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【完結・祝一万PV】流星の料理人【ありがとうございます!】  作者: 紅樹 樹(アカギ イツキ)
霊媒師《エクソシスト》編
38/81

【四皿目】うどん

 店を出た二人を追いかけようと立ち上がった明日馬だったが、流星に止められて、再度椅子に腰を下ろして深い溜め息をついた。



「やっぱり、間違いだったかな…」

 明日馬は、少し後悔して、空になった皿に視線を落とす。

「大丈夫だろ、きっと」



 流星は、何故か自信に満ちた笑みを浮かべている。

 いったいどこから湧いて来るんだか、と呆れたように息を吐く。


 

 流星は、カウンターに明日馬と向き合うように座りながら、先程机の上に置いたコンビニで買ったサンドイッチを頬張っている。



「にしても意外だったなぁ」

「何が?」

「いやさ、料理全然できねぇお前が、謎のアレルギーの正体を突き止めるなんてさ」



 明日馬は少し、バツが悪そうな顔をする。

「まぁ、俺もずっと悩みではあったからな…」

「まぁそりゃああんな不健康な食生活してりゃあ、病気の一つや二つあるわな」



 まるで他人事のように、言ってのけられて、思わず唇を尖らせる。



 サンドイッチを頬張りながら、流星はふとなんだかんだで自分は恵まれていたんだな、と改めて思った。



 両親が生きていた頃は、朝はご飯と味噌汁と目玉焼きだったし、弁当、夕飯も必ず全部手作りのものを食べさせてくれていた。



 その時の流星はそれが当たり前で、こういうコンビニやスーパーの惣菜ばかりの生活など、まるで考えられなかったのだ。



 流星は最後の一口を食べ終えると、手についたマヨネーズを舐め取っている。



「ごっそーさん」

 そう言ってお冷やを一気に飲み干す流星を、明日馬がじっと見つめている。



「どうした?なんかついてるか?」

「いや、なにもないのかな、と…」

 明日馬が言わんとしてることを汲み取った。



「うん、なんもねぇな」

 さらっと言われて、この世は理不尽だと明日馬は心の中で呟いた。



 明日馬は徐に時計に視線をやると、十七時を回っていた。

「そろそろ帰るわ」

「どした?まだ時間あるだろ?」


「買い物行くんだよ。最近、自分で作るようにしてんだ」

「ほー!そりゃあ感心!感心!今度俺にも食わせてくれよ!」



 こいつ、本気で言ってるんだろうか?明日馬は顔をひきつらせる。

「プロの料理人にゃ食わせられる代物じゃねぇよ!」

 少し声を荒げながら、明日馬は店を後にした。



◇◆◇



 明日馬はスーパーで買い物を済ませると、急いで帰路についた。

 明日馬が買ったのは、何を隠そううどんであった。

 しかも予め湯がかれたうどんではなく、時間をかけて自分で湯がく乾麺だ。



 明日馬は料理をしているうちに、少々難しい物にもチャレンジ欲が掻き立てられたのだ。

 明日馬はしっかりと説明書に目を通すと、その通りに家庭で一番大きな鍋に、たっぷりの水を入れて湯を沸かす。



 具材の刻みネギと、水でもどしたワカメ、かまぼこも準備する。



 その間に横で手鍋を用意し、鰹だしと醤油と水を入れてスープの準備をする。

 湯が沸いたところに、くっついた麺を解すように入れ、十五分程炊く。



 うどんを炊いてる間に、予め準備しておいたスープを丼にいれると、完成である。

 明日馬は、おお!と感嘆の声を上げて記念にと、スマホで写メを撮ってから、手を合わせてズズッとすすった。



 しかし、明日馬の表情は天国から地獄に突き落とされたかのように、一変する。

 それは、自分が今まで食べたことのあるうどんとは、全く別物であったのだ。



 スープは特に不味い訳ではないのだが、肝心のうどんが固いのだ。

 例えるならそう、ゴムを食べているような感触なのだ。


 明日馬はもう一度、ゴミ箱に捨てた袋を拾い上げて確認する。

 だが、何度読み返しても間違っていない。

 


 全然腑に落ちなかった明日馬は、それから何回も同じように乾麺のうどんを買っては、説明書の通りに作るを繰り返したが、やはり失敗に終わった。




◇◆◇



 翌日、そのことを流星に馬鹿にされるのを覚悟で話したのだが、流星は馬鹿にすることなく、ただ、ああ!と声を上げると意外な答えが帰って来た。



「それ、湯がき時間が短いんだよ」

 日向は、思わずはぁ?と間抜けな声を上げる。

「何言ってんだよ!そんな訳ねぇだろ、説明書通りに作ってんだぞ?」



「だからな、その説明書が間違ってんだよ」

 明日馬は愕然として、あんぐりと口を開けた。

 説明書が間違ってるなんて、一体どういうことなんだ?



「あるんだよ、結構そういう商品が。ほら、最近って、美味くて安くて早い!が売りだろ?だからそのニーズに合わせて、本当はもっと時間をかけなきゃなんねぇのに、短く設定するんだって、父さんの友達のうどん屋の店主が言ってたわ」



 明日馬は脱力して、その場に項垂れた。

 そりゃあ、いくら説明書通りに作っても、美味くならない筈だと納得すると、新たな疑問を投げ掛けた。



「じゃあさ、本当はどれくらいがいいんだ?」

 流星は顎に手を添えながら、空を見上げた。



「と言うか、本当はその、家庭で一番大きな鍋ってのも間違いなんだよ。家庭用の大鍋っつっても色々あって、1リットルでも大きな鍋だし、四リットルも大きな鍋なんだよ」



 ポカンと情けなく口を開いていた明日馬が、いよいよ眉間に皺を寄せ始める。



「そういう乾麺うどんっつーのは、元々店で使われる物だし、家庭で作るのはかなり難しいんだ。それに大きな鍋を使うとなれば、必然的に強火も力も必要になるんだ。だから、IHみたいなんじゃ、どう考えたって無理な訳だ」

 


 明日馬は、思わず喉を詰まらせた。

 かく言う自分の家もIHで、条件が全く合わないのだ。

 だが、明日馬は首を捻った。



「じゃ、じゃあなんでちゃんと書かないんだよ?売る為には必要な情報だろ?」

 流星は厳しい表示を浮かべる。



「逆に聞くが、そんなこと細かにあれはダメ、それはダメ、ここはこうしろ~だの書いた商品を日向は買うか?」



 明日馬はグッと奥歯を噛み締める。

 言われてみれば、確かに自分ならそんなめんどくさい商品は買わないだろう。



 むしろ、どちらかと言えば、早くできることが当たり前だと思っていた側である。

「だからニーズに合わせた結果なんだって、うどん屋の店主も嘆いてたよ。それで倒産する店もあるのにな…」



 悲観するように架空を見つめる流星に、明日馬は胸が痛くなった。

 そして、次からはもっと、食べ物に対して感謝して食べようと、心に誓った。



◇◆◇ 



 その日、明日馬はやはり諦められなくて、同じ乾麺を買って流星軒を訪れた。

 流星は、諦め悪いなぁなどと苦笑いしつつも、正しい方法でうどんを湯がいてくれた。



 流星の言った通りに、本当に三十分…いや、四十分は掛かっただろうか、出来上がった時にはお腹がペコペコだった。



 ふぅふぅ冷まして食べるのも惜しいくらいだったが、明日馬は先程の誓いを守るようにちゃんと冷ましてからゆっくりとすする。



 時間をかけて作った甲斐があってか、そのうどんは明日馬にとって、十三年間生きて来た中で、最高峰の物となった。

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