【十皿目】昼禅寺昼彦《ちゅうぜんじひるひこ》
学校で授業を受けていた流星は、昨日の夜クリスマスパーティーを終えた後、帰路に着こうとした真昼に、忠告された言葉を思い出していた。
「そうそう、大事なこと言うの忘れてたわ」
靴を履きながら、思い出したように真昼が声を上げる。
「御影池千影には、十分気を付けなさい」
「お前、知ってんのか?」
「当たり前でしょ。狙われてるのは、料理人なんだから」
ふむ、と流星は頷くとその続きを急かした。
「一体なんなんだよ、あいつは?いきなり俺のこと斬りかかって来たぞ」
「やっぱり…」
真昼を表情を曇らせる。
「その子目的はあんたからその見える目を奪い、目的を果たすことよ」
「目的…?」
流星は顔をしかめると、真昼は、天使から聞いた話だけど、と続ける。
「その子はね、私達と同じ霊媒師の素質を認められて、軍に来たの。でも、彼女は料理人の存在を知ってから、料理人になることを夢見るようになった」
三人は真昼の説明を黙って聞いている。
「だから料理人になる為の努力はたくさんしたみたい。それこそ、血の滲むような努力を。でも、やっぱり見える力だけは、努力だけじゃ習得することは、できなかった」
真昼は一息ついて、また話し出す。
「だから、自分の霊媒師としての能力を悪用してしまったの」
「悪用…?」
真昼は目を閉じると、ゆっくり口を開いた。
「彼女の霊媒師としての能力は、化け物の力を奪うことだった。けど、料理人になりたかった彼女は、あることを思い付いたの」
ゴクリ、と一同は生唾を飲む。
「それは、化け物に対する力を料理人に使えば、見える力を奪えるのではないか」
一同は耳を疑った。
そんなことを考える奴が、同じ軍の中にいたのかと。
「まぁその予想は見事に的中して、彼女は次々と料理人から見える目を奪っていった。でも結局、どれだけ料理人から見える目を奪っても、自分が見えるようになることはなかった」
「だから、軍から永久に追放されたんだな?」
明日馬の問いかけに、真昼はコクンと頷くと、言っておくけど!と、身を乗り出し突然、明日馬の胸倉を掴んだ。
「今一番流星を守れるのは、学校も同じあんたなんだからね!本当は私がそうしたいけど、学校休む訳にもいかかないし、私も他の料理人を守らないといけないから、仕方なくあんたに任せてやってんのよ!流星に怪我させたら、許さないんだから!」
長い台詞を一気にまくし立てて言うと、真昼は今度は流星を指差して、
「あんたも、怪我なんかしたら、許さないんだからね!」
と忠告した。
(そうは言われてもなぁ…)
と記憶旅行を終えて現実に戻った流星が、うーんと唸る。
自分は一応満月の地獄の修行を受けたおかげで、体力こそあるが、戦闘能力はまるでないので、襲われたら御影池のような強い女性ならば、一瞬でやられてしまうかも知れない。
かと言って、このまま誰かに守られてばかりなのもどうなのだろうと、思考を巡らせると、刀が駄目だっただけで、肉弾戦ならできるのではないか?などと考え始める。
流星がどうこう考えてるうちに、その日の授業が終わった。
◇◆◇
その日の昼下がり。
朝成と麻亜夜が化け物の気配を感じとり、成仏させる為に屋敷を出た。
麻亜夜は化け物が一番好きな食べ物を見るなり、料理を初め、朝成は前線で化け物と戦っている。
いつもの通りの光景であった。
その時までは。
先程まで化け物の背中に乗り、刀を突き立てていた朝成が、突然、ゆっくりと前のめりに倒れ、地面に叩きつけられたのだ。
何が起こったのか分からず、朝成はその場にうずくまる。
同様に麻亜夜も混乱し、即座に朝成の元へと駆けつけた。
「どうしたんですか、朝成!」
十六夜は朝成が無傷であると言うことにすぐに気付いた。
どこを見ても、一滴すら血が流れていない。
どういうことなのかと、思考を巡らせるが、未知の出来事すぎて全然追い付かない。
その時、ふっと麻亜夜の目の前が影った。
顔を上げて影の正体を確認しようとしたが、無情にも叶わず、麻亜夜はその場に崩れ落ちてしまった。
朦朧とした意識の中でさえも、状況を把握しようと麻亜夜があがく。
ようやく視界に映ったその人物は、うっすらと笑いながら見下ろしていた。
(御影池千影…)
声にならない声で、麻亜夜がその名前を呼ぶと、千影は尚も笑みを浮かべている。
「さすがですね。麻亜夜さんクラスになると、奪ってもまだ意識を保っていられるんですね」
まるで、玩具を扱うようにニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた千影だったが、刹那、表情が一変したかと思えば、動きが止まった。
「ごめんね、二人共、遅くなって」
ふと少年の声が聞こえたと思ったが、何故か身動きが取れない。
「動けないと思うよ。僕の能力で力を吸いとったから」
淡いピンク色にピンクの瞳が、無表情で言う。
良く見れば両耳には、カフスをしていて、それが霊媒師と料理人、両方の力を持つ証であることを知っていた御影池は、欲が込み上げてくる。
しかし、刀を振りかぶろうにも、動くことがでないのだ。
「動けないでしょ。刀が君の体にある限り、君は力を奪われて、体力も思考も体の全細胞が胎児化するよ。君が朝成にやったようにね」
自分の体から、視力、聴力、知力、体力も失くなって行くのが分かる。
この少年が誰なのかと言うことを考えることも、もはや自分が誰なのかと言うことさえも分からない程に、千影の能力は、文字通り赤子同然までに退化してしまったのだ。
「あ、君と同じ力だと思わないでね。僕は君と違って基本的には人間には使わないから」
まるで、心を読まれたような発言である。
「もう頃合いかな」
そう言うと昼彦は、一気に刀を引き抜くと、千影はドサリと、その場に倒れ込んだ。
「そうそう、一応自己紹介しとくね。昼禅寺昼彦。昼禅寺真昼の弟で、軍の次期当主だよ。宜しくね」
その表情は、次期当主とは思えない、まだあどけない少年の顔だった。




