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【完結・祝一万PV】流星の料理人【ありがとうございます!】  作者: 紅樹 樹(アカギ イツキ)
料理人編
34/81

【三十四皿目〈終〉】流星と満月

 満月みづきが流星の後をついて行くと、店の前にいつの間にか四人掛けのテーブルが設えていることに気付いた。



 テーブルの上には、すき焼きが準備されており、魅惑的な香りが食欲をかき乱され、生唾がほとばしる。



 口を開けてダラダラとだらしなく唾液を流す様子に、流星は笑い声を上げる。

「そんなに腹減ってんのか?待ってな、準備するから」



 言うと、向かって奥側の椅子に腰を掛け、器に自分と満月みづきの二人分のすき焼きをよそい、正面に置く。

 流星はふぅふぅ、と冷ましながら味見をするかのように一口、口に運ぶ。



「美味いぞ、食えよ」

 微笑を称えながら箸を進める流星に、満月みづきの心はまだ化け物のままなのか、ビュッと鋭い爪を繰り出す。


 

 瞬時に陸が反応して、地面を蹴り懲りずに満月みづきに向かって走り出す。

「ダメだ!!」



 止めようと明日馬が身を乗り出す。

 だが、それは杞憂だった。

 陸は、満月みづきの行動を見て、すぐに攻撃の手を止めたのである。



 満月みづきは、流星を切り裂く訳でもなく、器と箸を取り、肉を一枚掴むと暫しジッと見つめて、ゆっくりと口に運ぶ。



 その刹那、白く目映い光が辺りを包み込み、化け物の姿から満月みづきが現れた。

 満月みづきは、ゆっくりと歩き出した、椅子に腰をかける。



「全く、一年も待たせるなんて、我ながら情けない弟子ね」

「ははっ、人間に戻った瞬間説教かよ」

 二人はクックッと肩を震わせると、もう一口、またもう一口とすき焼きに舌鼓を打つ。



「このお肉、美味しいけど、もしかしてお好み焼き屋さんの?」

「良く分かったな、やっぱり知り合いなのか?」

 満月みづきは少し箸を休ませ、俯き加減に目を瞑る。



「たっちゃんはね、私が天使と初めて一緒に大阪に行った時に出会った人なの。

いいご店主だったでしょ?」

「そうだな…」



 鍋の中の具があと少しになった時、流星は手を止め、満月みづきの手を掴んだ。

 満月みづきは、驚いたように目を丸くしてる。



「どうしたの?食べないと成仏できないじゃない…」

「頼む…。成仏しないでくれ…!お前がいなかったら俺、どうすればいいんだよ…!」



 声を震わせながら言う流星の目が、涙で潤んでいる。

 満月みづきは首を横に振ると、とても柔らかい笑みを浮かべた。



「ダメよ。私はもう既に死んでいるの。死ねば魂は朽ちて土に帰る。それがこの世の掟だもの。辛いけど、私はこれ以上この世にとどまるつもりはないわ」



 それに、と満月みづきは明日馬達を一瞥した。

「流星にはいっぱい仲間がいるじゃない。もう一人ぼっちじゃないわ。だから私がいなくても大丈夫」



 流星は満月みづきが、一度こうと決めたら考えを変えない性格であることを、誰よりも良く知っていた。

 だから、その言葉に淀みがないことも分かっていたのだ。



 流星は諦めて、暫く握りしめていた腕を放すと、ぐい、と涙を拭った。

「ねぇ、最後にお願いがあるの」



 この期に及んで頼み事なんて…、流星が考えていた時、満月みづきは続けた。



「これから私がいなくなっても、流星はたくさん美味しい物を食べて欲しいの。できれば、皆で」

 と言った。



「ごちそうさまでした」

 満月みづきは迷わず最後の一口を食べ終わると、再び辺りを先ほどとは少し違う柔らかい光が包んだ。

 流星は慌てて席を立ち、満月みづきの名前を叫んだ。



 すると、頬を両手が包み込んだかと思うと、その唇からふわり、と温かい感触が伝わる。

 長い口付けを交わした後、満月みづきはゆっくりと唇を離して、精一杯の微笑みを浮かべる。



「私ね、流星と出会ったこと、全然後悔なんかしてないから。

もちろん、流星を守って死んだことも。だから、そのことで後悔なんか絶対しないで…」



 約束よ、そう最後にまで言い終わるのを待たずに、満月みづきは天へと旅立って行った。



 流星は、暫く涙を流したまま放心していた。

 漸く正気を取り戻すと、涙を腕で拭いながら、

「約束、一つだけじゃなかったのかよ、馬鹿満月(みづき)…」



 と最後の最後まで注文の多い満月みづきに、悪態をついた。




◇◆◇



 全ての戦いが終わり、流星は店に戻ろうと席を立つ。

 そう、まだ全てが終わった訳ではないのだ。

 店に入ると、いつの間にかお好み焼きの準備が整っていた。



 しかも簡易ではあるが、四人前くらいは焼ける鉄板まてまあり、空音が準備してくれたのだと、すぐに察すると、鉄板に火をつけた。



 店の外には、すっかり回復した常陸がまだ気が済まないのか、鋭い剣先を日向に向ける。

「おい、まだやるつもりかよ!」



「今日のところは引いてやる!だがな、お前のことを認めた訳じゃねぇからな!」

 そう吐き捨てて、空音には礼すらなく、風を纏い嵐のように去って行った。

 


 その様子を見送った後、三人は足早に店に向かう。

 扉を開けると、店内には既にお好み焼きの焼ける香ばしい香りが充満していた。



 部屋の片隅で縮こまって一部始終を見ていた誠は、目からまるで滝のよう涙を流しながら椅子に腰を下ろした。



 満月みづきがいなくなった店内は、まるでポッカリと何が抜け落ちたように静かで広く感じた。

 満月みづきは幽霊で、生身の存在に比べて希薄なのに、その存在の大きさは計り知れなかった。



 十五分程してお好み焼きが完成した。

 ソースの香りが堪らなく、誠はうっとりと表情を緩める。

 お好み焼き たっちゃんで習ったように、箸ではなく小手で食べる。



 やはり常連だけあって、こなれている。

 一口、口に運ぶと更にソースの風味が広がる。

 火傷そうになっても食べたいくらい、堪らない。



 黙々と食べ続けて皿が綺麗になると、目映い閃光が誠を包み込んだ。

「ああ、成仏するんやねぇ…」



 予め説明されているのですぐに状況を飲み込んだ誠が、嬉しそうな表情を浮かべている。

「次生まれ変わったら、もっと美味いもんいっぱい食えよ!」



 流星はいものように、豪快に笑った。

満月みづきちゃんにも、宜しゅう言うとくわ!」


 誠は大きく手を振りながら、天へと昇って行った。



◇◆◇



 誠が成仏して暫くの間、三人は沈黙していた。

 その沈黙を破ったのは、新しい客だった。

「ごめんね、授業、今終わったんだ!何もなかった…」



 夕季は、中途半端に言葉を詰まらせる。

 なにやら重苦しい雰囲気が、店に漂っているし、客なのか一人見慣れない女性がいる。




 店内を見渡すと、幽霊の男も満月みづきの姿も見当たらない。

 夕季は暫く居心地が悪そうに、その場に立ち尽くした。



◇◆◇



 三十分程重い沈黙が流れた後、それを破ったのは空音だった。

「そっか、成仏したんだ、二人とも…」

 七夕にはそれだけ言うのが精一杯だった。



 だが、夕季が来てくれたことで、雰囲気が少しではあるが明るくなったのは確かで、三人は心の中で感謝した。

 

 

 明日馬は何かを言うべきかと言葉を探すが、情けないことに何も出てこなかった。

 それは他の三人も一緒である。

 それよりも一番心配なのは流星であった。



 大事な恋人を二度も亡くして、すぐに立ち直れる訳がない。

 少なくとも自分には無理だ。

 


 すると、空音がおもむろに立ち上がり、台所に向かう。

 何するつもりなのかと考えていると、予めとっておいたのか、人数分のお好み焼きの種を取り出した。



「腹がへってはなんとやら、さ。今日はあたしが特別に作ってやるよ」

 しかし、流星は何も返事をすることはなかった。



 二十分程して、お好み焼きが出来上がると、ずっと沈黙を決め込んでいた流星が立ち上がり、鉄板の前に腰を下ろした。



「おお!美味そう!」

 先程同じ物を車の中で食べたと言うのに、興奮気味に食らいつく。



 存外思ったよりも元気で、明日馬は少し安心した。

 いや、気持ちを紛らわせるように、わざとそう振る舞ってるのかも知れない。



 お好み焼きを未だに慣れない手つきで、小手でつつく流星が、唐突に聞いて来た。

「そういえば日向、満月みづきが化け物になったら斬るとか言ってたけど、結局しなかったな」



「あ…」

 言われて今思い出す。

 そういえば、そんなこと言ったっけか。



「忘れてた…」 

 と明日馬は、短く呟いた。



◇◆◇



 明日馬はエプロンに着替えて、台所で洗い物をしながらふと思った。

 流星程の料理人が、本当にこの一年もの間、恋人の一番好きな食べ物が分からなかったのだろうか?



 食べ物ではなく、食べ方だったとしても。

 成仏しないでくれ、と涙ながらに懇願する様は、まるで気付いていてわざと、作らなかったのではないかとすら思えたのだ。



 考えすぎか、と笑みを溢しながらお好み焼きを堪能する明日馬だったー…。

  


 その時、カラカラと店の扉が開く。

 新しい客だ。

 満月みづきが、成仏したとは言え、店の役割までもが終えた訳ではない。

 新たに客が来れば、成仏させなければいけない。



「あのぅ、私、なんでここに来たのか分からないのですが…」

 客は二十代くらいの女性だった。

 訳が分からず、キョロキョロと店内を見渡している。




「大丈夫、もう全部分かってるから」

 そう言って今日もまた、料理を始める流星であったー…。



〈完〉

 


ーーーーーー


 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!

 ひとまず、料理人編完結しました!

紆余曲折ありましたが、皆様のお陰でここまで書くことができました。

 次からは霊媒師エクソシスト編に入りますが、修正したい箇所もありますので、一週間くらいかかると思いますが、引き続きお付き合い下さると幸いです。

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