【十二皿目】密告者
その日の放課後。
流星スマートフォンに一本の電話が鳴った。
流星が液晶画面を見ると、何故だか教えた記憶のない人物からだった。
「なんで俺の番号知ってんだ?」
眉をしかめていると、誰からだと明日馬が横から除き見て確認中するなり、すぐにそっぽを向いた。
分かりやすい反応に、番号を教えたことが明日馬だと分かると、流星は睨みつけている。
何度コールが鳴っただろうか、あまりにしつこいので観念して、通話ボタンを押すと、何故かテンションの高い声が耳に響く。
「やっほー、流星!スマホ買ったんだって?明日馬に聞いたよー?なんで教えてくれないの?いっくらでもいやがらせのライン送ってやるのに!」
もはや予想通りの発言で、流星は伝わらないのは理解の上で、精一杯嫌そうな表情をして無言で通話終了ボタンを押し掛けたが、天使にはそれも想定内だったのか、わざとらしく慌てて引き留める。
「わー!待って待って、切らないで!大事な話なんだってば!切ったら泣くよ!てかすぐに飛んで行くよー?」
どっちにしろ自分にとっては利益のないことなので、明日馬にもう一度怒りの念を送ってから、スマートフォンを耳に当てた。
「うっせぇな。なんだよ、大事な用って!下らねぇことだったら切るぞ」
「まぁまぁ、そう言わずに。本当に大事な用なんだよ」
先程の茶化した声とは売って変わった声色で、少し真実味が増し、いぶかしそうな表情をしつつも、耳を傾けることにする。
「本当に大事な用なのか?」
天使は少し間をとってから、もう1トーン落として口を開く。
「御影池千影って知ってるよね?」
その名前に流星は本当に大事なことなのだと、ようやく確信すると新たな情報を貰えるのかと、期待に胸を膨らます。
「この前襲って来た奴だろ?白い髪で赤い目の。昼禅寺にも聞いたよ。色々ヤベェんだって?」
「そう。ヤベェのよ。それもかーなり。うちも麻亜夜がやられた。でももう彼女は気付いてるだろうね。だからまた彼女はお前を狙うだろうね」
流星はぐっと歯を噛み締める。
真昼はあれからも身を案じて、ずっと電話をかけて来て、常に状況を確認し合っていた。
「つってもよ、俺ができることなんてねぇだろ?分かってる通り、戦う力がないし、だから軍に入らずに店を構えたんだし」
「だから、今日はその話をする為に電話したんだよ」
勿体ぶる天使に流星はまた苛立ちが込み上げるが、なんとか我慢して天使が話すのを待つ。
「今日の夜、お前を迎えに行く。それまでに荷造りしとけ」
唐突な内容に、流星は混乱する。
迎えに行く?荷造り?なんで?と、次々に疑問符が浮かぶ。
「御影池千影からお前を守る為だ。軍だったら24時間いつでも監視できるからね」
「はぁ?!ちょっと待て!24時間監視って、店はどうすんだよ!満月は成仏させたけど、店の役割りはまだ存続してんだぞ?!」
まくし立てるように喋る流星だが、それでも天使は冷静に要件だけを伝える。
「店は俺が変わってやるよ。だからお前は今、自分の身の安全だけを考えろ」
電話越しにあるにも関わらず、威圧感は伝わり、流星は言葉を詰まらせる。
「ってことだから、あとは宜しくねー!あ、せっかく流星の電話番号分かったから、毎日いやがらせのようにラインす」
ブチッと、流星は全てを聞くことなく、強制的に通話を切った。
明日馬にも聞こえていたらしく、乾いた笑い声を上げていた。
なんで流星がずっとスマートフォンを持たなかったのが、今分かった気がする。
「あーもう!だから嫌だったんだよ!おっさんに連絡先教えんの!」
流星は握り潰しそうな程の力で、スマホを目一杯握り閉めて怒鳴る。
横で、明日馬が申し訳なさそうな顔をしている。
「おら、日向!理由がどうであれ、おっさんに連絡先教えたの許さねぇからな!責任取れよ!!」
ビシッと人差し指を突き付けられて、罵声を浴びせられて、ようやく事の重大さに気づいた明日馬は、今度から人に連絡先を教えるのは止めよう、と心の中で猛省した。
◇◆◇
「そうか。またあの子が動き出したのか…」
商店街の金物屋の店主は、店のカウンターで腰かけながら呟くと、その情報を持って来た男の顔を見る。
「多分あんただって狙われる筈だ。話を聞く限り、その力を持つ奴なら誰でも無差別に狙うって話だからな」
「って言ったって、あたしは料理人でも霊媒師でもないはぐれ者だよ?」
男は声を荒げて、食らいつく。
「そんなの関係ねぇんだっつってんだろ!どんな力だろうと、自分から軍を抜けた奴だろうと、俺にとっての軍の当主はあんたしかいねぇ!天道なんて、絶対認めねぇ!」
もう今やただの商店街の金物屋に成り下がった自分に、そこまで言ってくれるのは、この男くらいしかいないだろう。
空音はふっ、と笑みをこぼす。
「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいさ。でもだからって、それが明日馬を傷つけた理由にはならないことくらい分かるだろ?」
図星なのか、男はぐっと歯を食い縛る。
「分かってるさ、あんたのやろうとしたことは。結果的にああなっただけで。本当は二度と同じことを繰り返さないように、働きかけただけなんだろ?なぁ、陸?」
陸は何も言うことなく、ただ黙って唇を噛み締めている。
実は、今まで陸は軍や身の回りに起こった出来事を、空音にこっそり密告していたのである。
「まぁ確かに、明日馬はまだまだ弱いし頼りないかも知れない。でも、誰かを守る素質がない訳じゃないことくらいは分かるだろ?」
陸はただ頷いてみせる。
「それはともかく!俺はこのままずっと、あんたを二十四時間監視するって決めたんだ。あんたがなんと言おうと譲るつもりはねぇ。分かったら、大人しく守られろ、いいな!」
もはやこれ以上口を挟む余地すら与えてくれそうにない陸に呆れる半面、不謹慎にも愛おしくも思えた。
空閑空音は、今から約二年前まで、軍の当主を努めていた。
彼女は霊媒師であったが、持っているのは治癒能力だけで戦う力は一切なく、尚且つ一番好きな物が見える料理人の力も持ち合わせていた。
だが、料理の才能も戦う才能さえも皆無であった。
当主は基本的に全ての力を持ち合わせていないといけないのだが、それがなかった彼女が当主になるなど、当時は誰も予想し得ないことであった。
しかし、そんな彼女が当主になることができたのは、その自分の為に命を張って守ろうとする者がいるくらい、素質と資格を持ち合わせていたからだ。
陸は当時はそんな空閑を守る為の、霊媒師で、料理人は他にもいて、歴代切っての三人体勢であった。
しかし、二年前の例の一件で料理人を失ったことにより、空音はやむなく当主としての席を外されたのである。
そして、当時空音の料理人を努めていた男は、今や大阪でお好み焼き屋を営む人物なのだ。




