【六皿目】召集
その日の昼下がり。
陸は三日振りにようやく正気を取り戻し、霊媒師の仕事に復帰し、化け物の気配を感じるなり、有無を言わさず屋敷を出て行った。
その戦い方は、成仏させると言うよりは、ただ化け物を斬るとスタイルは、相も変わらぬ物であった。
その頃、軍では御影池千影の存在を聞いた者が、一同に介していた。
ただそこには、陸の姿はない。
暫く帰りを待っていたが、痺れを切らした朝成の怒号によって、帰りを待つことなく、会議は始まった。
皆が集まり、先に声を上げたのは、朝成だった。
「一体どう言うことだよ!千影がまた料理人を狙ってるって!永久追放されたんじゃなかったのかよ?!」
「落ち着きなさい、朝成。これから天道が説明するんでしょう」
天使が召集をかけたにも関わらず、ずっと黙り込んでなかなか切り出さない天使に怒りを露にし、声を張り上げる朝成を、隣に座っていた麻亜夜が諌める。
「いいよ、麻亜夜。朝成の反応も無理はないさ。彼女が狙ってるのは料理人で、君もその対象なんだから」
事の割に天使は冷静な口振りで、話し出す。
「何故彼女が今、動き出したのは俺にも分からん。
ただ、一つだけ言えるのは、彼女の目的は昔果たせなかったことを、果たそうとしているみたいだね」
「昔、果たせなかったこと?」
最年少の昼彦が聞く。
「そうか、君は知らないよねぇ。君が軍に入ったのは、彼女がいなくなった後だから」
天使は、千影がこの軍に来た経緯や、料理人を見える目を奪う能力をもつことを説明して行く。
「料理人から見える目を奪うって…、そんなことして一体なんの意味があるの?」
昼彦は困惑を隠せない表情をしている。
「自分も料理人になる為さ。彼女はずっと、霊媒師ではなく、料理人になりたがっていたから」
「だからって、奪ってまでなることじゃねぇだろ!」
朝成が怒鳴る。
天使は皆がどんな反応を示すか悟っていたのか、表情を変えることなく続ける。
「確かにそう思うかもしれない、だから追放したんだ。
でも…」
中途半端に言葉を飲み込むと、言葉を選んでいるのか、考えを巡らせる。
「夕季と千影は同じだった、ってことじゃないかな」
その比較対象に、朝成は口をつぐんだ。
二人とも霊媒師だったが、霊を傷つけてまで成仏させるのは正義ではない、と言う同じ意見を持っていた。
しかし、千影には見える目を奪うと言う能力を持っていたばかりに道を違え、軍を終われてしまった。
千影には潔く諦めると言う選択肢は存在しなかった。
それ程までに、料理人に対する強い憧れがあったのだろう。
だったら尚更、彼女をこのままにしておくのは危険すぎる。
彼女ならば、自分が料理人になる為ならば、料理人全てから見える目を奪い兼ねない。
彼女はそう言う人間なのだ。
先程まで大人しく話を聞いていた真昼が、口を挟んだ。
「でもちょっと待って!料理人になりたいから、料理人から目を奪おうとするのは分かるけど、料理人皆から奪う必要はあるの?」
それは至極当たり前の質問であった。
天使が口を開く。
「できなかったんだよ」
「え?」
「料理人から目を奪ったところで、奪われた料理人が見えなくなるだけで、彼女自身が見えるようになった訳じゃないから」
だから、自分が見えるようになるまで、無差別に料理人から目を奪い続けて来たのだと言う。
それはあまりにも残忍な発想であった。
しかし、当時自分から一番得意であったスポーツを奪われ精神的にも弱ってしまっていた彼女なら、そう考えるようになるのも無理はないのかもしれない。
平静を保ちながら、話を聞いていた麻亜夜が口を開く。
「その見える力を奪われた料理人は、どうなったのでしょうか?」
「どうもないよ。ただ一番好きな物が見えなくなるだけさ。料理の腕までは奪われる訳じゃない」
暫し、沈黙が流れた後、昼彦が口を開いた。
「見える力を奪われた料理人がたくさんいたって言ってたよね?だったら、見る目は奪われたらもう、取り返すことはできないの?」
天使が、ほんの一瞬だけ表情に影を落とし、重々しくあるよ、と続ける。
一同はざわめいて、天使に注目する。
「その方法はね、御影池千影を殺すことさ」
「御影池千影を殺すって…!」
朝成が動揺する。
「だから追放したんだよ。これ以上被害者が出ないように。彼女の身の安全も守る為に、永久にね」
それから暫く一同は口を閉ざし、ただ重い沈黙が流れた。
やがてその沈黙は、昼彦によって破られた。
「それで、結局僕達は何をすればいいのかな?もしかして、ただその報告だけに召集をかけた訳じゃないよね?」
先程まで、穏やかそうに微笑みながら、最年少ながらも冷静に会議に参加していた昼彦とは異なる様子である。
その様子に一同は何かを感じ取ったのか、ビリビリと背筋が凍りついた。
「いやぁ、流石昼彦、良く分かってるね」
天使は感心して、昼彦を称賛する。
「いいよ、そういうのは。で、僕達は何をすればいいの?」
せっついて来る昼彦に、観念したかのように天道が口を開いた。
「俺達にするべきことは、御影池千影を止めること、料理人を全力で守ること、ただそれだけだ」
そう簡潔に伝えると、そこで会議は終わった。
昼彦は、ただ口元に冷ややかな笑みを称えていた。
そこには、もはや十二歳の少年の面影はなかった。
◇◆◇
会議が終わった後、真昼と昼彦は用事があると言ってすぐに退席し、結局陸はあのまま帰って来ることはなかった。
残った天道は真昼をいないのをいいことに、夕方から朝成と軽く一杯やっている。
麻亜夜はそれを、ただ黙って見るに徹している。
「久しぶりに見たわ。昼彦のあの顔」
ぐいっと酒をかっくらいながら、朝成が言う。
「あれは、新しい玩具を見つけた顔ですね」
はぁ、と麻亜夜が小さく溜め息をつく。
「さすが、俺が見込んだだけあるでしょ?」
朝成は、同調するでもなく、ただ苦笑を浮かべている。
「まぁ確かに今は体が小さいから力は弱いけど、成長すれば、明日馬や陸なんかより強くなりそうだな」
朝成は早々にグラスを空にすると、麻亜夜に差し出しお代わりを要求したが、
「私は真昼と違ってお世話係なんかしませんよ」
ときっぱりと拒否された。
「おいおい、そんなんじゃいい嫁にはなれないぞぉ~?」
すっかり酒が回り顔を真っ赤にさせて纏わりつく朝成を、うざったそうに見つめると、意地の悪い笑みを浮かべる。
「…だったら、諦めて他を当たって下さい。私は、幽霊以外には料理も、世話をするつもりはありませんので」
と、含みのある物言いをした。




