【十五皿目】クリームシチュー
流星達は屋敷の大広間に案内された。
「おお〜、変わってねぇなぁ!」
流星は、久しぶりに見る風景に感慨に浸る。
部屋に入るなり檜や畳の匂いが鼻腔をくすぐり、ここで過ごした思い出が蘇って来る。
流星が部屋のあちこち物色していると、背後から昼彦の声が聞こえて振り返る。
そこには、見たことのある羽織を羽織っていて、思わず目を身開いて、指を指す。
「おっ、おま…っ!」
言いかけて、天道の言葉が脳裏に浮かぶ。
「うちの時期当主君なら大丈夫だよ」
次期当主君とは、昼彦のことだったらしい。
流星は次期当主候補が、まさかこんな子供とは思いもよらなかったのである。
「君の部屋は前と変わってないから、荷物を置いたらまたこの部屋においで」
その声は先ほど自分に啖呵を切った少年とは思えない、次期党首候補に相応しい貫禄がしっかりと備わっていた。
流星は、案内された部屋に一人で向かった。
朝霧が案内しようか?と言ってくれたが、部屋に入ればまた泣いてしまいそうな気がして断ったのだ。
部屋の扉を開けると、出て行ってから一年も立っているのに、そのままの状態である。
流星は適当に荷物を置くと、急いで大広間に向かった。
大広間に行くと既に皆が集まっており、まだ少し顔色が悪いが十六夜も参加している。
流星は空いてる席に腰を下ろすと、上座に鎮座する昼彦を改めて見ると、一層次期当主としての風格が醸し出されていて、年下にも関わらず緊張して肩が強ばってしまう。
「それで、なんですか?話って」
「その話なんだがね、まぁ他でもなく君の話さ」
先程までとは口調が変わっていて、どことなく天道を真似しているような錯覚を覚える。
「天使からある程度聞いてると思うけど、君は今日から事が済むまで一歩も外を出ないように」
「えっ、一歩も…って、学校は?」
「もちろん、通わせる訳にはいかないよ。学校には明日馬しかいないし同じ教室ならまだしも、学年すら違うからね」
流星は、思わず表情を曇らせて、頭を掻く。
「つったってよ、一歩も出るなっつったって、暇で仕方ねぇじゃん」
口を尖らせる流星に、昼彦は満面な笑みを向ける。
「もちろん、ただ何もしなくていい訳じゃないさ。君も料理人だろ?だから明日から台所は君に全部任せる。どうやら僕よりも美味しいって噂らしいじゃないか」
どこか含みのある言葉尻に、これは任命と言うよりむしろ挑発だと悟った流星は、やはり自分はこの少年にライバル視されているのだと、改めて認識すると、思わず表情がひきつる。
「へぇ、次期当主様に認めて頂けるなんて、光栄なことこの上ありません。是非料理のことは全て俺に任せて下さい、次期当主殿」
流星も負けじと態とらしく次期当主殿を強調して、相手の出方を伺う。
「僕を挑発するなんていい度胸だね。さすがは天使が見込んだことはあるってとこかな。でも僕は認めないけどね」
余裕な表情を浮かべて昼彦も、執拗に認めないことを強調して来る。
流星と昼彦の間に見えない火花が散っているのを感じ、その場にい者は腹を抱えて笑ったり、呆れて頭を抱えたりと各々の反応をしている。
「さ、話は終わったよ。今日はまだ来たばかりだから、今日くらいは僕が作るよ」
立ち上がりながら言う昼彦に、流星はすかさず拒否した。
「いいえ、当主殿。せっかくなので、今日から俺が作りますよ」
◇◆◇
会議が終わり流星は料理をする為、エプロンを取りに自分の部屋に向かっていると、一部始終を呆れながら聞いていた真昼が、申し訳なさそうに謝罪する。
「ごめんね。昼彦には、あとで言っとくから」
「いいよ、別に。いやぁ、まさか次期当主があんな子供とは思わなかったわ」
案外それ程真に受けていないのか、いつもの余裕な笑みを浮かべていて、真昼は安堵の息をこぼす。
部屋に入ると、流星は鞄の中からエプロンを取り出す。
「それ…、わざわざ持って来たの?」
意外そうな反応に、流星も意外そうな表情をする。
「そりゃあ、せっかくくれたんだから使わねぇとな」
エプロンを着けながら言う流星に、思わず真昼の表情が綻ぶ。
「ちなみになんだけど、昼彦の好物とかわかる?」
真昼は、顎に人差し指を当てながら考える。
「結構なんでも好きよ?特にこれってものはないわ。アレルギーとかもないし。辛い物、くらいかしら?」
台所に向かいながら、ふむふむと頭の中で情報を整理しながら、これから作る物を参考にする。
「そういえば、麻亜夜さんの容態は?」
「そうね、目が見えなくなっただけで、身体に影響はないから、問題ないわ。ただ、精神的なところが心配だけど…」
台所に辿り着くと、ここも一年前のままで、思わず感慨に耽ってしまう。
冷蔵庫を開けて材料が揃ってることを確認すると、真昼が手伝うわ、と身を乗り出す。
「じゃあ、野菜準備してくれる?」
「何をするの?」
「んー?確かこの辺だったかなぁっと。あったあった!」
取り出した物を確認すると、なるほど、と真昼は納得して準備に取りかかった。
真昼が切った玉ねぎを、飴色にとまではいかないが、小一時間くらいかけてしっかり炒めたあと、じゃがいもや人参などの野菜とエビ、ホタテを入れ、最後に鶏肉を入れる。
そして、予め沸騰させた湯を入れる。
こうすることで、肉が固くならない上に火が通りやすくなり、灰汁も取りやすくなり時短に繋がるのだ。
野菜に火が通ったところで、クリームシチューの元を入れて灰汁を取りながら丁寧に煮込む。
最後に予め別に湯がいていたブロッコリーを加えて、混ぜるとクリームシチューの完成である。
できたシチューを人数分皿に盛り、食卓に運んで行く。
「おー、シチューか。美味そうじゃん!」
横から朝霧が様子を伺う。
「言ってる暇があるなら、配膳手伝って」
ぴしゃりと、真昼に怒られて、へいへーいと素直に従う。
用意ができたところを見計らいってやって来た、昼彦と十六夜が定位置に座る。
「シチューですか。美味しそうですね」
「さて、僕が作ったのとどっちが美味しいか、楽しみだね」
相変わらず挑発的な昼彦に、流星は気にする様子はなく、配膳を終えると空いている場所に腰を下ろす。
全員揃ったのを確認すると、手を合わせ昼彦の合図と共に食事が始まった。
皆が一斉に口に運んだ時、先程までの緊張が一気に解れたように、皆の顔が綻ぶ。
流星は昼彦までも、表情が緩んだことを見過ごすことはなく、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「どうですか、次期当主殿。お口に合わなければ、吐き出して下さって結構ですよ」
流星は料理人ならばそういうことはしないと、プライドをついて態と挑発的なことを言ってみせる。
その言葉を受けてか、昼彦は嚥下する。
「ふん。別に君の料理を認めた訳じゃない。誰が作った料理だろうと出された物を無下にするのは、料理人としてのプライドに反するから、食べてあげてるだけだよ」
飽くまで認めない姿勢を示す昼彦に、流星は笑い声を上げた。




