【七皿目】聖夜(前編)
流星と明日馬は、屋上で昼食を取っていた。
流星は相変わらず自分で作った弁当で、明日馬は何か心境の変化でもあったらしく、弁当を自分で作るようになっていた。
「相変わらず健康的な弁当だな、あんたは」
明日馬は、白米、卵焼き、たこさんウインナー、肉団子、ひじきの煮物が入った弁当を見つめると、ひょいと卵焼きを盗み食いする。
昨日は鰹出汁ベースだったが、今日は甘く、毎日味が変わっている。
「お前こそ、弁当作るって息巻いてた割に、なんで毎日生姜焼弁当なんだよ」
白米の上に茶色一色の、いかにも男子中学生らしい弁当である。
「いいんだよ。コンビニのじゃないだけマシだろ」
まぁな、と流星は笑っている。
ふと弁当に箸をつけようとした手を止めた明日馬が、ポツりと呟く。
「聞かないんだな」
「何が?」
「千影のこと…」
流星は食べる手を止めることなく、続ける。
「まぁなんで、あんな美人と幼馴染みなんだとは思うけど」
相変わらず、冗談なのか本気なのか分からないことを言っている。
「昔住んでたんだよ、近所に。幼馴染みっつっても、年が離れてたから、千影が中学上がったくらいから、あまり会わなくなったけど…」
あんなにスポーツ一筋だった彼女が、まさか霊媒師などになるとは、到底思いもしていなかった。
「軍から追放されたことは、天道さんから聞いてたから知ってたんだ。千影の本当の能力も、目的も。でも…」
でも、何故自分が恨まれているのかなんて、明日馬自身も理解できなかった。
「相当恨んでるっぽかったな、あの子」
「それが分かんねぇんだよ。俺が軍に入った時はもう、千影は追放されてたから…」
明日馬は、深く溜め息を吐く。
「いやぁ、あの恨み方はただ事じゃなかったぞ。絶対何かしたんだって。浮気とか」
「する訳ねぇだろ。付き合ってすらねぇのに」
じゃあ、と流星は次々と理由を上げるが、全て否定された。
いよいよ頭を抱えていると、明日馬のスマホの電子音が鳴って確認すると、液晶画面には七夕の文字が。
「お、七夕からじゃん。出ろよ」
流星に急かされて、通話ボタンを押すと、夕季の元気な声が耳を刺激した。
「おー、七夕さん、今日はまたどうしたんだ?」
「クリスマスのことで電話したんだけど、流星君もいる?」
電話越しに呼ばれて、流星は返事をすると、それはだったら話が早いと続ける。
夕季の電話の内容は、クリスマス会の話だった。
どうやら真昼と四人で集まって、パーティーをすることを企てていたのだ。
「別に予定はない、けど…」
明日馬の歯切れが悪い返事を見かねて、真昼が半ば無理やり夕季のスマホを奪い取る。
「流星もいるんでしょー?二十五日の一時から、あんたの店借りきってするんだけど、問題ないでしょー?」
真昼のやや高めの声が耳を突き抜けて、明日馬は思わずスマホを遠くへ引き離すと、それを流星が受け取る。
「俺はいいけど、いつの間にそんな話になったんだよ?」
急に聞こえた流星の声に、真昼の心拍数が上がる。
「この前から夕季と話してたのよ。美味しい料理とプレゼント忘れないでよね~」
自分の言いたいことだけを言うと、真昼は拒否権はないと言わんばかりにさっさと切ってしまった。
「あははっ、相変わらず強引だなぁ」
笑いながら流星はスマホの電源を切る。
クリスマス、もうそんな時期かと感慨に耽りながら、架空を見つめる。
「つーか、料理もプレゼントもって、俺損しかしてなくねぇか?」
明日馬もそればかりは同調せざるを得ず、首を縦に振る。
二人は学校の帰り、プレゼントを買う為商店街へ向かった。
◇◆◇
クリスマス会の食材とプレゼントを買うべく、流星と明日馬は商店街に向かった。
商店街はクリスマス仕様で、その手の商品で目白押しで、接客もいつも以上に力が入っている。
とはいえ、中学生の経済力など雀の涙で、千円はおろか高くともせいぜい三千円くらいのもので、買える物も大分絞られてしまう。
周りを見ればまだクリスマス前だと言うにも関わらず、気の早いカップルで賑わっていて、男二人ではいささか浮いてる気がして、なんとなく肩身が狭い。
「クリスマスプレゼントを買いに来たはいいけど、何を買えばいいんだ?」
「俺だって知らねぇよ。女子にプレゼントあげたことねぇのに」
などとなんとも頼りないことを言いながら、商店街を散策する。
とりあえずと、商店街を入ってすぐある雑貨屋に入ってみると、いかにも女性が好きそうな品達が並んでいる。
見るからにクリスマスのデザインを模した物がいいのか、はたまた通年通して使える物がいいのかさえ悩む。
見かねた20代くらいの女性店員が、彼女にプレゼントですか?などと聞いて来て、思わず二人して赤面してしまう。
「いえ、と、友達です。女の…」
と日向が正直に言ったのが、良かったのか悪かったのか、店員は調子付いて、質問責めをして来た。
「おいくつですか?」
「えっと、高校…一年と二年?」
と、流星に確認を取るように聞く。
「でしたら、こんなのどうですか?そっちの彼氏さんの彼女にはこんなのとか!」
まるで先程の話を聞いていなかったのか、店員は完全に彼女にプレゼントをする前提でセールスして来る。
だが、彼女にプレゼントすると勘違いされたことはともかく、進められた品達は、どれもセンスが良く、二人はさすが女性店員だなと素直に感嘆する。
それからかれこれ三十分は悩んだだろうか。
二人は他の店にも寄るつもりだったが、くせの強い店員に負けて、この店だけで決めてしまった。
二人は店を出て暫くすると、可愛くセンスのいい袋にラッピングされたプレゼントを見る。
「あの店だけ決めちまったけど、本当に良かったのか?」
「まぁ、いいんじゃねぇの?気に入ってくれるさ、多分」
少し懸念が残るものの、二人は食材の買い出しに向かった。
◇◆◇
その頃、夕季と真昼もプレゼントを買うべく、予め何軒かレクチャーしていた店を回っていた。
「それで?どんな物にするか、夕季は決めてるの?」
「ううん、ずっと考えてるけど、なかなか決まらなくて…」
夕季が溜め息をついて肩を落とし、真昼ちゃんは?と聞く。
「私もまだ決まってない。だって、男の子にプレゼント渡すのなんて昼彦くらいだもん」
夕季がふと、昼彦と流星と明日馬の年が近いことに気付き、参考にしたらどうかと提案すると、真昼は珍しく素直に受け入れて、ラインを送った。
五分くらいして、帰って来た返事を確認するとそこには、お姉ちゃんがくれる物ならなんでもいいよー!と、シスコン全快の答えが帰って来て、がっくりと肩を落とした。
「ごめん、参考にならなかったわ」
夕季も思わず苦笑した。
「昼彦君がダメとなると…」
夕季が次に思い付いた人物は、天使と朝成と陸くらいだったが、天使と陸など当然の如く論外だと切り捨てて、朝成に聞いてみることにした。
その朝成でさえ、正直なところ期待してなかったが、案外まともなアドバイスが帰って来て、二人は意表を突かれた。
「なるほど!それ、アリかも知れない!」
「でもこれ、本当に朝成の意見なの?麻亜夜に聞いてない?」
さすがに少し的確すぎるアドバイスに、文句を言う真昼に、夕季がまぁまぁ、となだめる。
プレゼントの内容を麻亜夜のアドバイス通りに選び終えると、男性用らしい飾り気のない袋をしっかりと抱えて、店を後にした。




