【二十二皿目】姉妹
同時刻、朝餉の準備の為、皆より一足先に起きていた流星と、自主練の為同じ時刻に起きていた明日馬と朝成が、厨房に会していた。
「そういえば、俺の店番変わってくれるって、どういう経緯でそうなったんだ?」
流星に尋ねられて、朝成が今更かとでも言いたげな顔をしている。
「心配してんだよ、お前のこと」
「あのおっさんが?」
流星にとって天使とは、相変わらず偉そうなおっさんとしか映っていないのである。
朝成は、小さくため息をつくと、珍しく真剣な面持ちで答える。
「俺もよ、最初は偉そうなおっさんとしか思わなかったんだよ。ああいう性格だし。でも、俺があの人の見方が変わったのは、二年前のあの件があったからなんだよな…」
二年前…。
一体その時何があったというのか?
ずっと聞く機会もないし、聞く必要もないと鷹を括っていた流星だったが、思い切って聞くことにした。
朝成は、少し考えた後、ポツリポツリと話出した。
「千影はさ、ここに来る前は、普通のスポーツが得意な女子高生だったんだ。でもプレッシャーに耐えられなくなって、悩んでた時に、あの人に会ってここに来たらしい」
経緯だけを聞けば、自分たちとなんら変わらないではないか。
なのに何故そんな彼女が、軍を追われるまでになったのだろう?
「明日馬は知ってるよな?千影が力を奪った料理人が、流星と同じタイプの料理人だったこと」
明日馬は、コクリと頷く。
「今でこそ貴重な存在だけど、当時はそういう奴が結構いてな。霊媒師と組ませて化け物と対峙させるなんて、当たり前だった 千影は最初こそ霊媒師として連れて来られたけど、本人はそれを良しとしなかった。
あ、ちなみに千影の能力は昼彦と同じで、力を奪うことな」
朝成はそこで切ると、深く息を吸い込んでから、また話始める。
「千影は、霊媒師ではなく、料理人に憧れてたんだな」
「なんで…」
流星は言いかけて、口を閉ざした。
夕季のことが脳裏に浮かんだのだ。
「痛みを与えるか、与えないか…」
流星が、ポツリと呟くと、朝成は頷く。
「あいつも夕季と同じで、痛みを与えて成仏させることは、自分の正義に反する、ずっとそう言ってたんだ」
自分も痛みを与えずに成仏させる料理人になりたかった、それが彼女の口癖だったと言う。
だからこそ、料理人だった彼とも恋仲になるのは、時間の問題だったそうだ。
「でも、なんでそれでその千影さんが、料理人を襲うようになったんだ?全然意味わかんねぇんだけど?」
眉を顰めながら、話のつっ付きをせがむ流星に、続きを答えたのは明日馬だった。
「化け物になったんだよ。その料理人が」
流星は、思わず顔を曇らせた。
「だから千影は、その恋人を料理人の力で成仏させる為に、自分の奪う力を使って料理人を刺して、恋人から料理人の力を奪うことで、料理で成仏させたんだ」
流星が何がなんだか訳が分からなくなって、頭を抱えて唸り声を上げた。
「そ、それは分かったけど、なんで今回また同じように料理人を襲うようになったんだよ?もう、目的は果たしてんじゃねぇのか?」
「そうだよなぁ…。どーにもそこが繋がらねぇんだよなぁ…」
頭をかきながら、断片的な記憶を辿る朝成に、何かを思い出した明日馬は、ポツリとつぶやいた。
「御影池美影」
その名前に朝成は、ようやく話が合致したように声を上げた。
「あー!そうそう、美影だ!確か、千影とよく似た二つ上の姉ちゃんだ!そういえば、料理人の素質があったのに、天使さんが病弱だからって、入隊させなかったんだよ!!」
明日馬の話によれば、美影は千影と同じ髪と目の色をしていて、年が離れているのに、まるで双子のようによく似た姉妹だったと言う。
唯一声が全く違うので、話すまでは本当に分からず、両親ですら間違うのだと、笑っていた。
スポーツ万能な千影と違い、成績優秀で、性格は真逆であった。
美影は、病弱でとても優しい女性で、いつも一人ぼっちだった、ただの幼馴染でしかない明日馬にも、いつも優しく接してくれた。
美影は、料理人としての素質も充分に備わっていて、本来なら料理人になる筈だった。
しかし、天使は彼女の入隊を、決して認めることはなかったらしい。
それは、美影の体の弱さに起因していた。
それくらい、美影の病は深刻だったのである。
そのことを誰よりもよく分かっていた千影は、仕方ないと思っていた。
だからこそ、自分が軍に入隊して、姉の分もしっかり努めようと心に決めていたのだ。
しかし、千影の運命は大きく変わってしまった。
化け物に殺されて、化け物となってしまった恋人を、自らの手で成仏させたことによって。
本当は、ただ他の誰でもない、自分の手で、愛する人を成仏させたいと思っただけなのに、それがまさか料理人の力を奪うことになるなんて、それが禁忌だったなんて、千影は知らなかったのだ。
「じゃあ、もしかして、そのお姉さんが死ぬかもしれないから、また昔と同じように料理人の力を奪おうとしてるってことか?」
流星の言葉に、明日馬は言葉を続ける。
「そういえば…千影のやつ、俺にずっと料理人になれって、言ってたっけな…。俺が霊が見えるのは知ってたから…」
明日馬は、ようやく思い出したのだ。
御影池が自分に対して、裏切り者と言った意味を。
「ってことは、お前、料理人になれって言われてたのに、霊媒師になったのか?」
「だって、俺、今でこそそれなりに料理ができるようになったけど、昔なんてからきしだったし、天道さんだって、料理人は無理って言われたんじゃ仕方ねぇだろ…」
まるで侮蔑のような眼差しを向けてくる流星に、言い訳のようにあーだこーだ言っている。
「そりゃあまぁ、恨まれてもしゃーねぇわな」
全くフォローする気のない笑顔を向けられて、明日馬は唸り声のような、ため息をついて、壁伝にズルズルとその場にしゃがみ込んで、頭を抱えた。
「まぁとにかくだ!」
明日馬の様子を側で笑って見ていた朝成が、声を上げる。
「天道さんは、お前を守る為に、店番を変わるって言ったんだ。お前は何も気にせず、自分の仕事を…」
「大変だ!天道が御影池と化け物に襲われた!朝成と明日馬は至急、流星軒に迎え!」
突然厨房の扉が開いたかと思えば、緊迫した昼彦の怒号が飛んできた。
その時、流星が重大なことに気づいた。
そうだ、天使は今一人なのだ。
全ての力を備わってい他所で、その力を奪われてしまえば太刀打ちできる訳がない。
「くっそ、やっぱり来たか!」
誰よりも早く向かう朝成の後を、流星もついていく。
「お前は残ってろ!話聞いてなかったのか!」
「言っただろ、もう守られてばっかは嫌だって」
流星は、どこか自信に溢れるような表情に変わっており、一瞬目を見開いた朝成だったが、ふっと笑みを浮かべた。
「命令違反だぞ。ったくしゃーねぇなぁ!あとで一緒に怒られてやるよ!」
そう言うと、三人は急いで流星軒に向かった。




