【七皿目】流星の新たな力
幽霊は、死んでから一年以内に成仏しないと化け物と化してしまう。
大事な人を失ってから、353日目が経った今日、朔晦は焦燥感に刈られていた。
「くそっ、あの金髪の料理人野郎…。噂に聞いてた程じゃねぇじゃねぇかよ!」
十九時を回り、薄暗い八畳一間程の部屋で、朔晦は、苛立ちを感じ、壁に強く拳を打ち付けた。
「あいつなら、暁美を成仏させられると思ったのに!」
「朔太…」
暁の声が聞こえて、朔晦は振り返ると、食卓には、暁が作った美味しそうな手料理が並べられている。
「頂きましょう。今日はエビフライにしたの。朔太が大好きなタルタルソースもあるわよ」
朔晦は、ギリッと奥歯を噛み締めると、暁を睨みつけた。
「なんでそんなに悠長なんだよ!あと二週間しかねぇんだぞ!お前が化け物になるまで!化け物になると自我がなくなり人を襲う!お前はそれでいいのかよ!」
暁は、無表情のままだ。
「ずっと悩んだって仕方のないことよ」
「だから!なんでそんなに冷静なんだって言ってんだよ!俺ばっか悩んで、馬鹿みてぇじゃねぇかよ!」
暁は、そっと瞳を閉じる。
「…私は、できるならなるべく少しでも長く朔太と一緒にいたい。例え化け物になるとしても…」
「暁美…っ」
朔晦は、今にも泣きそうななんともいえないグシャグシャな顔を浮かべると、強く暁を抱きしめた。
「ごめん、ごめんな暁美…っ!俺があの時ちゃんと守ってやれば、こんなことにはならなかったのに…っ」
暁は、返す言葉が見つからず、ただただ朔晦に身を委ねた。
◇◆◇
「風邪?」
その日、日向から風邪を引いたから学校を休むとの連絡があった。
なんでも、昨日の夜から急に熱が出たらしい。
それでも、流星のことが心配だから行くと聞かなかったのだが、流石の流星もダメだと半時間程説教して、ようやく聞き入れたところである。
久し振りの一人で登校する朝は、なんだか不思議な感じがした。
いつの間にか、誰かと一緒にいることが当たり前になっていたことに気付いたのだ。
満員のバスに揺られながら流星は、朔晦と暁のことを考えていた。
何故、二人とも一番好きな食べ物が見えなかったのだろう。
幽霊であるならば、普通は見える筈なのに。
それともまた、幽霊だけど好きなものがないのだろうか?
満月や、平岡和子みたいに。
それとも、まさか二人共人間だと言うのだろうか?
そうだとしたら、最初会った時に感じた違和感が、説明がつかないのだ。
今度は、二人共幽霊だった場合のことを考えた。
だったら、あの時感じた違和感は説明がつく。
しかし、二人とも見えないと言うのは、どう考えてもおかしいのだ。
何か、重要なことを見落としているのか?
流星は、一人でうんうん唸りながら堂々巡りをしていたが、バスが目的地に辿り着いたので、それ以上考えるのを諦めた。
「あれー?流星君、珍しいね。今日は一人?」
バスから降りようとした時、聞きなれた声に気付いて、流星は振り返ると、七夕の姿があった。
「おお、七夕じゃねぇか!久しぶりだな!」
「本当、久しぶり。明日馬君、一緒じゃないの?」
七夕は、流星の周りを確認しながら聞く。
「なんか風邪引いたみてぇ。聞いてねぇの?」
「明日馬君、そういうこと全然話してくれないから…」
寂しげに笑う七夕に、流星は苦笑いを浮かべた。
「そっか…。しゃーねぇなぁ、あいつは」
「そうそう、バレンタインのことなんだけどね、真昼ちゃんから何か聞いてる?」
初めて聞く話に、流星は首を傾げる。
「いや、何も聞いてねぇけど?」
「じゃあ丁度よかった!実はね、バレンタインの日にまた四人で集まらないかって、話してたんだ。なんか、予定ある?」
流星は、顎に手を添えて思考を巡らせる。
「特に、ないな」
「よかった!じゃあ決まりね!また詳しいこと決まったら、連絡するから!」
それじゃあ、と七夕が、踵を返した時、ふと視界が暗くなったと思うと、化け物の咆哮が辺りに轟いた。
「マジかよ!よりによって、日向がいねぇ時に!」
「流星君、こっち!」
七夕が、咄嗟に流星の手を掴み、逃げようとした時だった。
巨大な百足のような化け物が、一瞬で二人を捉えると、短刀のような鋭い刃物を幾数も生成し、二人を目掛けて投げつけた。
「あ、危ないっ!!」
流星が叫び声を上げて七夕を守ろうと抱き締め、地に伏せると、目映い紫の光が現れて、巨大なバリアを作り、刃物は弾き飛ばされた。
「大丈夫か?!」
呆気に取られた七夕は、口を開けて目をぱちくりさせている。
「い、今の力…」
答える間もなく、また幾数もの短い刃物の雨が二人を狙って降り注ぐ。
「きゃあぁあっ!」
「こっちだ!」
今度は流星が七夕の腕を掴むと、逃げ出した。
「流星君、どうしたの?今の力、まるで霊媒師みたいだよ?!」
「説明は全部あとだ!とにかく、日向がいねぇ以上、逃げるしかねぇ!」
「う、うんっ!!」
(流星君って、こんなに頼もしかったっけ…)
七夕は、暫く会わない間に、今までならただ誰かに守られるだけだったのが、守ろうとすることを覚えたのだろうと驚いた。
しかし、化け物はそんな流星の考えなどお構い無しにあっさりと追い付き、鋭い刃物の雨を降らせる。
すると、二人の身体を容赦なく引き裂いて、二人はその場に倒れ込んだ。
「七夕っ!」
七夕は、荒々しく呼吸をしながら力なく笑ってみせる。
「わ、私は大丈夫…。だって、一応霊媒師だったんだから、このくらい平気。それより、流星君は…?」
流星は、自分も傷だらけになりながらも、七夕に手をかざして治癒を施した。
「凄い…。いつのまに、こんな力まで…」
「この場は俺がなんとかする!七夕は早く逃げろ!」
「に、逃げろって言ったって、流星君一人じゃあ…!」
確かに、七夕の言う通りなのだ。
このまま、一人で立ち向かったとしても、成仏できる術がなければどのみち八方塞がりなのだ。
しかし、流星は、追いたてられる恐怖心を振り払い、揺るぎない眼差しで七夕を見つめる。
「そうかもしれねぇ。でも、もう逃げないって決めたから」
「流星君…」
カッ!!
その刹那、再び紫の強い光を二人の身体を包んだ。
しかし、先程のようにバリアが現れた訳ではなく、屋台が目の前に佇んでいる。
「流星君、あれ…」
七夕が指差す方に視線を向けて、流星はようやく屋台の存在を認識した。
(は?屋台?なんで…)
流星が訳も分からず呆然としていたが、すぐにハッと我に帰り全てを理解すると、七夕を離して立ち上がった。
「りゅ、流星君…?」
「悪い。暫くそこにいてくれ」
流星は、目を凝らして化け物に焦点を当てた。
(見えた!あいつの一番好きな食べ物!)
しかし、料理を始めようにも、化け物の攻撃が止まらない。
だが、そんな最中でも、流星は包丁を強く握り締めると、目を閉じ強く念じた。
(頼む、俺一人でなんとかしなきゃならねぇんだ。だから、力を貸してくれ!)
すると、再び先程よりも強い光が現れると、流星と七夕の周りを覆った。
「なっ、何これ?!さっきのバリアとは全然違う!まるで、異空間に包まれてるみたいな…!」
流星は、確信した。
これなら、化け物からの攻撃を気にせず料理ができる、と。
流星は、迷いを一切打ち消し、手慣れた手つきで料理を始める。
そして、三十分程経った頃、その料理は完成した。
すると、たちまち周りを覆っていたバリアは消えて、先程いた景色に戻って行く。
化け物が、流星達に攻撃を仕掛けた時、鼻腔を美味しそうな匂い匂い脳が掻き乱され、流星の目の前でピタリと攻撃を止めた。
「悪いな。待たせちまって。これだろ?あんだが今一番食べたい物!チャーハン!」




