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【完結・祝一万PV】流星の料理人【ありがとうございます!】  作者: 紅樹 樹(アカギ イツキ)
料理人編
26/81

【二十六皿目】誕生

 人間の姿を取り戻した男は、作った見習い本人ではなくそれを言い当てた流星に近寄った。

 流星は思わずビクッと身を強張らせる。



 怖がっていることを悟った男は、ふわりと流星の頭を撫でた。

「なんで分かった?俺が一番食べたい物がとんかつだって」



 幽霊で温もりなんてない筈なのに、何故か温かさを感じ強張らせていた体が自然とほぐれる。

 「見えたんだ、食べ物の名前が…。だからそれがあんたの食べたい物なのかなって思って…」



 男は優しく微笑むと、目を閉じ思いに馳せる。

「とんかつはさぁ、俺がまだ大学生になり立てで金もなくてバイトで生活費を稼いでた時に、バイト先のマスターがまかないにって作ってくれたやつなんだ。凄ぇ美味くてさぁ、大好物だったんだ」



 流星は、ハッと息を飲む。

 男の頬が、一筋の涙で濡れている。

「ありがとう…」

 男はそう言って、天へと旅立って行った。



 流星は、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 いや、流星だけではなく、周りにいた全員が。



 「えっと…」全く状況を把握できておらず、それくらいしか言葉は思い付かなかった。

 (嘘でしょ…。私にすら見えなかったのに、こんな子かが見えるなんて…)



 満月みづきは、積み重ねて来た努力の結果、道場では随一の戦闘能力を持っていた。

 だから霊媒師エクソシストとして、天使の右腕を務めることができた。



 料理もできたから、料理人の選択肢もあったのだが、いかんせん【見る】能力はからきしだった。

 だからこそ満月みづきは、自分と同じように鍛えたにも関わらず刀を扱うどころか、戦闘能力そのものすら皆無な流星を素直に認めることができなかった。



 パチパチ、とゆったりとした手を叩く音が聞こえた。

 ただずっと住宅を囲っている冷たいコンクリートに身を預けて、言葉の通りただ見ていた天使がやっとのろのろと動き出した。



「お見事、お見事。いやぁ凄かったねぇ。お前、見えるんだねぇ。気付かなかったよ」

「待ってよ!見えるってどういうこと?私にも見えなかったのに、なんでこんな子が…っ!」



 叫喚のような声を上げる月見里だったが、天使に目で制圧されてグッと怯んだ。



「悪かったなぁ、気付かなくて。諸星流星、今日からお前は霊媒師エクソシストじゃなく料理人として鍛え直す。勿論、指導係は満月みづきだ」

 


 天使は霊媒師エクソシストの証を外すと、変わりにペンダントを首にかけた。

 反論しようとしたが、オーラがそれを許してはくれなかった。



 諦めた満月みづきは深くため息をついて、短く「分かったわよ」とだけ答えた。 



◇◆◇



 それから流星は、満月みづきに幾度か話かけたが、全て冷たくあしらわれた。

 どうやら自分が、料理人として認められたのが気にくわないらしい。



 天使の右腕であるにも関わらず、見ることだけは叶わなかったから、余計悔しいのだ。

 道場に戻ると満月みづきは、負傷した見習い達の手当ては行う。  



 満月みづきはヒーラーの使い手でもあり、治療道具を一切使わずに全員分の怪我を治してしまった。

 満月みづき本人は、あれだけの苦戦を強いられたにも関わらず無傷だった。



 凄ぇ…。流星はただただ感嘆の声を上げる。

「なぁなぁ、それ、俺もできるようになる?」

 機嫌が悪いことなどお構い無しに、無邪気に聞いて来るの満月みづきは更に眉間の皺が増える。



「できる訳ないでしょ。素質ってものがあるのよ、素質ってものが」

 ちぇ、と流星が舌打ちすると、満月みづきは急に目眩を起こして、頭を抱える。



「大丈夫か?!」

「大丈夫よ、ちょっと目眩がしただけ。夕飯の準備しなきゃ」


 

 心配そうに流星が見つめていると、ボーンと壁掛け時計が十七時を告げる。

「夕飯の準備しなきゃ」

 立ち上がろうとした時、力が抜けてその場に頭から倒れ込む。



 すかさず駆け寄ると満月みづきの身体を支える。

手を払いのけて立ち上がろうとしたが、流星りゅうせいはそれを制した。



「お前は休めって!今日は俺が変わってやるから」

「変わるって、あなた料理なんて…」

 言おうとして途中で言葉を飲んだ。



 そうだ、流星は今日から霊媒師エクソシストではなく、料理人になったのだ。

 どのみち明日から料理の修行をしなくてはならない。

 


 ならば、と満月みづきは今日の予定していた献立を伝えると、流星は、分かったと頷いた。

 「おっさん呼んで来るからそこ、動くなよ!」

 おっさんが誰のことを示しているのかすぐに分かった満月みづきは、思わずクックッと肩を震わせた。



 台所には、既に料理人見習い達が準備を初めていた。

 ご飯を炊く者と味噌汁を炊く者、野菜を洗って切る物と、それぞれ一人ずつ任務があてがわれており、見習いは合計三人で、満月みづきを入れると四人だ。



 先程任務を失敗した友達もる。

 十数人程もいる修行者達の食事を、たったこれだけの人数で回していたのかと、流星は今までその事実を知らなかった。



 少なすぎると思ったが、ただ人手不足なのだろう、それだけ料理人の素質がある者はいないと言うことが伺える。



 「諸星…お前なんでこんなとこにいるんだよ?」

 味噌汁に入れる豆腐を切りながら友達は、不機嫌そうにこちらを睨み見てくる。



 流星が事情を説明したが、友達は自分には見えなかったのに流星が見えたことが余程気にくわないのか、その場を譲ろうとしない。

 メインを作るのは私だけ、満月みづきはそう言っていた。

 譲って貰わないと困る。



 満月みづきの手当てが終わったのか、天使が様子見がてら台所を訪れた。

 困ってる流星を見て、すぐ状況を察した天使が助け船を出してくれた。



 どうやら天使の言うことには誰もが逆らえないらしく、仕方なく譲ることにした。

 天使に背中を押された流星は、ぐるりと台所を見渡すと、冷蔵庫を開ける。



 中に今日作る予定の材料を確認したら、それを取り出し早速調理にかかる。

 慣れた手付きで肉を捌く様に、周りはどよめいた。

 


 なんでそんなことができるんだ?と友達が口を開きかけた時、言わんとすることが分かった流星が、

 「あ、俺の父さんと母さん、食堂やっててさ。

小さな大衆食堂だったんだけど、三才くらいの時から本物の包丁持たされてたみてぇでさ、だから」

 と、満面な笑みで言った。



 ジュウ~、と肉の焼ける音がする。

 その中にほのかに香る砂糖の甘い香りと、パンチの聞いた生姜の香り。



 あっと言う間に出来上がった料理を、皿に盛り付ける。

「生姜焼、お待ちどう様!」

 と、流星はまるで店のマスターかのように皿をカウンターに置いた。

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