【八皿目】聖夜(中編)
クリスマス当日。
四人は約束通り、十三時に流星軒に集まった。
手にはそれぞれ、苦労して選んだプレゼントが抱えられ、テーブルには流星が作った、ビーフシチュー、フライドチキン、フライドポテト、ピザと豪勢な料理達が並んでいる。
どの料理もデリバリーではなく、流星の手料理と言うのが拘りを感じさせる。
仕切り役を命じられた流星は、オレンジジュースが入ったコップを片手に簡単な挨拶を済ませると、乾杯の音頭と共にパーティーが始まった。
パーティーを初めてから五分くらいして、カラカラと店の扉が開いた。
「あのぅ…。なんだか知らないうちにここにいたんですけど…」
と、兄弟なのか年端もいかない少年と少女が、手を繋ぎながら、やって来た。
流星はパーティーの最中で一瞬躊躇ったが、三人に背中を押されて客を招き入れた。
流星がじっと目を凝らすが、一番好きな食べ物は見えなかった。
「えっと、僕達何をすればいいんですか?」
少年の方が長男なのか、年齢の割にはしっかりしていて、先程から怖がってずっと兄から離れない妹を甲斐甲斐しく世話をしている。
流星はいつもなら、大丈夫だ、と言っているのだが一番好きな食べ物が分からないので、どうした物かと考えている。
すると、妹がお腹を空かせていたらしく、ぐぅ、と大きな腹の音を鳴らすと、それに釣られるように兄も腹の音を鳴らした。
「ご、ごめんなさい!僕達、一週間程ロクに何も食べてないんです…」
流星達は思わず目を見開いた。
こんな子供が一週間もロクに食事を取らないなど、どういうことなのだろうか?
四人は最近流れて来るニュースなどから、色んなことを推測すると、何かを察したのか、夕季が優しい声色で訪ねる。
「何か食べたい物はある?」
「食べたい物…」
聞かれて少年は暫く考えたが、首を横に振った。
ふむ、と流星は顎を撫でて考えると、予めおかわりするであろうことを想定して、多めに作っていたビーフシチューを食べられるかと尋ねた。
しかし、少年は聞き慣れないのか、その単語に首を傾げている。
そのくらいの年齢ならば、給食で出たりしないのだろうか?と流星は疑問を抱いたものの、物は試しと台所に向かって、二人分のビーフシチューを用意した。
二人は初めて見る料理に、瞬きを繰り返している。
妹の方が食欲には素直なようで、食べられる物だと分かれば、スプーンを掴み大きな口を開けて頬張った。
「美味しい!」
妹の言葉が本当であると理解した少年は、恐る恐るビーフシチューを口に運んだ。
「お、美味しい…」
それからは味を占めたのか、黙々と食べ続けて、皿はあっと言う間に空になった。
しかし、成仏する気配はなく、流星は唸り声を上げている。
「もしかして、今回も和子さんみたいな話なのか?それとも誠さんみたいに、拘りが強いとか…」
考えあぐねている流星を横目に、真昼は首を傾げた。
「違うんじゃない?相手はこんな子供だし、ビーフシチューすら知らなかったんだから、拘りなんてあると思えないわ」
だったら、と流星が言いかけた時、また兄妹の腹の音が鳴る。
「もしかして、まだ足りねぇのか?」
「ごっ、ごめんなさい…っ」
恥ずかしさで泣きそうになる少年を見かねた流星は、まだ手を付けてなかったフライドチキンを差し出す。
「いいんですか?」
「遠慮すんな。まだいっぱいあるから」
流星の言葉を信用したようで、兄妹は飢えた獣のように、食事を貪った。
結局兄妹二人は、ビーフシチューを初めて、フライドチキンとデザートにと用意してあったケーキを二人分を平らげた。
すると、二人を柔らかい光が包んで、流星達は驚いた。
「ありがとう、お兄ちゃん。ご飯食べたことのない料理もあったけど、どれも凄く美味しかった」
少年は涙を流しながら礼を言った。
「次生まれ変わった時は、もっといっぱい好きな物を…」
そう言いかけた時、流星はようやくこの二人が一番好きな物がなんだったのかと言うことに気づいて、首を横に振って、とても悲しそうな表情を浮かべた。
「次生まれ変わった時は、ちゃんと食えるようになったらいいな」
と言い直すと、二人は笑みを浮かべて、天へと旅立って行った。
「いやぁ、しっかし驚いたなぁ。いきなり来て、飯半分も食って帰るんだもんな」
流星は先程また新たに揚げた、フライドチキンを食べながら暗くなってしまった雰囲気を変えようとしているのか、少し大袈裟なくらい豪快に笑っている。
「でも良かったじゃん。成仏できて」
ポテトをくわえながら日向が言う。
「あんなに食べてくれたら、料理人冥利にも尽きるんじゃないの?」
「そうそう。だから、皆ももっといっぱい食ってくれや」
言われなくても、と皆は遠慮なく料理を食べる手を進める。
◇◆◇
ある程度料理を食べ終えた後、真昼が唐突に話題を切り替えた。
「さーて、ここからはお待ちかねのプレゼント交換よ!」
「それはいいけど、どうやって渡すんだ?とりあえず、どっちにあげても使えるような物しはしたけど」
と、いまいち分かっていない流星が聞く。
「とっ、とりあえず私達は誰にあげるか決めてるから、その人にあげればいいのよ。ね?」
と、夕季に確認すると、頷いてみせるが、そういう物だったっけ?と明日馬は首を傾げる。
自分が知っているプレゼント交換と言うのは、歌に合わせてグルグル回して、終わった時に持っていた物が貰えると言う物を想像していたのだ。
細かいことはどうでもいいの!と、真昼は真っ先にプレゼントを持ってさっさと流星に渡した。
何故自分が選ばれたのかまるで分かっていない流星だったが、くれるなら、と受け取ると、袋は大きさの割に軽かった。
「開けていいか?」
「いいわよ」
袋を開けると、中には男性らしいデザインの、デニム生地のしっかりしたエプロンが入っていた。
「色々考えたんだけど、それくらいしか思いつかなかったのよ。料理するなら、いいかもって」
ほんのり赤く染まってる顔を反らしながら、真昼は言う。
流星は少し意外そうな顔をしたが、満足そうな笑みを浮かべて真昼の頭を優しく叩いた。
「ありがとな。大事に閉まっとく」
「そっ、そうじゃなくて!使いなさいよ!その為に買ったんだから!」
「でも、汚れたらもったいないし…」
「いいから、着なさいよ!なんなら今!」
真昼に無理やりせがまれると、少し躊躇いながらも今着ているエプロンを外して、新しいエプロンに腕を通した。
「ほら!やっぱり似合うじゃない!」
と、真昼が満足げに笑っている。
「そうか?ありがとな」
照れ臭そうに頬を掻いてると、流星もプレゼントを渡すと、開けるなり真昼は目を見開いた。
それは、女性好きのしそうであり尚且つ派手ではない、程よいデザインのマグカップだった。
「七夕と二人に当たっても使えるようにって思ったんだけど、いいのか?そんなんで?」
真昼は、嬉しそうな表情をすると、ぎゅっと大事そうに握り締める。
「大事にする。ありがとう」
と言った。




