【二皿目】違和感
朔晦朔太と名乗った少年が、軽く手を上げて帰ろうとした時、流星は、ふと二人に妙な違和感を覚えた。
「その子…っ」
真昼も違和感に気づき、刀を構える。
「ん?ああ、こいつか?こいつは暁暁美、見ての通り料理人だ」
流星の言葉を遮るように、朔太は、暁を紹介すると、じゃあな、と手を振りさっさと帰って行った。
朔太は、ゆるゆると帰り道を歩きながらニヤリと笑みを浮かべる。
「気づきましたね、あの二人」
「そりゃあまぁ、そうだろうなぁ。つかこれくらい気づかねぇと同業者失格だろ」
と、朔太は嘲笑った。
「大丈夫か、流星!」
ようやく追いついた朝成が、流星に駆け寄る。
「ああ?ああ。俺は大丈夫だけど…」
「どうしたよ?ハッキリしねぇな」
「あ、いや…、大丈夫だろ、多分」
勝手に一人で解決すると、流星は足早に帰路に着いた。
「ただいまー」
流星達が帰宅すると、居間の方から賑やかな声が聞こえて来た。
戸を開けると、天使達が、再び酒盛りを繰り広げていて、流星は呆れて溜め息をついた。
「おおー、流星帰ったか!美影ー、ツマミ作れ、ツマミ〜」
「はいはい!ただいまー!」
例の一件で、軍の一員になった美影は、すっかりおさんどん係と化していて、流星は溜め息をついた。
「おいおい、一体何本開けてんだよ、この酔っ払い共め!病弱だから軍には入れられないっておいて、十分こき使ってんじゃねぇかよ!」
食卓の上には、ざっと数えただけでも十本は下らないだろう数の酒瓶が転がっていて、海原は酔いつぶれて眠っている。
「いいんですよ。元々、軍に入るのはとても大変なことなのは知ってましたから、それくらいの覚悟はありましたから」
初めて会った時の鬼のような恐ろしい雰囲気は一切なくなり、穏やかに笑う美影に、流星は少し躊躇ってしまう。
「もう、私がいなかったらすぐこれなんだから!」
真昼が怒りながら、酒瓶を片付ける。
「美影ーおかわりー!」
「ダメ!あんたも、頼まれらからって、全部聞いてちゃダメなんだからね!」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ!」
全然分かっていない様子の美影に、真昼はぴしゃりと言い放つ。
「流星も、おつまみなんて作らなくてもいいからね!」
釘を刺されて、流星は苦笑いを浮かべる。
「お前、いつもこんなことやってんのか?」
「まぁ、一応、この人の右腕だし…」
「そっか。大変だな、お前も」
「言ってないで、手伝って…」
言おうとした矢先、流星はひょいと真昼から酒瓶を取り上げた。
「あとは俺がやっとくから、着替えて来い」
真昼は、少し悩んだが、大人しく従うことにした。
◇◆◇
「もう帰っちゃうのか?」
「店は奥さんに任せてはいるけど、いつまでも任せっきりな訳にはいかんしな。ま、また来るわ!」
翌日、龍海はバイクのエンジン音と共に、颯爽と走り去って行った。
「なんて言うか、まだ信じられねぇな。あの人も軍の人間だったなんて」
龍海を見送りながら、明日馬が言う。
「でも、凄ぇよな。俺にはない能力だからさ」
日向は、珍しく謙遜する流星に、意外そうな顔をする。
「なんだよ、その顔」
「いや、あんたも謙遜したりするんだなぁって」
「相変わらず失礼だな、お前も」
顔を引きつらせて言うと、ふと何か思い立って流星は、提案した。
「そうだ、満月の墓参り行こうと思ってんだが、付き合ってくんね?」
「分かった。準備して来る」
準備が整い、流星と明日馬が満月の墓に向かうと、千影がいた。
「お前…」
千影は、振り替えると、無表情のまま、口を開いた。
「お墓参り、してたの」
「なんで…」
千影はそれ以上答えることなく、墓石に視線を戻す。
明日馬は、千影が自分を恨んでいると言っていたことを思い出した。
「明日馬…」
千影が、覇気のない声でポツリと明日馬の名前を呼ぶと、うっすらと頬を赤らめ、すぐに顔を反らした。
「知ってる?姉さんが、なんで料理人になろうとしたか」
「え…っ」
明日馬は、唐突に聞かれて、喉を詰まらせる。
「姉さんね、化け物に襲われた時、満月ちゃんに助けて貰ったことがあったの。だからずっと、満月ちゃんに憧れてた」
相変わらず、無表情のまま言葉を紡ぐ。
「でも、自分が料理人になれないことは、すぐに分かってた。だから、あなたに全てを託したの」
千影はそれだけ言うと、踵を返して、立ち去ろうとした。
「ま、待てよ!」
明日馬はすかさず、千影を引き止める。
「俺が恨まれる理由は分かったし、恨まれるのは仕方ないと思ってる!だから許してくれなんて言わない!でも、俺は…っ」
明日馬は、弾け飛ぶような声で本心を伝える。
「俺は料理人なんてできねぇし、最初からそんな資格はねぇ!だから、霊媒師としてこいつを守りたい!それが俺の務めだ!」
その言葉を聞くと、千影は、フッと柔らかな笑みをこぼした。
明日馬は、初めて見る千影の表情に、思わず目を見張った。
「別にもう恨んでなんかいないし、私にはその資格はない。むしろ、今は感謝してる。ただ、姉さんがなんで料理人に憧れてたか知って欲しかった。それだけ」
千影はそう言うと、その場を立ち去って行った。
「いやぁ、意外だったな。まさか、あいつが満月と知り合いだったなんてな」
流星の声に明日馬は、正気を取り戻すと、ああ…、と歯切れの悪い返事をした。
「あ、かすみ草…」
流星は、献花されている生花に気付いた。
「本当にちゃんと墓参りしてくれたんだな」
「分かるのか?」
「そりゃあ分かるさ。だって、かすみ草は満月が好きな花だし、そうじゃなきゃ生花なんてあげないからなー。この菓子も満月が好きなやつだ」
流星はそう言いながら、手拭いを取り出して、墓石を水吹きする。
一通りの準備をすると、流星と明日馬は手を合わせる。
「よーし、帰ったらすぐ準備すっぞ!」
「準備?」
唐突に言われて、明日馬は眉をしかめる。
「店、ずっと開けっ放しにしてたからな。早く帰らねぇと。美影の姉ちゃんも迎える準備もしねぇとな!」
と、満面な笑みで言った。




