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【完結・祝一万PV】流星の料理人【ありがとうございます!】  作者: 紅樹 樹(アカギ イツキ)
霊媒師《エクソシスト》編
35/81

【一皿目】別離

 明日馬との戦いが終わり、一人で軍に戻った陸は、昨夜から道場にこもっていた。

 夜通しサンドバッグを殴り続けていたたかと思えば、竹刀を振り回したりと、よもや稽古ではなく、ストレスを発散しているかのように動き回っていた。



「そういや、陸の奴、昨日から道場に籠りっぱなしかよ?」

 昼彦の作った朝食を囲みながら、朝成は言った。



 昼彦の作る食事はとても健康的で、白米、毎日変わる日替りの味噌汁、だし巻き卵、焼き鮭、納豆、冷奴と、

ちょっとしたホテルさながらのラインナップである。



「仕方ないわ。昨日あれだけこっぴどくやられたら…ねぇ?」

 同じく、朝食をいている真昼が歯切れ悪く、口を開く。



 真昼が昨日帰った時は23時を回っていて、満月みづきが成仏してから全く何も手付かずな流星の代わりに、片付けやらをしていたのだ。



 帰ってすぐに真昼は、皆に事のあらましを説明した。

 満月みづきが成仏したことや、陸が明日馬と戦って深い怪我を追わされたこと、それを治した空閑空音のことも。




 味噌汁をすする手を止めて、朝成が眉間に皺を寄せる。

「それは分かるけどよ、明日馬ってそんなに強かったか?稽古着けてやった俺が言うのもなんだけどよ、陸と似たり寄ったりだったろ?」



「それだけ強くなったんじゃないんですか?私達の側を離れてからの期間で」

 先程から黙々と食べていた麻亜夜が、ようやく口を挟む。



「言ったって経った三ヶ月だぞ?それでそこまで強くなるかぁ?」

「知りませんけど…」 

「あれは強くなったと言うよりもただの…」



 朝成の言葉を組み、真昼は口を開くが言い淀む。

 何かをきっかけに豹変して、形振り構わず戦うあの姿は、ただの暴走だ。



 最初、明日馬と陸との戦いを見ていた真昼は、朝成の言うように互角に見えた。

 


「珍しいな、真昼が言い淀むなんて」

 朝成が笑っている。

「うるさいわね。私にだってそういう時くらいあるわよ」



 居心地が悪くなった真昼は、急いで残りのご飯をかきこむ。

「急いで食うと詰まらせるぞ?最近そういう事故多んだってよ」



「それは子供やお年寄りの話でしょ?!あんまり子供扱いしてると斬るわよ!」

 精一杯鋭い目付きで睨むが、まるで効かず朝成は余裕綽々に笑っている。



「おーこわ」

 それ以上は何も言うまいと決め込み、真昼は空になった茶碗を持ち流し台に運ぶと、大きなリュックを背負った。



 先程まで一緒に食事をしていた昼彦が立ち上がり、真昼に弁当を渡す。

 真昼の小さな体は、リュックと弁当の重量に耐えられず思わずよろけそうになる。



 弁当は四段のお重箱に詰められていて、真昼は傾けないように慎重に扱う。



「ありがと、昼彦」

「あれ、今日休みじゃなかったっけ?」

 と、朝成が言う。



「お墓参りに行くのよ」

「墓参りって誰の…」



 朝成は言い掛けて気付くと、目を閉じて、

「気ぃつけろよー」

 と、間延びした声色で、卵焼きをつつきながら真昼を見送った。



◇◆◇



 

 外は昨日の夜から雪が降っていたからか、コートを着ていても芯から冷える寒さで、身震いすると小さな体が一層小さくなる。



 墓は、軍の敷地内にあり、面屋から少し歩いたところにある。

 そこには既に天使、明日馬、夕季が集まって、喪に服していた。



 墓は綺麗に手入れされていて、まるで何日も前からあったような雰囲気で、真昼は満月みづきが死んだのは一年前だったことを思い出して、複雑な気持ちになる。



「おー、真昼、遅かったじゃないの」

 話かけたのは天使である。



「ご飯の時にいないと思ってたら、一人で来てたのね」

 真昼はキョロキョロと辺りを見渡すと、一番前に座っている金髪の少年を見つけた。



 昨日の今日で来ないかもしれないと思っていたので安堵したが、流星の目は一晩中泣き腫らしたように痛々しく、胸が締め付けられる。

 彼は一体今、どんな思いなのだろう。



 自分だってそれなりに人が死んだ時の痛みや悲しみは、今まで成仏させて来た霊を通して、それなりに分かっていたつもりだったが、恋人を二度も失った感情は、真昼には計り知れなかった。



 後から聞いた話なのだが、流星がここまで来るまでにやはり、相当な労力を要したそうで、喪服に着替えさせるのにも相当な苦労だったそうだ。



 暫く墓石を見つめていた流星が、徐に立ち上がると、真昼の存在に気付かず逆方向へと進んで行く。

「ま、待って!」



 すかさず声をかけると、ようやく気付いたのか、歩を止めた。

「これ、お弁当!昼彦が作ってくれたの!皆で一緒にって…」

「いらねぇ」



 自分に顔も合わすことなく、まるで覇気のない声色に、真昼は思わず言葉を詰まらせるが、負けじと食らいつく。



「馬鹿!一体いつまでそうしてるつもりなのよ!満月みづきが言ってたの忘れたの?あんたを守って死んだこと、後悔してないって!あんたにはこれから皆で一緒にご飯を食べて欲しいって!」



 言われて流星が拳を握り、体を震わせる。

「うるせぇ…。お前に何が分かる!二度も大事な人を失った俺の気持ちなんか、お前に分かるのかよ!」



 流星の目から大粒の涙が零れ落ちる。

 その言葉に反論できず、言葉を詰まらせていたが、沈黙を破ったのは、明日馬が流星の顔をひっぱたく音だった。



「ちょっ、日向…!」

 止めに入ろうと真昼が身を乗り出すが、隣にいた天使にすぐに制された。



「月見里さんが死んで辛いのも、皆同じなんだよ!俺だって、ちょっとしかいなかったけど、それでも寂しいことには変わりねぇんだ!だからせめて今日くらい、月見里さんの前ではお前が皆で食べてる姿見せて、安心すさせてやれよ!!」



 明日馬の天をも穿つくような声に、この場にいる誰もが胸を抉られる思いであった。

 いち早く明日馬の言葉をいち早く汲み取った天使が、満月みづきの墓石を背に座り込こむと、わざとらしく大声を上げる。



「ああ!朝飯食ってねぇから腹減ったわぁ!真昼ー、飯ー!」

 皆一様に呆気に取られていたが、我に帰った真昼が、身を翻す。



「もう、うるさいわね!ビニールシート持って来てるから、準備して!」

「あ、じゃあ私も手伝う!」

 夕季が続き、ビニールシートを広げる。



「ほら、男連中もボーッとしてないで手伝いなさい!」

 真昼に命令されて、やや不愉快そうな顔をした明日馬だったが、ぐい、と流星の手を引いて皆の元に歩き出す。



「おい、俺まだ参加するなんて…っ!」

 言いかけたが明日馬は無視して、尚も流星を引っ張ると、適当な場所に無理矢理座らせた。

 明日馬も隣に座ると皿と箸を配る。


 

 真昼が重箱を開けると、色取り取りの食材達が並んでいる。

「おお、凄ぇ!これ、誰が作ったんだ?」

「昼彦よ。有りがたく頂きなさい」



 自分が作った訳ではないのに何故か、真昼が得意気に鼻を鳴らしている。

「あれぇ、酒がないよ~?」

「当たり前でしょ」



 甘えた声を出す天道を、冷やかな目で一刀両断すると、しゅんと肩を落としてわざとらしくうっすらと涙を浮かべているが、真昼は無視した。



 準備が整って、天使が改まって軽い挨拶をした。

「普通お墓の前で飲み食いなんてダメだけど、俺ん家の敷地内だし近所迷惑もないから、遠慮なく飲み食いしましょう!」



 その声を皮切りに宴会が始まった。

「昼彦君のご飯、なんか久し振りだよ」

 夕季が懐かしそうな顔をしながら、ひじきの煮物を食べている。



 いつまでも手をつけようとしない流星を見かねた明日馬は、溜め息をついて適当におかずをよそって、流星に差し出す。



 流星は食欲なんてまるでないのだが、仕方なく受け取り、おもむろに卵焼きを口に入れた。

 すると、ほんのりと優しい甘さが口の中に広がり、先程までの鬱屈とした感情が、少しだけだが解れた。



 久し振りに食べる自分とは違う人が作る料理。

 そういえば、以前和子も卵焼きを作ってくれたことがあり、砂糖入りの甘い卵焼きだったが、それとはまた違う味だった。



 レシピと同じように作ったところで、少なからず個性が入るので全然違う味になる。

 料理とはそういう物なのだ。

 そういえば、と流星は平岡夫婦のことが、頭をよぎった。



 奥さんのレシピ通りに作っても、同じようには作れないと嘆いていた忠平さんのことを。

 忠平さんはあれから、奥さんの作った肉じゃがを、再現できるようになっただろうか?



 流星はふと平岡夫婦のことを考えるくらいには、気持ちを取り戻して行った。



 先程まで腹なんか全然減っていなかったのに、食べていると不思議と食欲が沸いて来て、流星はいつの間にか皿の中のおかずを平らげていて、いつものように自然と会話をするようになっていた。



 その光景はまさしく満月みづきが流星に願った、皆で食べると言う光景に違いないと言えるだろう。

 そして、今朝方まで涙に濡れていた流星の顔は、いつの間にか笑顔を取り戻していた。

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