【七皿目】少女の霊
それから一週間くらい、明日馬は毎日かかさず満月の料理を読み耽った。
特別勉強ができる訳ではないし、読書なんて夏休みの読書感想文ー書く為くらいしか読まないのだが、成り行きとは言え、引き受けたからには最後までするのが、日向の性分なのである。
家にいる時は勿論、授業中も一字一句見落とすことなくだ。
たまには徹夜で、机の上で朝を迎えることもあった。
中間テストの勉強の時すら、徹夜なんてしたことないのにと明日馬は、自分でも驚く程のめり込んでいた。
特別情に厚い訳でもないのだが、ただ律儀なのである。
そんなこんなで一週間目の朝、今朝もまた明日馬は机の上で目を冷まし、昨夜から閉め切っていた窓を開けると、小粒の雨が降っていて、なんとなく気分が重くなった。
明日馬は大きな欠伸をして、背伸びをすると、読了したおよそ五冊程にも登る、ノートに視線を落とした。
同じメニューを調味料や調理法を一つ変えた物をいくつも目を通すのは、思った以上に根気のいる作業だった。
ただ読むだけでも、それ程の労力なのに、実際毎日欠かさず一年近くもやり続けた流星は、どんな気持ちだったんだろう、と明日馬は改めて思った。
その一方で、あの普段おちゃらけて不真面目そうな流星を、そこまで突き動かす月見里満月とは、一体どういう人物で、どういう関係なんだろうと、興味が湧いた。
明日馬は、約一週間も作業を続けたその甲斐あってか、ある一つの答えを導くことに成功した。
それを報告するべく明日馬は、流星軒に向かう準備をした。
明日馬は、基本的に朝食を食べない主義なので、準備に差程時間はかからない。
(そんなこと言ったらまたあの小煩い先輩に、文句言われるんだろうな)などと、考えながらスニーカーに履き替えて家を出た。
駅のホームは土曜日で雨とこともあってか、人はまばらだ。
流星軒は自分の家から電車で、一駅の場所にある。
およそ十分くらい揺られていると、到着のアナウンスが流れる。
明日馬は、軽快な足取りで電車を降りた。
◇◆◇
流星に教えられた通りの道を歩いていると、見覚えのある店構えが見えて来た。
改めて見ると物凄く浮いてる。
(なんでこんなとこに経ってるんだ…)
至極当然の疑問が浮かぶ。
扉を開けて暖簾をくぐると、既に先客がいた。
ピリッ、と緊張感が走る。
なんと、カウンターには化け物が座っているではないか。
咄嗟に身構えて、刀を出そうと納められているブレスレットに手をかけた。
だが、全てを察したのか、流星がこちらに視線をよこす。
何もするな、と言われているのが分かる。
なるほど、これが無言の圧力と言うやつか。
明日馬は、ブレスレットからそっと手を放すと、ただ傍観することに徹した。
テーブルを見ると、そこには色んなメニューが並べられていた。
ちらし寿司にからあげ、えびフライ、フライドポテト、ショートケーキと、どれもハイカロリーな物ばかりが並んでいる。
これからパーティーでもするかのような、ラインナップだ。
「好きな食べ物は一品だけって訳じゃねぇのか?」
「基本的にはそうだけど、ああやって複数ある時もあるわ」
流星に話かけたつもりだったが、答えたのは満月だった。
気配を全然感じ取れなかった明日馬は、ビクッと肩が小さく跳ねる。
突然話しかけられる感覚が、なかなか慣れない。
満月はクツクツと喉を鳴らしていて、楽しんでいるようにも見える。
(わざとやってんのか?)
明日馬がテーブルに視線を戻すと、あれだけあった料理が、残すところあと一皿になっている。
「大食いだったんだな…」
思わず口元が引きつったが、満月がそれを否定した。
「そうじゃないのよ」
「え?」
化け物は最後の一皿も、あっという間にたいらげた。
その様子に明日馬が、やっぱり大食いなんじゃねぇか、と思った時、目映い光が部屋を包み込む。
すると、化け物だった姿から、少女の姿へと変わった。
少女は満面な笑みを、流星に向ける。
「凄く美味しかったよ!これね、私が全部誕生日の日にパパとママが作ってくれた料理なんだ」
「凄ぇな、お前のパパとママ」
「うん!私のパパとママは世界一凄いんだよ!」
と、誇らしげに言ってみせる。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「次に生まれ変わったら、またパパとママが作ったご飯食べられるかな?」
汚れのない目で、流星を見つめる。
「ああ。食べられるさ、きっと」
少女の頬に一筋の涙が零れた。
「そっかぁ!ありがとうお兄ちゃん!もう行くね」
すう、っと少女は天へ昇って行った。
明日馬は呆気に取られた顔をしていた。
「凄ぇ…。あんな子供があれだけの料理を一人で食ったのか…」
「そうじゃなくて」
流星と満月の声が綺麗に重なった。
「今の子はな、一番好きな食べ物が、【誕生日の時に家族で食べた料理】だったんだ」
「なるほど、だから必ずしも一品だけって訳じゃねぇんだな」
「まぁレアケースっちゃレアケースだけどな」
なるほどなぁ、と考えていると、エプロンを手渡された。
「なんだ、これ?」
「エプロンだ」
嫌な予感がした。
「まさか…」
「あとは任せた!」
爽やかな笑顔で言われた。
日向の嫌な予感は、的中してしまった。
(来るんじゃなかった…)
明日馬は盛大に後悔した。