悲しげな表情で朔晦を見つめる。
「あなたがまだ気付いてないのだから、仕方ないですね…」
暁は青い空を仰ぎ溜め息を付いた。
◇◆◇
「もう、一体なんなのよ…っ。いきなり出て来て訳分かんない!」
真昼が悪態をついていると、二人に違和感を抱いた七夕が、口を開いた。
「ねぇ、真昼ちゃん」
「なによ?」
「あの二人、なんだかおかしくない?」
「おかしいってなにがよ?」
「なんだか分からないけど、なんだか違和感がするの…。どう言ったらいいか、分からないけど…」
顎を撫でながら、煮え切らない物言いをする七夕に、真昼は苛立ちを覚える。
「なによ、はっきりしないわね。違和感ならあって当たり前でしょ。幽霊なんだから」
「そうじゃなくて、なんて言ったらいいか本当に分かんないけど、とにかくなんか変なの!」
まるで考えのまとまらず、同じことを繰り返す七夕に、真昼は一層苛立ち、深い溜め息をつく。
「もう、分かったから。とにかく、今は流星を運ぶことだけに専念しなさいよ」
「もう!本当は分かってないでしょー!」
まるで相手にしてくれない真昼に、七夕はとうとう不満をぶちまけたが、これ以上的確な説明が浮かばないのも本当で、諦める他なかった。
幸い、流星軒まではバス一本分離れた割りと近い場所にあるので、なんとか女一人でも運べる距離だったが、大の男を、小柄な女が背負ってる様は、なかなかに妙な光景だったらしく、会う人会う人に、異様な目を向けられた。
(なんだ、この感じ…。すげぇ、温かい…。懐かしいような…)
流星は、朧気な意識の中で、温かい人のぬくもりに気付いて目を覚ました。
「あれ、ここ…どこだ?」
「目、覚ました?」
声をかけられて、流星はまだぼんやりした頭で、真昼を認識するのがやっとだ。
「お前、実は男だったのか?」
「なによそれ。いつまでも寝惚けてんじゃないわよ。小さいからってナメないでよね」
全く的外れなことを言ってる流星に、悪態をつく真昼に、七夕は思わず笑ってしまう。
「真昼ちゃん、ここまでずっと運んで来てくれたんだよ」
「そうなのか…」
「夕季、余計なこと言わなくていいの」
素直じゃない真昼に、七夕はおかしくて笑っている。
「もう、目が覚めたなら降りてよね。結構重いんだから」
「悪ぃ、悪ぃ」
流星は、苦いながら真昼の背中から降ると、店の鍵を開けた。
「それにしても、びっくりしたよ。流星君、強くなってるんだもん」
「強くって言ったって、戦ってる訳じゃねぇぞ?」
「それでも、凄く強くなったよ。急に屋台が出てきてびっくりしたもん」
七夕に言われて、流星はそういえばと思い出すと、店の適当な椅子に腰を下ろした。
「ああ、あれな。正直、俺も驚いたよ。いつの間にあんな力会得したんだ、俺」
真昼は、ガサゴソと胸ポケットからお守りを取り出すと、流星の目前に付き出した。
「これの力よ」
「これ…」
流星は、見覚えのあるお守りを見つめる。
「確かお前が初詣の時にくれたやつ…」
「正確には龍海がくれたのよ。あんたを守ってくれるからって」
「そっか、龍海さんが…」
流星は、ぎゅっとお守りを握り締めると、その時の記憶に思いを馳せた。
「あの時、七夕を守りたいって思ったんだ。そしたら、急に光に包まれたと思ったら、屋台が現れたんだ。本当に不思議だったよ」
真昼は、満足そうに笑みをこぼした。
「それからさ、もう一つ気付いたことがあるんだ」
「気付いたこと?」
真昼は、不思議そうに流星を見つめる。
「今まで、考えもしなかったんだ。何故、料理人が料理で幽霊を成仏させるのか」
流星は、揺るぎない声色で、ゆっくりと一言一言しっかりと言葉を紡ぐ。
「あの時、成仏させた霊が言ってたんだ。地獄に落ちたくない、成仏するのが怖いって。でもさ、気付いたんだよ。料理を食べた時、凄く幸せそうな顔をしたんだ。だから、幽霊をより一層幸せを与えて成仏させる為に、料理人がいるんだって、さ」
真昼は、初めて流星の口から料理人の意味を聞いて、口元に弧を描いた。
「良かったわね。でも、それ、千影がずっと言ってたのと同じよ?」
流星は、やっと自分が辿り着いた結論だと思って誇らしげだったが、気付いて急に恥ずかしくなって、慌てて弁解した。
「で、でも!他人に言われるのと、自分でちゃんと自覚するのとじゃあ、意味が違うだろ!」
「ま、そういうことにしといてあげる」
クツクツ笑いながら揶揄するように言うと、
「これで、これから日向がいなくても幽霊を成仏させられるわね」
と言った。
「そうだな」
流星も、満足そうに笑みをこぼした時、聞きなれた声が軒先から聞こえた。
「おいおい、それじゃあ俺は用無しってことかよ」
そこには、風邪で休んだ筈の日向が立っていた。
「日向、お前、風邪じゃなかったのかよ!」
「うるせぇ。もう治った」
嘘だと見抜いた七夕が、あっ!と声を上げた。
「もしかして、心配で追いかけて来たの…?」
日向は図星のようで、言葉に詰まった。
「もしかして、風邪も嘘か?」
怪訝な表情で流星に言われて、日向はきっぱりと否定する。
「いや、風邪は本当だ」
「ったく、だったら休んどけよ!無理しやがって!」
「うるせぇ。いくら風邪でも、こんな戦えない無能、一人で出歩かせるかよ!」
「あ!今無能っつったな!残念でした!もう、一人でも対処できますよーだ!」
「どうだか…っ」
反論しようとした時、日向は目が回ってその場に倒れ込んだ。
流星が慌てて抱き起こし、額に手を当てると、かなり熱が高い。
「おい、本当に風邪なんじゃねーかよ!」
流星は、日向をひょいと抱き抱える。
「真昼、七夕!悪いけど、氷と飲み水俺の部屋に持って来てくれ!薬は、そこの棚にあるから!」
「分かった!」
真昼と七夕は、指示通りに手分けして準備をすると、不意に真昼がタライを取ると笑みを浮かべた。
(本当、強くなったわね。ちょっと前までは助けられてばかりだったのに)
「真昼ちゃーん!早く、タライ持って来てー!」
「はいはーい!」
真昼は、七夕に急かされて急いで七夕の後を追いかけた。




