【二十皿目】流星、覚醒!
今日の修行は昨日とはまた違うものだった。
今日は昨日と打って変わって、明日馬の手には竹刀ではなくて真剣が握られている。
「どうだ、明日馬?刀の調子は?」
朝成に聞かれて、明日馬は、刀に視線を落とす。
「特に何も変わりません…」
朝成は、腕を組んでそうか、と明日馬の刀を見つめると、二人に新たなカリキュラムを伝えた。
本日のカリキュラムはこの状態で、攻撃を躱し続けることである。
「待て!冗談だろ!真剣なんか使って怪我でもしたら…っ!」
動揺する流星だが、朝成は勿論拒否権なんか与えてはくれない。
「無理無理無理だって!」
力一杯拒否する声は虚しくも無視されて、朝成は始まりの合図を叫ぶ。
「明日馬ー!本気でやれよー!」
その声と共に日向は、床を蹴って突進してくる。
ひゅっと、刀が振り下ろされた時、間一髪のところで避けた。
「あっぶなぁ〜!おまっ本気で斬ろうとしただろ!」
「悪いな。本気でやれって言われたからな」
ほくそ笑みながらしれっと言ってのける日向に、流星は冷や汗をかく。
「滅多にない機会だ。昔の恨み、ここで晴らさせてもらうっ!」
曇りのない眼差しが本気なのだと察するが、恨まれる所以などまるで理解できず、流星は講義の姿勢を示す。
「俺がお前に何したってんだよ!」
そう叫ぶも、明日馬は無視して刀を突きつける。
明日馬は、皿洗いをさせられたことや、ホームセンターに買い出しに行かされたにも関わらず、無駄になってしまったことなど、積もり積もった恨みを晴らすかのように、刀を振り続けた。
今までの訓練が身を結んでいるのだろうか、流星最初の頃よりも大分動きが軽やかになっており、ギリギリではあるが寸でのところで躱している。
小一時間は経っただろうか、流石に体力が限界に達してきて、息が苦しくなってきた流星だが、明日馬の方はまだ余裕そうである。
(こいつ…どんだけ体力あるんだよ…っ!)
余計なことを考えていたのがいけなかったか、思わず足がもつれてバランスを崩してしてしまった。
「わっ!」
咄嗟に受け身を取ることができず、尻餅をついたところを、その動きを読むことが遅れてしまった明日馬の刃は、流星の胸を切り裂いてしまった。
その刹那、明日馬の気配が突如変わり、瞳孔の光が消えて別人になったかのように、動きにスピードを増し流星の心臓を目掛けて突進していく。
何が起きたのか、朝成でさえ混乱し出遅れてしまったが、刃が流星を切り裂こうとした時、流星の体から淡い青色の光が包んだ。
「なっ、なんだぁ?!」
朝成が叫ぶと、明日馬は吹っ飛ばされて、壁に背中を打ち付け、そのまま地面に叩きつけられた。
「明日馬!」
朝成が駆け寄ると、明日馬は元に戻っており、何が起きたのか理解できないと、放心している。
流星の周りを包む光は徐々に消えて行った。
まるで意味が分からず呆然としている流星は、その光のもとを辿ると、右腕のブレスレットが、体温のような温もりを帯びている。
それは、満月の葬儀の後、天使が形見に持っておけとくれたものである。
「満月…?」
流星が呟くと、何かを思い出したように、ハッと先ほど斬られた部分に手を当てるが、痛みどころか、血の跡さえ残っていない。
何が何だか判然としない流星を見兼ねた朝成は、こっちへ来いと手招きすると、背中を強く打ち付けて蹲ってる明日馬に向かって手をかざしてみろと言うと、流星はその通りに手をかざす。
すると、先程の淡い青い光が生まれて明日馬の痛みは引いていった。
明日馬も一体流星の身に何が起きたのかと、目をぱちくりさせている。
全てを理解した朝成は、満足げに唇に弧を描くと、立ち上がると、訓練が終了したことを告げた。
「訓練終了ってどういうことだよ?」
「だから、お前は必要な力を身につけることができたってことさ。つまり」
そこで一呼吸置くと、ブレスレットを指差して、
「治癒をする能力を会得したってことだ」
「それって、満月と同じ力…」
ブレスレットを見つめながら呟くと、流星は何かを思い出したように、ハッと息を呑み、嬉々とした声を上げる。
「だっ、だったら俺も刀を扱えるようになれるってことか?!」
それには朝成も同調の意を示さず、首を傾げている。
「無理だろ。そもそもそれができるならとっくに生成されてる筈だし」
「やってみなきゃわかんねぇだろ!」
流星は息巻いて、号令をかけ続けたが、いつまで立っても刀が生成されることはなかった。
◇◆◇
その夜、夕食を終え明日馬は、一人個別に朝成に道場に呼び出された。
「さっきのこと覚えてるか?」
対面で向かい合い、真剣な面持ちの朝成に聞かれ、恐らく突如記憶が抜け落ちた時のことだろうと、明日馬は眉間を潜める。
「…覚えてないんです。気が付いたら吹っ飛んでて、青い光が諸星を包んでたので…」
歯切れ悪く言う日向に、朝成を顎を撫でてうーん、と思考を巡らせると、陸との戦いを思い出した。
「そういやお前、もしかして陸との戦いの時も覚えてねぇのか?」
明日馬は、一瞬喉を詰まらせると、ゆっくりと頷く。
「いつもなんです。いつも戦ってる時、突然記憶が失くなって気付いたら血塗れの相手が、目の前にいるんです…」
朝成は、目を閉じて今回のことと、陸との戦いの共通点を模索する。
なんとなく、ピースがはまりそうではまらない。
暫く瞑想してたが答えに辿り着けず、朝成は課題点として一旦持ち帰ることにした。
「まぁだいたい読めては来たけど、まだ憶測でしかねぇから、一旦考え直すわ。あと、恐らくそこが分かればお前はもっと強くなる」
そう言うと、朝成は会議を終了させて、二人は道場を後にようとした。




